12-3
昏仕儀タカカミが走った先は自分が住んでいるマンションから近い海岸。
彼のいる場所から海岸へと出るには電車を乗り継げば実に十数分で向かう事が出来る。
「システム。もう一度儀式の範囲を」
――了解した
揺れる電車の中で開いたノートのページには黒い線で写されたタカカミの住む家を中心にした地図。
そこから近い海岸は丁度タカカミが目指していた場所と同じではあった。
(波止場じゃなくて砂浜……もしかしたらそこか!?)
電車が駅に止まると彼はいの一番に飛び出し、他の人を避けて一直線に改札を抜けて真っすぐに海岸を目指した。海岸には一度も行ったことはなく土地勘もほとんどなかったが道はそこまで複雑じゃなかった。
(頼む……間に合ってくれ!!)
普通に考えればそんな場所にいるわけがない。海岸、家の周囲から近い場所。それだけで近くの海岸だなんて普通は思わない。だがタカカミにとって今ある時間と知識で迎えたのはそこ以外なかった。
とにかく必死に走った。懸命に。まるで著名作家の小説に出てくる王に人間の良さを伝えんとする主人公のように。
「あれだ!」
足はもつれることなく彼を導いた。一面の海が見え、道路から階段を下るとすぐに辺りを見渡す。
「どこだ!スズノカ!!」
人気のない海辺で叫ぶ。目を凝らして周囲を見渡す。
(どこだ……何処にいるんだ!?)
もしかしたら自分の思い違い。そもそもここじゃないってこともあり得る。それでも彼は白い砂浜を懸命に駆け巡った。
――あっ
やがてその目は捉えた。ピンクのカーディガンを羽織って薄い青のロングスカートを履いた一人の女性を。スズノカを。
「そこか!!」
必死に走る。立って海を眺めていた彼女の元へ。駆ける足はずっと止まる事を知らず。
そのはずだった。
「な――」
突然足が止まる。タカカミ自身が止めたわけじゃなかった。
「システムによるルールが働いた結果です。それより先には進めませんよ」
海を眺めながら彼女は答える。
現在タカカミの体には重くのしかかる何かが覆いかぶさっていた。
彼女の言うルールとは範囲の線引きとなる箇所に出入りしようとすると重力が走り、その場から動けなくなるというもの。勿論内にいるのなら内に戻れば消える仕様である。
「へえ。そうなのか。外に出たら炎使いの子供のように死ぬんじゃないのか?」
かかる重力に苦い顔をしながら彼女を見る。
「いえ。そうならないようにしました。言うなれば今回は私が主役ですので」
無表情で彼女は話をする。
「そんなことできたのか。だったらその子は死なずに――」
「ええ。そうですね。その時に私が介入出来たらの話ですが」
「こっち見たらどうだ?会いに来たんだからさ」
タカカミの言葉を遮るスズノカは未だ彼に視線を向けなかった。
「なぜですか?」
「話がしたいからだ。お前と」
「どんな内容ですか?」
「お前が生きる方法だよ」
「これ以上私に生きて何をしろと言うのですか?」
「それはこの状況を脱出してからでいい。なんなら――」
「先に言います。善人と悪人という振り分けをしたのはシステムじゃありません。この私です」
「それが何だって言うんだ?」
「甘い考えだったんです。システムの真の中心を知らずにいた私の……それによってどう分けられるのかを知らずにいた私の甘さが貴方を、いやもっと多くの人達をこんな戦いに巻き込んでしまった。そして殺されて――」
「それは違う!!俺は進んでこの戦い飛び込んだ!!神の力という甘い蜜に誘われたんだよ!他の連中だって神の力という甘い蜜に誘われた連中だ!俺と一緒だ!!」
「貴方は手を汚さずとも前に進める力があった!」
「それにも限界はあったよ!!」
「数多の犠牲を出してしまった!!」
「殺したのはお前じゃない!!」
「その原因なんですよ私は!!もうこれ以上は嫌なんです!!」
スズノカはついに大きな声で大粒の涙を沢山零して泣き始めた。
「救われなかった者達を救ってくれる存在を呼び出す儀式があると声を聴いた!そうして私はその声に、システムの提案に乗った!結果として命が消えたんです!!たくさんの命が!!」
「ならその命に報いて見せろ!!」
「どうやってですか!!」
「俺がそれを教えてやる!!だから!俺と来い!スズノカ!神となる俺に!!」
動けないはずの領域でタカカミはスズノカへと必死に手を伸ばす。瞳を緑色に輝かせながら。
「ダメ……それ以上は――」
「ああそうだ。早くしろ。結構つらいんだよこれ!!」
タカカミの体には見えない重力のような何かがずっしりとのしかかっていた。
彼は荒れる息で自らの手を伸ばし、やがてその手は二人を分ける境界を抜けた。スズノカは真っすぐに伸びるその手に恐る恐る触れようとする。
「そうだ……それで――」
もう片方の手で銃を持ったままで。
「あ――」
「貴方なら……なれますよ。皆を救う神様に」
スズノカの目より涙が再び零れ落ちる。彼女はこめかみに銃を当てる。
その銃はタカカミが『燦星人海』の秘術を使う者達の戦いで落としていた銃でマガジンも同時に行方不明だった。だがそれは彼女が戦いの後に拾っていたのだ。
「お……おい。何やってんだお前!!やめろ!!」
「さよなら、タカカミ様。そしてごめんなさい」
――貴方とは、違う形で会いたかった
銃声が夕日沈む海辺に轟く。体が海の方へ音を立てて崩れ落ちる。重力は消えて体は糸の切れたマリオネットのように砂浜に倒れる。
「あ……ああ……」
這って彼女の元に駆け寄る。彼女は……笑っていた。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
全てを薙ぐような絶叫が周囲に響いた。抱きかかえた彼女はもう動くことはない。
「どうして……俺を生かすことを選んだ……。なんで自分から死ぬマネをした。何があったお前に。お前の持つ権利なら生きる事だって――」
こぼす涙には誰も答えない。そのはずだった。
――汝、昏仕儀タカカミよ。貴殿を新たなる蒼き星の神として迎える。人類を救え。その手で。第二十六の秘術を持って全ての苦しみを解放せよ
「な――」
悲しみに暮れる彼の元に届くシステムの声。そして同時に彼の元にそれは届いた。
「なんだ……何か聞こえる――」
立ち上がって辺りを見渡す。しかして誰かがいるわけではない。
「う……ぐ……あ……うわあぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
その時、タカカミの内に走った衝撃によって彼は膝から崩れ落ちる。激痛が走る頭を抱え、苦悶の声を上げて苦しみを味わっている。
――いたいよ、くるしいよ。どうして僕をぶつの?
――熱い熱い熱い熱い!!家族まで焼くなんてどうしてなんだ!
――殺してやる!!幸せような連中がどいつもこいつも気に食わねぇ!!
――私が何をしたのよ!!先祖が悪いって何よ!!
大小さまざまな苦しみの言葉に彼は焼かれていた。妬心愚者の秘術を使いすぎた時よりもはるかに大きなその炎に。
やがてその場に気を失って倒れる。
蒼き星の神。それは全ての秘術を無条件で行使するもの。
蒼き星の神。それは数多の人の苦しみ、嘆きを解くもの。
蒼き星の神。それは全ての人類を導く大いなるもの。
蒼き星の神。それは――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます