11-3

――最悪だ、銃を落とした


 昏仕儀タカカミは絶望していた。

 先ほどの戦いの最中で急いで蔦に隠れた際、どうやら手から拳銃が離れていたらしい。自身がこれまでの戦いで重宝していた武器。


(どうする?弾は切れていたと思うが――)


 彼は今、西エリア二階の隅にある洋服コーナーの隅に隠れていた。


(いやそれよりも相手のあの軍勢だ!多分五十名以上はいただろう)


先程自分に向かってきた軍勢の光景が脳に浮かぶ。それが十年前に自分を袋叩きにした連中とそれを外で見て嗤っていた光景と重なると彼の体に身震いが走る。


(……怯えている場合か!今はアイツらをどうにかしないと!それにここから奥の東エリアの方にもまだ何十人かいるはず。どうする?)


 ペンを取りだし、ショッピングモールの地図を広げる。


――今回の戦いですがその地図に記載されているエリアのみが、つまりは従業員専用通路には入ってはいけません


 (ということは相手は東エリアの……端っこの施設のいずれかに隠れているはず)


 スズノカの言葉を思い出しながら、地図に目を走らせる。東エリア一階の端っこには三つの施設が弧を描いて並んで存在していた。同時に確信を持っていた。

 上から順に一つ目にラウンジ。これはどうやら買い物休憩をする場所として利用可能で会員専用の施設になっている。入るにはどうやらクレジットカードが必要らしい。

 二つ目にはゲームセンター。これは東エリアの端っこを大きく占めており、ここならマップの写真にあるコインゲーム筐体の裏に隠れてやり過ごすのも無理ではないだろう。

 三つ目にはお手洗い。マップ上の男女それぞれあり、個室に隠れていれば安全だろう。


(俺は開始時西エリア二階の端にいた。この儀式の特性を見るに互いになるべく離れた位置からのスタートになっている。ならこの三つのエリアに隠れるんじゃないか?いや待て情報が少ない――)


 思案を広げていた時、タカカミの耳が足音を捉えた。


「来やがったか……!」


 カウンターに隠れながら大きくなる足音に神経を張る。なおかつこっそりとカウンターの隅から足音の正体を目で追う。


――数は……一人?


 タカカミの隠れている会計カウンターに段々と近づいて来たのは年齢およそ二十代前後の若い男性。青のセーターにジーンズを履いた金髪の痩せた男。



(まだだ……まだ!)


 心音が異様に彼の内で暴れだす。深呼吸したくても息を潜めないといけない状況に苦しさすら感じる。相手は一歩、また一歩と近づいて来る。


(タイミングを間違えるな。焦るな。その時を静かに狙い、作戦を実行するんだ……それで勝機を、動いてあがいて掴むんだ。だから……今!)


 一瞬の出来事だった。妬心愚者の秘術で強化された彼の物理的な力はカウンター近くまで来た男を瞬時に捕え、音もなくショッピングモールの通りの死角へと引きずり込んで見せたのだ。まるでチーターや蛇のように瞬時に獲物を捕らえるように。


「動くな。動いたら殺す、騒いでも殺す」


 男の首にはタカカミが握っているナイフの刃があてられており、男は状況を理解すると瞬時にささやくタカカミの脅しに全力で首を縦に振った。


「知ってることを話せ。三つ聞かせろ」


「あ、ああわかったよ」


 男は小さな声で了承した。


「一つ目。相手は……この戦いにお前たちを導いた言うなればリーダーってのは何処にいる?」


「し……しらねえ。ただ東エリアの端っこでどうこうってのは聞いたよ」


――ビンゴ!よし次


「二つ目。スマートフォンで何をしていた?」


「こ……これだ」


 男はスマートフォンをタカカミの前でロックを解除してあるものを見せた。


「これは……」


 その間も決してナイフを話すことをしなかった。


(なるほどSNSか。グループという機能で情報が漏れないようにして連絡用に相手が使っているようだな)


「三つ目。リーダーの特徴は?できるだけ話せ」


「それは……男で。俺くらいの年に見えて……身長は俺と同じくらい。メガネはかけていない。そうだ。俺と同じチェック柄の……赤と白だ。それから青のジーンズを履いていた」


「……そうか」


――なるほど。こいつは厄介だな


 男の手にあるスマートフォンを見る。


「相手の居場所は恐らく隠れているに違いない。そうなると次はどうやって動くかだが……」


 タカカミは自分が次にどうやって動くかを思案する。相手の首を抑えながらも、意図を広げる中で彼は近くの洋服に目を掛けていた。






「くそ……相手は何処だ?」


 一方、千絵谷敦久はショッピングモールのある場所でじっとしたままで隠れて味方にした仲間達からの連絡を待っていた。


「散り散りに行動させたとはいえ時間がかかるか。っていうか蔦に隠れたってどういうことだ?」


 スマートフォンの画面に映っていたのは彼がこの戦いに向けて作ったSNSのグループ部屋。百人以上が参加しているが数人は先ほどのタカカミの銃撃によって倒れ、邪魔にならないように避難させられている。


「銃を奪ったが弾切れ。多分銃は能力に関係ないよな?蔦が奴の本来の能力何だろうが……でも嫉妬と蔦って関係あるかね?」


 首をかしげながら画面越しに映った銃を見る。先の戦いで味方が拾ったという拳銃。タカカミが使っていたもの。弾切れであり、使うことはできない。


「まあいいさ。こっちにはまだ沢山の味方がいるんだから!」


 ニヤリと笑って余裕で構えている。燦星人海は魔力のある限り、多くの人を操るというシンプルにして強力な秘術。だから彼は終始余裕であった。

 そんな時、スマートフォンに連絡が入る。


「ん?これは――」


 メッセージには写真が添えられていた。


――西エリアのショッピングモールでやられていた。スマートフォンが破壊されているのを確認


 映っていたのは仲間の死体。首をバッサリ切られ、カウンターの後ろに隠れるようにあったという。


「うぷ……」


 死体を見るのに慣れていなかったのか彼は込みあがってくる吐き気を必死に堪える。


「なんつーもんみせんだよ。バカ」


 画面の遺体が握っていたものに視線が移った。


「これは……ああ、スマホ壊されちゃったのね」


 ふむふむとそれを見やると彼は仲間に連絡を入れる。


――全員スマートフォンはちゃんと持っててね。充電もしっかりしてるとは思うけど。相手はスマートフォンで俺たちが連絡しているとわかってないだろうけどもうばれてると仮定して動いてね


「しかし相手は何処に行ったんだか。青のロングコートって割と目立つような――」


 ハッとして彼は仲間に連絡を入れる。


――ごめんみんな。ここショッピングモールだってこと忘れてた。上着とか展示されてるのそこらにあるからそれで着替えられてるかもしれない。だからスマートフォンはちゃんと持っててね。場合によっちゃスマホで味方かどうかチェックするから


「なりすまし対策はこれでよしと。それと……後は何があったかな。俺のいる場所の近くには三人に固まって居座るように言ってるから安全と言えば安全だよな」


 千絵谷は相手の出方を模索する。


(相手の能力は蔦。能力は隠れるとか縛るとかそのくらいか?それなら多勢でいけば……いや待て。まずは相手がどうやって来るかを――)


 その時だった。爆音とともに強い揺れが彼のいた場所に走る。


「な……なんだ!?」


 スマートフォンを取り出し、仲間に何が起きたのかを確認する。


――爆発だ。モール中央付近の眼鏡屋で爆発。三人やられた


「爆発!?」


 爆発の衝撃に驚く千絵谷の視界に画像が届けられる。店内が粉みじんに吹き飛んだその写真を見た時、冷や汗を彼の頬が伝う。


(冗談……だろ)


 頭を抱えた。まさかそんな芸当ができるとは思っていなかったから。


(えっと、とにかく対策を考えないと――)


 スマートフォンでメッセージを打つ。


――敵は思ったより手ごわい。何か策があったら伝えてくれ


 閉じこもったその場所で彼は姿の見えない相手にいら立ちを募らせていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る