11-2

 ついにその日は来た。蒼き星の神、その継承者が決まる日が。

 善人側、悪人側。双方ともに残り一人となった『称えられし二十五の儀式』。


「よし、準備はいい。転送してくれ」


「はい」


 タカカミはコートの下に銃とナイフをしまい込んで決戦の舞台となる場所へ彼女に導かれる。光に包まれ、次にタカカミが目を開いたその先は――


「……ショッピングモールか」


「ええ。ここが今回の戦いの舞台になります」


「そうか。初めて入ってみたが……こうなってるのか」


「そうなんですか?」


 初めて入ったという彼の発言にスズノカは驚く。


「まあな小さい頃は貧乏で、高校生時代は学校の購買とその近くの本屋とスーパーで買い物済ませてたからな。今は金あるけど昔の一件でこういう人の多い場所は極力避けてるのさ。どうにも人の目が気になってな」


「……そうだったんですね」


「だがまあ悪くない。戦う舞台にしてはな」


 悲しげに納得する彼女の横で彼は乾いた笑いを見せる。

 彼にとって最後の戦いの舞台。それは皮肉にも人生で初めて入ったというショッピングモール。タカカミは近くに配布されてあった案内マップを手に取ると、周囲を見渡して自分の位置を確認する。


「今回ですがこのショッピングモールが舞台になります。外に出れば失格。屋上も含みます。当然出れば死んでしまうので注意して下さい。その地図が戦闘エリアとなりますので裏側や出口より外に出ないでください」


「ああ、わかった」


「相手も既に準備ができています。タカカミ様」


「なんだ?」


「ご健闘を」


 その一言に両者間に沈黙が流れる。タカカミは笑った。


「待ってろ。ちょっと勝ってくるからな」


「それでは失礼します」


 その時ばかりはスズノカもタカカミのにこやかに放たれた言葉に無表情で答え、その場を去っていった。


「そうだ……お前はそれでいい。本当はお前は何も関係ない。お前はこの儀式に選ばれてしまっただけなんだ。俺のようなクズが本来は……ああもう」


 銃を手に取って辺りを見渡す。


「さて、勝つか」


 一歩目を踏み出した。最後の戦いの火蓋が切って落とされた。

 今回の舞台は横長に建築された何処かにあるショッピングモール。タカカミはマップを手に取って確認し、わかったことはまずこの場所は三階建ての建物。ただし三階は丸ごと駐車場なので実質今回の戦いの舞台は二階までとなる。二階と一階にはたくさんの店が並んでいた。タカカミの最初の居場所は二階の西エリアの洋服コーナーでそこから順に小さい店を除き、大きなスポーツ店、フードコート、ペットショップ、楽器店、本屋と西から東に店が並んでいた。一階にはスーパー、食器店、レストラン街、ダンス向けステージ、眼鏡屋、ゲームセンター、家具屋が並んでいる。


「こりゃあ探すのに骨が折れるぞ……」


 ため息が出た。前回の戦いの舞台であった倉庫と比べると確かに広いのである。


「だが行くしかないよな。どんな能力か知らんが」


 それでもタカカミはこちらから出向き、敵を探して討ち取るスタイルで彼は行動を始めた。


(今までの戦いの経験からして相手はできるだけ遠いところにいるはず。となれば――)


 西エリアから中央の方へ差し掛かる場所まで歩いていると早速、視線を感じてその方向を向く。

 若い男女五人で構成されたグループらしき集団がこちらを見ていた。


「……あ」


 タカカミが気づいたその時、一人の女性がスマートフォンを取り出すと四人が一斉にハンマーや包丁などの武器を構える。


「こいつだきっと!」


 集団の内の一人がタカカミを指さす。そのまま集団は彼に襲い掛かってきた。


「そういう事か!」


 銃を構えて彼らの足をそれぞれ打ち抜く。それぞれが絶叫して転倒し、スマートフォンをいじっていた女性もまた地面に崩れた。


「これが……『人間』に関する秘術か!」


 その秘術がどういったものかは正確にはわからなかったが少なくとも数人の人間を操る事が出来るというのは理解した。タカカミは東エリア側の方を向いてそのまま駆け出そうとする。


「な……に……」


 衝撃の光景が広がった。東エリア側から人、人、人と無数の人間が各々の手に武器を構えて突っ走ってきているのだ。


――冗談だろ!?あれ全部相手か?!


 目視だけでも数十人。タカカミは呆然とした。


「ってそうじゃねえ!」


 襲い掛かる群れを背にして西エリアの端へ向かう間に銃に弾を込めつつも発砲して先頭数人の足を転ばせるとそのまま後ろに続く者達も転倒した彼らに足を躓かせ、転倒する。しかし撃たれたわけじゃないのですぐに立ち上がってタカカミへの追跡を続行した。


「あーめんどくせえ!」


 銃が弾切れを起こす。即座にマガジンを精製して詰め込むついでに照準を東エリアからくる敵の群れに向けたその時、背後から視線を感じた。


――おいまさか


 後ろからも敵が来た。挟み撃ちである。


(そうか。向こう側にはエスカレーターがあった。ここは二階。下から登っていけば背後は取れる!)


 二択を突き付けられた。前から来る敵を倒すか、後ろから来る敵を倒すか。


(魔力も無限じゃない。ここは――)


 タカカミは自分の周囲に蔦の群れを呼び出し、自らを内側に飲み込ませた。左右から来る敵の群れは止まり、タカカミのいた場所で周囲を見渡した。タカカミが現れる気配はなかった。








「あ?消えた?蔦に飲み込まれて?!つか一斉に連絡しなくていいから!」


 ショッピングモールの何処かの施設にて。男が一人、スマートフォンから来る多数の連絡にいら立ちを覚えつつ、対応をどうするか悩んでいた。


「どういうことだ……蔦に飲まれたって……?それが敵の秘術か?」


 秘術、燦星人海さんせいじんかいの担い手である男、千絵谷敦久(ちえたにあつひさ)。今年で二十三になる若者で職業は公務員。


「あーもう……敵はどこに消えたってんだ?こっちに来るなよ?」


 スマートフォンをいじりながら彼は敵の所在を突き止めようと秘術によって仲間にした全員に連絡を入れた。


――写メ見たよな?ソイツが敵。お願い。俺の代わりに殺して


 メッセージを送ると彼はため息を吐いた。


(最初は殺し合いって聞いてビビったが……勝てそうじゃないか。こんな強い能力授かっちゃったならさ!)

 

 千絵谷は不敵に笑っていた。

 彼が授かった秘術、燦星人海さんせいじんかい。人心を掌握し、操るその秘術によって数多の人間がこの儀式に参加。多勢によって敵を討ち取るその秘術はシンプルゆえに強力だと千絵谷は評価し、満足していた。


「これで倒せばいいんだろ?何だ余裕じゃん」


 馬鹿にしたような声でスマートフォン越しの連絡アプリを見る。返信が一つ届く。


――ダメです。写真取り損ねました


――じゃあ特徴は?


――青のロングコートに黒い短髪。身長は百七十センチ以上。銃を持っています


「これが特徴……ねぇ」


 彼が要求した写メが届くことはなかったが代わりに相手の特徴を知ることができた。


(えーっとそうなると相手はどこ行ったかだよな……。例えば西エリア一階とか。まずはそれぞれの部隊を解散して散らばらせよう。それで相手が見つかったら――)


 千絵谷はスマートフォンを通し、今回秘術で仲間にした者たち全員にメッセージを送る。


――まずは敵の捜索。チームは解散して個人でばらついて行動して。特徴に沿った奴がいたら迷わず倒せ


「よし……これで後は待つだけだな」


 スマートフォンを手に彼は笑っていた。


(楽勝じゃん。相手も相応の技あるみたいだけどさ。やっぱり軍勢に個人で勝てるわけないよ。神の力いただき―ってね)


 味方からの報告を待ちながらその場所でじっとしていた。


(……あれ?でも待てよ?今の作戦だとまずいんじゃ?)


 透明な水の中に一滴の墨汁が広がるような不安が千絵谷の中に突然広がる。


(もう一手、指しておこう。えーっと……この場合は――)


 彼は思い立ってスマートフォン上で連絡アプリを介して、メッセージを流した。


「とはいえ焼け石に水かもしれないけど……ネット社会あるあるだからこれはやって損はないな」


 千絵谷のスマートフォンにメッセージが届く。


――負傷者、死者除いて現在動けるのは七十四名。次の指示を


「おお、意外にやられてんなこれは」


 陰に隠れながら千絵谷は首を捻った。


「だけどコッチには沢山いるんだ。袋叩きで勝てるさ。絶対にな」


 しかし笑っていた。

 千絵谷敦久には沢山の味方がいるのだから。

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