11-1 三月・鳴り響く無数の足音、その先へ


「ついにあと一人か」


「ええ。そうですね」


 寒さ残る三月のその日の夜、二人は自宅マンションを離れて近くの公園のベンチに並んで腰かけていた。


「スズノカ。くどいようだがソイツを討ち取れば俺は蒼き星の神になれる。そうだよな?」


 コーヒー缶を飲みながらタカカミはスズノカに問いかける。着ていた青のロングコートからはタバコの匂いが目立っている。隣にいたスズノカはそれを気にすることなく質問に応じる。


「ええ。間違いありません。しかし――」


 よれた跡も見えないまだ新品の淡い桃色の毛布のコートにジーンズを履いていたスズノカは両手で持っていたココアの缶をごみ箱に捨てるとタカカミの近くに立つ。


「倒さないといけません」


「ああ。人間だったか?確か。その秘術に関わっている単語ってさ」


「ええ。貴方がその秘術使いに勝てば資格を得られます。負ければ……」


「ああわかってるよ。俺が死ねばどこの馬の骨だかわからん奴に資格を持っていかれる。俺はそれが嫌でよ。だからこの儀式、絶対に死んでたまるかってなったのさ」


 ニヤリと笑ってタカカミはその場から立ち上がるとコーヒー缶の残りを一気に飲み干してスズノカのいた場所より向こうにあったごみ箱に投げ入れた。缶は真っすぐに入っていった。


「悪いけどもう一回付き合ってくれ。俺に。いや、儀式に」


「ええ。勿論です」


「……ありがとよ」


 ベンチから立ち上がって彼は月を見上げた。


「それにしても色々あったなあ、本当に」


「私も……正直に言えば予想外でした」


「予想外?」


「ええ。貴方がここまで生き抜いてきたのも……儀式が次で完成しそうなのも」


「……不都合か?」


 ポツリと呟いたタカカミの言葉にスズノカは固まる。沈黙の時間が流れ出す。


――どうして不都合なんて言うんだ?俺は


 後悔した。自分にとって彼女を何処か邪険に扱うようなその言葉に。


「いいえ。そんな事はありません。これで誰かが救われるなら。きっと大勢が……救われるなら」


「じゃあなんで泣いてるんだ?」


「……あ」


 スズノカは泣いていた。正確には自然と涙を零し始めていた。


「聞いてもいいかスズノカ」


「どうぞ」


 涙をぬぐう彼女にタカカミは問いを投げる。


「まだちゃんと聞いてなかったが……この儀式に関してだがどうやって始まった?」


「どうやって……ですか?」


「そうだ。ああ、もちろんシステムに口封じされてるってんなら無理に話すことはしなくていい」


 タカカミはじっとスズノカを見ていた。スズノカはその真っすぐな視線に対し、口を閉ざしていたが、やがて口を開く。


「二年近く前の事です。私は……啓示を受けたんです。システムから」


「啓示?」


「ええ。この儀式を……『称えられし二十五の儀式』を行い、人類を救えという啓示を受けたんです」


「それで……お前はどうしたんだ?それを受け入れたのか?やらされたのか?」


「はい。最終的には受けいれて……このような殺し合いが始まりました。救われる者が救われる世界」


 スズノカは声を小さくなりながらも話を続ける。


「最初に金貨と鉄の秘術を持てる資格がある人達にノートを渡して……鉄の秘術使いが勝ち抜いていきました。途中で彼は沢山失って……そうしてついには――」


「俺の手で死んだか」


 はい、と頷いて彼女は話を続ける。


「私は……本当はとんでもないことをしているって自覚があるんです。神の力を地上に降ろし、世界を救う。でもそのためには命を捧げなくてはならない。私がその引き金を引いた。そう思うと……私は」


 スズノカの声は震えていた。


「どうしてこんな恐ろしい事をしているのか……人が……目の前で死んでいくのに」


 涙が更にあふれ出す。


「私は……間違いなく人殺しです」


「あー……それは違うぞ」


 タカカミはいつの間にかスズノカの傍に近づいていた。


「多分お前も望んでたんだろ?自分を救ってくれるものの到来を。俺のように」


「……はい。そうです。望んでいます」


 その声は小さかった。そんな彼女をタカカミはギュッと抱きしめた。


「……あ」


「ここに共犯者がいる。お前と一緒で……誰かに救いを求める者がな」


 タカカミがスズノカを抱きしめたのは彼自身にもわからなかった。

 ただ目の前で泣いていたから。それだけだった。


「あの……私は」


「誰かに何か言われたのならこの儀式の全責任は俺にふっかけろ。いいな?」


「……それは……えっと」


 腕を回されている間、スズノカは自分の腕を彼に回すことはなかった。やがて彼女がその抱擁から離れる。


「ごめんなさい。タカカミ様。私にはそういうものを受け取る資格はもうないんです」


「そうか?」


「……この手は既に汚れています。儀式での過程でいったい何人が犠牲になったのか。それを想定するだけでも……嫌になるんです」


「それなら生きろ。俺の……いやこれからお前が出会う者達の為に」


 彼の提案にスズノカは『え?』と声を上げた。


「……一体何を言ってるのですか?」


「今は皮算用じみてるがこれから俺が神になったとしてだ。俺はどうなるかわからん。だから将来、お前が近くにいてくれると助かるのさ」


 彼のその目は真っすぐだった。


「悪人の俺が言うのもなんだが……きっと悪い力じゃないさ。神の力ってのは。そうだろ?」


「ええ。貴方が本当に勝てるというのなら……儀式の果てにその力を掴めるというのなら、私はきっと傍にいるでしょう」


 スズノカの表情が柔らかくなって微かにほほ笑む。


「よし、成立だ。次の戦い見てろよ?鮮やかに勝ってやる」


「大口を叩きますね」


「当たり前だ。博打張るのは慣れてんだよ。特にここ一番って時はな!」


「貴方らしいですね」


 スズノカは納得して笑う。タカカミも笑う。


「そういうわけだ。お前は悩む必要はない。戦いが終わったら俺を支えてくれればいい。じゃあな」


 タカカミはスズノカの笑みを背にして歩き始める。去っていく背中をスズノカは見ていた。


(私に……貴方の近くにいろと言いますか)


 スズノカは着ていた上着に自分の手を当てて、匂いを嗅ぐ。


「そうですね。まず、タバコをやめていただけるのなら近くにいることを考えましょう。なによりギャンブルもやめてくれるというのなら」


 いたずらに笑って彼女もその場を去った。タカカミが振り返ってその場を見る。


「……博徒にそれは無茶ぶりだよ」


 タカカミは崩れた表情でスズノカの頼みに困惑していた。

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