10-3
――三つめは絞る事だ
「絞る?」
――そうだ
戦いの決着がつく少し前。タカカミは自分自身の中にいると仮定した人格と会話をしていた。内容は虚空隠者の秘術を持つ相手の倒し方について。
――いいか?お前は最近打ってるスロットで最低でも六択のチャンスを潜るゲームを散々やってる。それを思い出すんだ。いいか?あのチャンスゾーンよろしく二択まで条件さえあればいける。ならそれをここでやればいい。
「どうやって?」
――簡単さ
脳裏の人格は不敵に笑った。
――まずナイフをそこらに置く。相手がそれを拾う。そしたらそれで後ろに来るだろ?
「なるほど!!それなら一択で――」
――まだ話は終わってないぞ?
「え?」
――いいか?後ろに来るとは限らない。これはあくまで賭けだ。そうだ。お前の好きなギャンブルだ。よく考えろ。ナイフでお前を攻撃しようものなら相手はテレポートしてくる。後ろじゃないかもしれないんだ
「え?え?じゃあ一択じゃないじゃん」
――そこでだ。蔦の壁を前と左右に張れ
「蔦の壁……そうか!前後左右に加えて上か!!」
――その通りだ!
歪んだ笑みを大きくして脳裏の人格は楽しそうに話を続ける。
――蔦の壁で前と左右を封じてそちらからの攻撃を防ぐ。そして後ろに来たのなら着ているコートの内側から後ろに向かって撃てばいい。そしたら当たるさ。上に行ったのなら銃を即座に上に向けてノールックで撃つんだ。テレポートされるまでの瞬間は正直何ミリ秒なのかはわからん。だから狙いをつける時間を削って……作戦をまとめるならナイフをそこに置いたらそこを離れて気配を察知することに集中。相手が後ろに来たのなら銃をコートの下から発砲。姿が消えたなら上からの攻撃とみなして銃を上に向けて撃て!!これで確定だ!
「なるほど……いい案だ。それで行こう」
――当たるといいな
「俺はギャンブラーだ。当てるさ」
タカカミはニヤリと笑うと周囲を警戒しつつ左腕の痛みを気にしながらナイフを置いてその場をゆっくりと去っていった。この作戦通りに物事が進むようにと祈りながら。
「……何よそれ」
「完璧な作戦だろ?」
冷徹な目でタカカミは銃を血の池に浸る転谷に向ける。
「俺の勝ちだ。あきらめろ。その傷じゃあ長くは持たない」
「フフ……そう、ね。救うなんて言うんじゃなかった」
もうろうとする意識の中で転谷は笑う。
「救う?」
「スズノカちゃんよ。貴方のせいで……沢山の人を手にかけたって言ってた
。だから――」
刹那、彼女の姿は血の池を残してその場から消え、タカカミが「しまった」という間に彼女は転げ落ちていたナイフを手に掴んで今一度、彼に突貫を仕掛けた。
「ウオォォォォォッ!!」
雄たけびが、死にかけの戦士が放つその叫びに迎え撃つタカカミが一瞬動揺するが彼は後ろにバックステップをしようとした。
「まだよっ!」
転谷は跳んだ。地面を思いっきり蹴って前に飛んで避けようとする彼に目いっぱいの速度で襲い掛かる。そして刃は彼に届いた。
「ぐおっ……ぐぅ!!」
左腕でナイフの刃を受け止めるも、それは止まることを知らない刃。
「まだ……まだまだまだ――」
刃は彼の心臓を狙っていた。タカカミは痛みに堪えて銃を構えようとする。だが――
――しまった。落とした!!
気迫のせいか手もとを離れていた。刃は刻一刻と彼の心臓へと向かおうとしている。
(だったら!)
右手を光らせ、ナイフを造りだしてそれを彼女の首に当てて横に払う。鮮血が彼に飛び散り彼女は苦悶の顔を上げる。
「撃たれたならいい加減くたばれよ!」
「あんたがね!!あの子を解放するためにもッ!!」
その表情を、まるで子供を殺されて怒る母親のような気迫迫る表情を彼は一生忘れないだろう。
――なんて恐ろしい表情なんだ。これが……スズノカを救う表情なのか?本当の意味で?
何せ彼女は叫んだのち、立ったままでそのまま死んだのだから。
その死者の表情はタカカミの心に強く刻まれた。今までにない怒りを表すその表情を。
腕の傷はいつの間にか消えていた。儀式が終わるとそうなる仕組み。しかし痛みが残響のように残っている。まるで彼女の攻撃が今も続いている様に。
「終わりましたか。これであと一人です」
スズノカがどこからか現れる。タカカミは彼女に近づく。
「……聞いていいか?」
「どうぞ」
「お前、アイツに……今回の俺の相手に何か言われたか?」
「はい。自分を助けるとかどうとか」
「ほかには?」
「特に覚えてません」
スズノカの冷たい返しにタカカミはきょとんとした。
「え?それだけ?覚えているのって」
「はい。そうですが……何かございましたか?」
「ああいや。あの女、だいぶお前に執着してたように見えてな。もしかしたら何か言っていたのかと気になったのさ」
「何かと言われますと……そういえばかわいい服とかいい服をくれると言っていました。神様になったらいの一番にそれをしてあげると」
「服?なんだアパレル系の企業に勤めてたのか?」
「恐らくは。ここじゃないですがどこかの企業に勤めていたと思います」
スズノカは手のノートを広げ、片手をタカカミに向ける。
「あ、最後に一ついいか?」
「どうぞ」
「お前は……自分からこの儀式の監督……要するに審判の能力を得ることを望んだのか?」
「はい」
「理由は?」
「それはまだ言えません」
「……そうか」
落ち込んだ表情でタカカミは回答に反応する。
「なぜそれを聞くのですか?」
「ああ……お前を解放するとかどうとかでってコイツが突っかかっていたんだ」
タカカミは視線を近くで立ったまま、首から一滴の血を流している転谷の遺体に向ける。
「俺としてはまあそんなのいつものことだ。でもお前の解放ってのはなんだ?もしかして何かあるのか」
「解放ですか……」
タカカミに続いてスズノカも転谷の遺体を見る。やがてスズノカは俯く。
「何かあるのか?儀式の先に」
「今はまだ話せません。転送します」
タカカミの意向も聞かぬまま二人はその場を離れた。
「次が最後の一人だよな?」
「ええ。そうです」
倉庫を離れ、二人はいつものようにマンションの一室にいた。時刻は既に深夜を回っている。
「そいつを殺して自由にしてやる。それじゃダメか?」
「なぜそんなことを言うのです?」
「なぜって……そりゃあ」
――お前が心配だから
その言葉を言おうとした。しかし彼はそれを口に出来なかった。代わりに彼はこう言った。
「一か月ごとにお金くれるのはいい。でも正直最近は来すぎじゃないか?俺のところに。心配だなんだっていうが俺はもうこの生活に慣れているんだ。だからもうお前は――」
「何を言っているんです?大体最近といいますがペースは変わってませんよ?」
「あーだから……俺はお前の人生にとっての荷物だのそういうのになりたくないって言ってるんだよ。スズノカ。全部終わって俺が神の力とやらを手に入れたらさ、そうだな。ああそうだ!!お前を支持してやる」
「支持?」
「ああ、お前が将来邪魔だと思ったものを消してやる。好きになった相手と上手くいくようにサポートしてやる。疲れたなら癒してやる。気にすんな。戦いを通して力を手に入れたらきっとそのくらいは余裕さ!!」
タカカミは彼女に笑いながらスズノカの残りの人生を支えてやると言ったのだ。それを聞いてしばらくして彼女はにこりと笑った。そしてこう答える。
「結構ですよ。貴方みたいな博徒上がりの神に支えられるのは」
「そうか。今日はもう帰ってくれ。もう眠いからさ」
「わかりました。おやすみなさい」
去り際の彼女を目で追う。スズノカがどこか笑っていたように見えたがすぐに悲しんでいる表情に切り替わったのをタカカミは見逃さなかった。
「……アイツ、本当になんで儀式の進行役なんてやってるんだ?誰かにやらされたのか?なんだ解放って?」
消えた彼女の謎が胸の内で膨らんでいたがやがてベッドに転がるうちに眠気が押しつぶした。
彼女の解放という唐突な言葉に何処か不穏を感じていたタカカミ。それが明らかになるのは少し先の事である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます