10-2

「クソ……面倒だな」


 Hエリアから右側に移動して彼は九つあるエリアの内、右下のIエリアで並ぶ多くの小物の入った戸棚の群れの一角に身を隠していた。


「髪の毛が荒れたくらいで済んでよかったぜ」


 特にセットしていないヘアースタイルが先ほどの敵の秘術によって起きた暴風のせいで荒れていた。少し直すと彼は周囲を見渡す。


「何処だ……何処にいた」


 近くの戸棚にしゃがんで身を潜めつつ、大きな道路を隠れながら見る。


(戸棚も多いこの倉庫。隠れるには最適。だったら何処かで俺を見ていたはず……)


 首を回してあちらこちらを見る。しかし人の気配はするもののそれがどこからくるものなのかわからずにいた。思わず彼は舌を打つ。


「にしても敵……あれは空間という単語に紐づくものか?だとしたら結構厄介だな」


 ふと後ろを振り向くと女性が一人ハンマーを持ってタカカミに襲い掛かろうとしていた。


「うそぉ!?」


 髪型は黒く整った短髪。服装は黒のスーツでビジネススカートではなくズボンを履いていた。


「くそっ……」


 咄嗟に左手で頭を覆うとハンマーが左手に命中。痛みをこらえて銃を構えるがそれを見て女性は目を開いて瞬時に姿を消した。


「な……何だ今の?つーかいてぇなおい!!」


 誰もいないそこに怒鳴り声をあげて彼はその場からダッシュで逃げ出した。


(あれは……テレポートか?!)


 襲われる時まで後ろには気配がまるでしなかった。そして瞬間的に現れてタカカミをハンマーで襲い、消えた。彼は敵の秘術をそう推測する。


(とにかくこの場から離れないと。しゃがんでたらさっきのがまた来るぞ)


 並ぶ戸棚の群れから立ち上がって走り出す。北側のFエリアへと彼の足はあわただしく向かっていた。


「あの瞬間移動……あれ?」


――これまずくないか?詰んでるよな?


 彼がそう思うようになったのは敵の女性が使った秘術にある。


(これまでの戦いで一番に面倒なのは確かだ。特にあのテレポート。こっちが銃撃しようものなら確実に避けられる。しかもそのまま死角からの反撃……クソッ!!ダメだ。銃じゃ絶対に致命傷にならない!)


 彼女はこっちが銃を向けた途端、文字通り一瞬でテレポートしたのだ。それを走りながら思い返すと嫌な汗が流れ出した。


(爆弾も避けられる。蔦でとらえてもテレポートされて無駄。倒せないじゃないか!どうしろと?)


 しかも彼の左手は先ほどのハンマー攻撃で痛みが抜けきれないどころか青ざめており、使える状態ではない。


(どうする。近くに気配はする。だが……っ!?)


 左腕より痛みが走る。思わず走る速度が落ちる。


「あー待て落ち着け……ここは……」


 左腕を抑えながらタカカミは歩くどころか止まる。


「そうだ。深呼吸だ――」


 すぅっと大きく息を吸い上げる。そして――


「ウオォォォォォッ!!」


 倉庫全体に彼の雄たけびが轟いた。そして残響が響く。


「さあどうだ?」


 左腕を垂らしたようにして右手のみで銃口を辺りにぐるぐると向ける。だが敵はいない。


(……逃げたか?叫んで怯んだところを速攻で撃つ。これしかないと思ったが)


 いるような気配がしていた。しかしテレポートで逃げられたらしい。


「どうする俺?こういう時は?相手は瞬間移動の使い手だぞ?」


 自分自身に問いかける。所謂自分との対話だ。彼は藁を掴む勢いでそれを行った。


――落ち着け。スズノカが言っていたじゃないか。どんな相手でも、自分にでも秘術には弱点があると。方法は三つだ。一つ目は相手の魔力切れを狙う。二つ目は少し撃つのを待つんだ。そしてテレポート先の、動いたところを撃つんだ。連続してテレポートするのは無理だ。ミリ秒かはわからんが、その方法なら倒せるさ


「おお。その手があったか!」


 自分自身から帰ってきた思わぬ妙案に笑いがこぼれる。そして彼は声をあげて笑った。






「なんなのアイツ?キモ。思わず遠くに飛んじゃったけど」


 空間の秘術、虚空隠者こくういんじゃ。それを担う者である転谷練華ころたにねりかは彼の様子を近くの戸棚から隠れて見ていた。彼女はタカカミの雄たけびから少しして笑ったその一連の流れを見ては後ろに引いていた。怯えていたのだ。


「家にあったハンマーじゃあだめか」


 転谷は手に持った釘打用のハンマーを残念そうな目で見ては彼を見る。


(てかあいつ銃なんて持ってるの?まさか危ないとこの関係者?なんか発狂したと思ったら笑い声微かに聞こえるし……キモ)


 彼の奇行がもたらしたのは彼女への警戒心を強めることくらいだった。


(でも参ったわね。これじゃあ近づけない。近づこうにも銃とかがあれば――)


 ふとタカカミの方に視線をやる。彼は銃を着ていたロングコートの内側にホルスターに入れ、手にナイフを持っていた。


「あれは……」


 倉庫内の輝きによってナイフが輝くと彼女はそれに魅せられたのか否か、それに目を奪われていた。


(あれ……なんとかして盗めないかしら?でもここ物販サイトの倉庫よね?)


 近くの戸棚を見る。中には衣服がぎっしり詰まっており、ナイフなんて微塵もある気配がしなかった。


(ああそうだ。この倉庫、アパレルで有名な方でってウチが使ってるとこじゃん!)


 転谷は自分に突っ込みを入れた。刃物系統の取り扱いがないのを彼女は思い返す。


「となるとやはりあれか……でもなあ……ああもう!あれをこっちに持ってこれればいいのに――」


 転谷の持つ秘術、虚空隠者こくういんじゃ。自分自身を魔力によってテレポートさせることが出来る他に、一定の空間を飲み込むブラックホールのような穴の現出、更には空間に結界を下ろして相手を閉じ込める力がある。遠くのものを自分の所に持ってくることはできない。


「結界で閉じ込めたとしてもその間、他の技が使えないのがなあ」


 自分用にと渡されたノートを取り出して彼女はうーんと首を傾ける。


「何とかならないかしら……でないとスズノカちゃん、また一人を殺すことになるって言ってたわね」


――え?じゃあスズノカちゃんこのままだとあと一人殺すことになっちゃうワケ!?


――ええ。そうなります


(ホント新卒二年目のアタシより彼女に何てことやらせてるのよシステムってのは!)


 不意にシステムへの愚痴をこぼす。


「っとといけない。今はそれよりアイツを……」


――あなたも人を殺すことに抵抗はないのですか?


――まあね。アタシ、そういう精神してるみたい。アナタみたいに若い女の子とか助ける為ならいいわ。やってやるわよ!!


 タカカミを監視する中でスズノカとのやり取りが不意に再生される。その間、彼は戸棚に隠れて銃を


「ああやって啖呵切ったのよ。だから必ず……殺す!!」


 転谷練華は誰かのために命を張り、命を狩る事の出来る精神の持ち主だった。


(待ってて。罪は私が持つから)


 そうして見ていたその時だった。好機が訪れたのは。


「え?」


 左腕の痛みを確認するためにタカカミはナイフを革製のケースにしまって地面に置いていた。そして彼は辺りを右手で左腕を抑えながらその場を立ってFエリアから左側のEエリアへと歩き出したのだ。ナイフを地面に置いたままで。


(これ……戻ってこなければとれるんじゃ?!)


 彼がナイフを置いた戸棚付近まで一定の距離を歩いたのを確認し、転谷はテレポートで瞬時にそれを手に取った。


「これ……使える!」


 ナイフの表面が彼女の顔を写す。その顔は確信を持った笑みで満ちていた。


「あとは……」


 靴音を鳴らしながらタカカミがその場からさらに遠ざかっていく。


「真後ろにテレポートでいいわよね?」


 ニヤリと笑っていた。そんな時である。


――相手は既に不戦勝含めて十人に勝っています。それは確かです


「じゅう……にん」


 脳裏に走った言葉に彼女の笑みが崩れた。


(待って。もしかしたらこれは罠かもしれない。さっきみたいに後ろから飛んでくることを警戒して……そうよ。あのコートよ!!)


 転谷は察した。これは自分にナイフを使わせて後ろから狙わせるという罠であることに。


(あのロングコートなら後ろから来た私を銃でコートをブラインド代わりのようにして撃てば私に命中する。そうよきっとそれよ……!危ない危ない。でもどうすれば)


 タカカミは右手で銃を前に向けている。瞬時にわきの下に銃口を後ろに向かせればそのくらいは可能なはずだと推察した。


「それなら……いいわ。コレでやってやるわ。あなたの思い通りにはならないから」


 ナイフを握りしめ、彼女は行動を起こした。


(……行くわよ)


 転谷はタカカミの後ろを捉えた。そして直ぐにテレポートして彼の真後ろ約数十センチまで、彼女がナイフを突き出せば刺さる距離にまで詰めた。


「来たかっ!」


 タカカミの両隣と正面に蔦の壁が出現するも彼女はひるまず――


「ここよっ!!」


 そのまま姿を消した。彼女はタカカミの頭上に続けてテレポートしたのだ。


「これでっ!」


 ナイフを両手で振り下ろそうとして銃声が響く。


(勝った!)


 彼女の予想はおおむね当たっていた。彼女はタカカミが目論んでいること。つまりは自分が使っているナイフを持たせ、それで先ほどと同じように彼女に自分を後ろからとどめを刺させようという予想。そしてその時にテレポートさせる間を与えないようにコートの内側から銃で発砲しようとする計画。これが彼女の予想だった。


(え?)


 そう、おおむね当たっていただけだった。

 硝煙が、銃口が真上を向いて、二発が彼女に命中していた。


「う……そ」


 運悪く、銃弾は彼女の腹部と心臓に命中し、ナイフは手から離れて自由落下のごとく落ちた。バックステップをとるタカカミの前で転谷は叩きつけれるように落ちてきた。ナイフは近くに甲高い音を立てて落ちた。


「ど……どうしてわかったの」


「勘」


「……は?」


 口から血を吐き出した転谷にタカカミは冷たく返答する。


「どうして俺がナイフをあそこに置いたと思ってるんだ?」


「それは……後ろからくるアタシを狙うために――」


「ぶっぶー。上から来て撃たせるためですー」


「え……?」


「ああ、教えてやるよ」


 ケタケタと不気味に笑って、タカカミは語り始めた。自分が考えた作戦というものを。

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