9-3

「あの場にいた時も驚いたのですが……全部計算の内だったのですか?」


「穴はあったさ。特に後方車両に窓から入ろうとする時とか……後は相手の魔力残量にもよる。今回は計算がかみ合って、それに運がいい感じに絡んだから勝てたのさ」


 戦いが終わって次の日。二人はタカカミの住むマンションの部屋にいた。テーブルに備えられていた椅子に二人はコーヒーを並べて座っており、改めてタカカミが立てた作戦をスズノカはテーブル越しに聞いていた。


「まず相手の能力は一定の時間操作。これはやばいと思った。だが妙だと思った点があった」


「点?」


「ああ、俺が持てたとしたら……ああコピーできてねえなそういや」


 頭に手を当てて悔しがる。『まあいい』といって話を続ける。


「連続して使ってないってことかな。あとは時間の巻き戻し。これも連続して使ってない。制約か何かあるんだろ。だから隙があるとみて色々策を練った」


「どこでですか?」


「どこでって……ああ時間的には蔦で車両遮った時かな。あの瞬間まで巻き戻ったらやばかったがそこまでじゃなかったから助かったよ」


 コーヒーを口に含みながら彼は苦笑いを浮かべる。


「数分で立てた作戦だったから粗削りは上等だったさ。それでもやるしかなかった」


「それで……具体的にはどうするというのです?」


「ああ、それは単純。時間戻しても意味がないってことをしてやればいいのさ」


「意味がない?」


 ニヤリとタカカミが鬼の首を取ったように笑った。彼はノートとペンを取りだす。


「ああ。要はさ、どうあがいても死ぬ。そんな状況を作ったのさ」


 彼はノートに簡易に五つの車両を書いた。左からA、B、C、D、Eと名称を付けて。Aは敵のいた車両。BとCには特殊車両。Dには自分、Eは開けた窓と近くに記載を追加した。


「まず一つ目にAより前の車両の連結を……B側とは反対の方な。そっちを爆発で破壊。二つ目に奴がいるAからBの特殊車両に入る辺りに爆弾を一つ設置する。これはすぐには爆発しない。ダミーに見せかける必要もあったからな。三つ目はBとCの特殊車両の合間にある連結部分にセットした。一つ目にも数秒経ったら奴がいた方の車両と特殊車両の連結部分に向かうように細工してな」


「なるほど。今回の特殊条件がから離れたら負け。つまり動かない車両にいたら死ぬというルールを逆手に取ったのですね」


「そうそう。とにかく相手には動いて能力を使ってもらって……魔力切れというどうにもせこい作戦を今回取ったのさ」


 タカカミは自慢げに話を続ける。


「でだ。三つめは俺がいる車両と特殊車両で相手はとにかくこっちを目指さなきゃならなかった。連続して使えない以上ある程度脳みそを使う必要があったはずだ。そこで俺は特殊車両についていた非常用の脱出装置に目を向けた」


「それを使うと予想してですか?」


「まあな俺だったらそうするだろうって。車両外の風圧はまあ時間停止でどうにかするだろう。そして上って奥に向かって……俺のいる車両より後ろ……Eの車両に入るわけだ」


 ペンでEの車両に丸を付ける。


「ここにはあらかじめ五つ目の爆弾を設置して窓を開けた。向こうはここから入るしかないと思うだろう。だがこれは正直詰めが甘い考えだったと思ったよ」


「なぜです?」


「あの車両、全部外からあけられたんだ。だから相手がもう一つ奥から……Eより後ろのFの車両からそのレバーで入ってくるんじゃないかって今思い返せばそういう事も可能だろうなって思ったのさ」


 タカカミはため息を吐いた。


「でもあなたの言う『浅はかな作戦』は成功した。そうですよね?」


「……まあな」


 暗い気分から彼は未だ抜けずにいた。


「なぜ勝てたのにうれしくないのですか?」


「そりゃあまあ……助けられたような気がしたんだ」


「助けられた?」


「ああ、なんていうか……電車って舞台だったろ今回。それが引っかかってさ。おまけに特殊ルール。完全に助かったという形でよ」


「以前の戦いでは船の上というのもありました。それに相手の能力や差などで特殊ルールが追加されるのは十分あります。いままでそうした環境がなかっただけです」


「……ああそう」


 スズノカがコーヒーを飲み終える。


「お代わりいるか?」


「え?ああえっと」


 彼はスズノカの意を聞かずに彼女が使っていたカップを取るとそそくさと立って新しいインスタントコーヒーの元を入れてお湯をポットから注ぐとそれをスズノカに差し出す。


「やるよ」


「どうしたんです?このインスタントコーヒー」


「これか?こないだの戦利品。ちなみに当時の値段は三万くらい」


 タカカミの怒り顔とその言葉でスズノカは察した。


――ああ、負けたんだなこの人。これは余ったコインか玉で交換してもらったものなんだろう


 どこの世界に三万円するコーヒーがあるのやらと内心呆れていた。


「……そうですか」


 沈んだ雰囲気から一転してタカカミはうきうきとポットでスズノカの使っていたカップにインスタントコーヒーを作ると、それをスズノカの前に置いた。


「そういうわけだ。飲んでけ」


「……ありがとうございます」


「ああ、一つ言い忘れてた」


「なんですか?」


「後二人、俺が殺す。お前が殺すんじゃない。いいな?」


 真剣な目で彼はスズノカに言った。それを聞いて彼女は固まったが少しして首を縦に振った。


「……はい。わかりました」


 彼女のカップが空になってから少ししてスズノカはその場を離れた。タカカミはそのカップを自分の分含めて流しに置こうとする。不意に彼女が使っていたカップを手に取って帰り際に聞いた彼女の言葉を思い返す。


――あなたは……多分勝てます。そうして蒼き星の神になって傷を癒す権利をその手に出来るはずです


「なんであんなこと言ったんだ?アイツ」


 彼女の魂胆は見えなかった。彼女の使っていたカップを何かを考えながらタカカミは持っていたがやがて『ばかばかしい』と呟いて残りの洗い物と同時に洗い始めた。

 その時の夕日は鮮やかだった。

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