9-2

「一発目は……あそこに入れた。そうだ。それでいい。奴の能力を考慮すれば……こうしておけば」


 タカカミは特殊車両の一両目に入り、ナイフの突き刺さった腹から流れる血を抑えながらも彼は敵を倒すための策を講じていた。片手で光を放ち、もう片方の手で流れる血を抑えながら。息が荒れるもその足はまだ止まることを知らず、彼はそのまま二両目へと入っていく。


「後、三発が限度ってところか……てか今回はこれでいいんだよな――」


 頭の中で必死に策に間違いがないかを検討し続ける。勝利への執念を燃やしながら。その時、揺れが車両全体を襲う。タカカミは近くの手すりにつかまってそれをやり過ごす。


「くそ……なんでこんな狭い車両で戦わなきゃいけないんだ。しかも相手があんな能力持ってるし」


 愚痴をこぼしながら光の玉を所々に置きながらも彼はその作戦をどうにか遂行し、ついに奥の普通車両へと入る。そしてある程度進んで彼は途中の椅子に座って、特殊車両側のドアに向けて銃を構えた。


(さあ……これでどうだ!?)


 銃を持つ手が震える。今にも彼の意識が遠くに飛んでしまいそうなその瞬間。爆発は起こった。衝撃が車両を通して伝わり、彼のいた車両にも揺れが届く。


「うおっ……」


 手すりに寄り掛かってそれをやり過ごそうとする。両手はそれぞれ腹と銃を抑えるか握っていたためだ。


「やったか!?」


 爆発があっても車両の奥から来るであろう誰かを警戒する。

 しばらく時間が経過した。精々一、二分程度だったがタカカミにとって長い時間だった。


「あなたの勝利です。おめでとうございます」


 不意に後ろから声がした。咄嗟に振り向くとそこにはスズノカがいた。


「あ……てことは」


「はい。相手は負け……つまりは死にました。貴方の勝利です」


「……作戦成功か」


 腹の痛みが瞬時に消えた。儀式終了後、勝利者の傷は完治するルール。完治というより痕跡が消えると言った方が正しい。


「なあスズノカ。相手を見てたんならどうして相手が死んだのか見ることはできるか?俺が蔦を出してから相手が死ぬまでの間、どうなったか見たいんだが」


「見る事……というよりは状況説明になりますがそれでよければ」


 タカカミがスズノカに提案を持ちかける中、彼は刺されていた腹の個所を撫でていた。まるでその時の感覚をどういうかわけか探るかのように。


「ああ。頼む。今後の戦いの参考になりそうだ」


 スズノカは相手が死ぬまでの経緯を説明した。






 戦いの勝敗が決まる数分前。


「くっそ……この蔦、俺のナイフじゃ切れねぇ!?」


 今回の戦いに選ばれた男子高校生、輪達敬わだちけい

 彼は秘術の名は『運命針指うんめいしさ』。時間を一定の方へと操る能力。その力は二つ。

 一つ目は時間を停止させる力。魔力の消費量が最低一割に止める時間分使うがその効果は時間を止めるというシンプルにして絶大な効果。

 二つ目は時間を巻き戻す力。こちらは魔力を使用者の持てる最大魔力分の一割しか使わない。効果は時間を巻き戻すことが可能で十秒前までなら可能だ。

 共通の弱点として同じ手段を連続して使うことはできない。ある程度の時間を待たないと使えないのだ。


「ああもう使えるよな!?」


 秘術を使おうとした。巻き戻そうとして手をかざそうとしたその時である。蔦が消えたのは。蔦は地面に吸い込まれる形で消えていった。


「なんだ?まだ何もしていないぞ?」


 蔦で遮られた向こう側を見る。その先には血痕が転々と続いており、それは特殊車両に入るドアの前で止まっていた。ドアノブにはかすかに血がついている。


「あの傷ならもう戦えないよな?ていうか失血死待ったなしだよな?」


 輪達はニヤリと口元を歪ませる。

 その時だった。彼の耳に轟音が響いたのは。


「うわっ!?」


 大きく揺れる車両によって足元をすくわれ、転倒する。慌てて立ち上がって後ろを見ると後ろの車両が途切れてぐんぐん突き放していく。脳裏に会話が思い浮かぶ。


――初めての戦いになると思われるのですが今回特殊条件があります。


――特殊条件?


――はい。動く電車に乗っていないと死ぬというルールです


――え?この電車から飛び降りるなって事でしょ?普通しないよ


――いえ。電車が止まった場合、その止まった電車に乗っていたのなら負けという事です。


「あっ!」


 前を見る。血痕の先には光。破裂して今にも爆発しそうであった。


「しまった。それが狙いか!?」


 前の車両に飛び込むために即座に時間を止めようとして手をかざす。


「へへっ悪いな。俺には時の神様がついてんだよ!」


 止まった電車の世界を駆ける。光は爆発することなく彼はその先に飛び込む。

 次に時間が動いた時、爆発が後ろで起き、また揺れが走る。輪達が後ろを見ると、後部車両はどうやら連結部分を壊され、その先には延々と続く線路が見えた。


「へへっ。時の神様をなめんなよ!」


 輪達は真っすぐに特殊車両の上の階に上る。すると光の玉が彼の正面に浮かんでいた。光は階段の上に向かっていき、車両上層部の真ん中で止まった。


「なんだありゃあ?まあいい。下に潜り込めばっ――」


 階段を勢いよく降りて真っすぐに向かう。特殊車両一両目の終わりから二両目の車両に飛び込むと血痕がまだ点々と続いていた。それを見ていたその時、後方から爆発音が響き、揺れを感じた。


「またかっ――」


 近くの手すりを掴んで揺れをやり過ごす。揺れが収まると彼は真っすぐに二両目を階段を上って座席のある空間に入る。また光の玉が空間の中心でふわりと浮いていた。


「ああもうめんどくせえ!」


 秘術を発動し、時間を止めてその光の横を通り抜ける。そのまま二両目奥の普通車両と特殊車両を隔てるドアに差し掛かると輪達はすぐにドアを開けた。


「よし抜けた――」


 銃声が二発響いた。飛び込んできた彼に待ち構えていたタカカミが発砲したのだ。


「うぎゃっ――」


 脳天を貫かれることはなかったものの、胸部と腹部にそれぞれ一発を食らう。ドアを閉めて残りの弾丸をやり過ごすがドクドクと流れる血を抑えられそうにない。


(まだだ……まだ。俺には時間の神がっ――)


 再び時間を巻き戻す。巻き戻った世界にて彼は特殊車両一両目に踏み込んでいた。


(目いっぱい戻したぞ。こっからなら!)


 相手の攻撃をかいくぐってどうにかしてタカカミに自分の持つバタフライナイフを刺さなくてはならない。それが輪達敬の勝利条件。


「畜生、なんで俺がこんなに有利な能力を持っているのに……!」


 だが考えている時間は輪達にはなかった。


(どうすんだよこれ!進んだら撃たれるし、能力使って回り込もうにも……ん?回り込む?)


 辺りを見渡す。すると『非常用脱出ハンドル』の文字が刻まれたプレートを輪達は視界に捉える。


――しめた!これだっ!


 即座にプレートを割ると外に通じるドアが開く。


「頼むから車両上はセーフであってくれよ……!」


 時間を止める秘術を発動し、彼は車両上に上る。風圧すらも止まった世界で彼は車両上を駆け抜けていき、そのまま罠のある特殊車両を抜ける。


「よし!これなら奥から行ける」


 輪達の作戦はこうだ。

 まず特殊車両を超え、タカカミが待ち構えている普通車両を超えて一つ奥の車両に入る。


「とにかく急げ……後は」


――車両に入る。どうやって?


「あ……!」


 外から車両に入る必要があった。その為には外側から何とかして開ける必要がある。しかし先ほどとは違って外から入るためには内側にあるだろう非常用のドアコックを操作する必要があった。


「いや待て。確か外側にもついてる車両あったよな?」


 駆け足でそのままタカカミのいる車両を超えていき、目的の車両にたどり着く。すると彼の眼はあるものを捉えた。


「窓が……開いてる!」


 即座に外から力を込めて押し開ける。そして飛び込むと同時に時間停止の術を解除した。


「ラッキー、これなら――」


 輪達は視界をタカカミのいる車両に向けた。彼はというと特殊車両の方角に視界を向けたままじっとしている。その足元は血にまみれ、輪達のいる方にも特殊車両のドアに向けてもミミズのように張って伸びていた。


「後は慎重に近づいて」


 息を殺して彼の後ろから忍び寄る。一歩、また一歩と電車の揺れに足を取られないようにと輪達は近づいていく。


「どうして窓が開いていることに違和感を持たなかった!?」


 タカカミが振り向きざまに後ろにいた輪達に笑いながら問いをぶん投げる。


「え?」


 蛇ににらまれた蛙のごとく固まった。その瞬間、光が彼の後ろから輝き始め――


「なっ――」


 爆発は起きた。


「そんな……あれも罠だったのか」


 再び輪達は時間を巻き戻した。その時である。


――警告。魔力ゼロパーセント。秘術使用不能です


「え?」


 使いすぎたのだ。巻き戻しに時間停止と。特に車両を上ってからの数秒が効いたらしい。


「な……なんで?勝てない……」


 絶望する彼の前で光が眩く。爆発の光が。


「えっまってそんなやめて――」


 爆発は輪達を待たなかった。爆発は彼を飲み込み、ここに決着はついた。

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