9-1 一月、左に右に回る世界

 昏仕儀タカカミの生い立ちを簡潔にまとめると以下のようになる。

 生まれから貧しい環境にいた彼は幼少期はその貧困さのせいでいじめられながら中学校時代のある時まで育っていた。ある時というのはバイトをするようになってから。そこから少しの収入を得て資金をある程度貯めて受験費用を自分で出して入った高校に入学から卒業にかかるまでの殆どの経費が免除される特待生で入学。しかし高校二年の時に父親が起こした事件のせいで学校にいられなくなり退学。さらにこの時個人情報を何者かにばら撒かれ、それまでの名前から昏仕儀タカカミという名前を変更して今に至る。

 昏仕儀タカカミが自分の過去の話をしたのは前にも後にもスズノカだけだった。それほどまでに彼は自分の過去について、話したくもないし思い出したくもなかった。

 だが二度の看病に加え、称えられし二十五の儀式に自分を選んでくれたことに感謝をしていた。なお後者の選んだ件に関してはシステムによるものだが彼からしたらスズノカが自分を選んでくれたと思っている。


――何もしないのは流石に気が引ける。だがこんなことを話してそれが礼になるのか?


 その礼になるかはわからなかった。だが彼女が知りたがりそうにしていたので彼は審判として、中立で誰にも話さないだろうと思っていたので話をした。結果として彼女は泣いた。それが彼の為の涙なのかはわからなかったが、タカカミにとっては何処か複雑な感情を持つきっかけとなる。彼女が去ってしばらく、彼はそれを振り払おうとまたギャンブルをしていた。


「で、こっぴどく負けたと」


「ああ、びっくりだ。十万消し飛んだぜ」


「じゅ……!?」


 ベランダの外で煙草で吸って吐く彼の姿に引いた。

 一月。初売りに初詣にお参りとはしゃぐ人達の群れとは対照的に彼はマンションのベランダでタバコを吸っていた。力なく吸っていたその場に来たスズノカに時間潰しにと雑談を交わす。


「なんでそんなに落ち着いていられるんです……?」


「ああ、慣れたよ。無くすのに」


「今までそれでよく生活できましたね」


「最初は変に何も感じなくておかしくなったと思ったよ。けど今はどっかの誰かさんが夢とついでに持ってきてくれているおかげでな」


 ニヤリと笑ってタバコの火を消す。


「あなたは蒼き星の神となって何を願うのです?」


「あ?そりゃあ決まってる。復讐さ。神の裁きを受けろってな。やってやるんだよ。こう……雷落としたりしてな」


 ニカニカ笑って楽しそうな説明をする様を目を細めてスズノカは見ていた。その目の冷たさに彼も冷めたのか笑みをシュッと消してスズノカに『悪かった』と目で消した。


「ところで『蒼き星の神』ってのは……俺の持つ『妬心愚者』のように実在するんだよな?スキルとして」


「ええ。そうです。詳細は全ての戦いに勝利するまで秘密にさせて頂きますが」


「全世界の作物を枯らす力とかか?」


「教えませんよ?」


「……そうかい」


 否定ではなく不明と返された。もしこれが何かしらを否定した言葉ならばその力は全世界の作物を枯らす力ではないとまではわかる。しかし不明と返されてしまったので相も変わらず力の正体は不明だった。


「二週間後です。また一週間前に伺います」


「あいよ」


 光に包まれて消えるスズノカに目もくれず彼はタバコを新しいものにしてまた吸い始めた。


「……今更だけど何だろうな。蒼き星の神ってのは」


 上るタバコの煙に問いを投げた。

 煙は何も答えないで消えていく。


(俺は本当にそれで救われるのか?その先には何もないんじゃないのか?)


 どうしようもない闇が心の中に広がり始める。

 闇はただ漠然と広がる。


(それでも後三人まで来たんだ。ああそうだ。たった三人だ。十二人いたころから見ればだいぶ減ったじゃないか!)


 勢いよく煙を吐く。


「勝つか。いつものように」


 吸い殻を処理すると彼は立ち上がって部屋に戻った。


「あ、こないだ買った本読んでないな。雨降るって言ってたし今日は読書でいいか」


 外を見る。太陽を覆う雲は微かに広がりを見せていた。







「ここは……電車!?」


 転送された先でタカカミが目を開き、驚く。

 今回の戦いの舞台。それは動く電車の中。


「え?水族館とかそういう施設じゃなくて?」


「はい。相手の位置は恐らく予想はつきますが……」


 スズノカは車両奥の方に視線を向ける。一方タカカミは辺りをただきょろきょろと見渡す。


「これ何両編成だ?」


「十五両です。途中、特殊車両があります」


「……時間、空間、人間。そのどれかに紐づいた能力者が残りの相手か。どれが先に来るかだか知らんが上等だ」


 銃の確認とナイフの切れ味を確かめ、彼は正面奥の方を見る。車両間のドアから相手の姿は見えない。


「特殊車両って……切符とついでにお金払うとゆったり座れる席の事か?」


「はい。それです」


「おーけーおーけー」


 準備を終え、背伸びをして落ち着いているタカカミをスズノカは見ていた。


(成長……したというのでしょうか。これから戦いだというのに落ち着いている。この方か、あるいは今後の三人のうちの誰かがあの力を得る。いったい誰が――)


「どうした?」


「いえ、なんでもありません」


 タカカミはきょとんとした。


「んじゃ、始め……ああそうだちょっと質問」


「何でしょうか?」


 タカカミは今回の戦いに関して質問した。その問いの返答をスズノカから受け取ると彼はニヤリと笑った。


「そうか。ならそれも作戦として使えそうだな」


「すみません失念しておりました」


「珍しいな。お前さんにしては」


「……はい」


 しょんぼりと俯くスズノカをタカカミは物珍しそうに見ていた。


「あー……まあいい。始めてくれ」


「わかりました。それでは」


 彼女は姿を消した。十番目の戦いの火ぶたが切って落とされる。


「さぁ……どれだ!?」


 残る能力の恐ろしさだけが彼の脳内で静かに這って、タカカミの額から汗が流れ出す。


(車両は……奥の特殊車両以外には人の気配はなさそうだが――)


 最初の一両目から二両目、三両目と足を進めていく。途中七両目、八両目にある特別車両に入るとその構造を確認した。特殊車両の出入り口にはごみ入れが壁に設置され、階段によって空間が上下二つに分かれ、座席がずらりと並んでいる。両方特に違いはなかったが彼はまず上の階から確認を始めた。


(こっちにはいない……というか下にも気配がしない。外からってことは……ないか)


 外の風景を見る。電車はタカカミの知らない何処かの町を走っている。


(都心……なのか?わからんな――)


 前を見た。誰もいない。


(いる。入ってきたな!)

 

 咄嗟に銃を構える。人の気配があった。それは間違いなかった。


(さーてどんなインチキ能力かな?)


 武器の生成に蔦の使役、おまけに爆発攻撃が使える男が階段を下りて奥のドアを開く。続く特別車両二両目に入ると足音が手前から奥の方へと響いていた。

 

「……誘ってるのか?」


 拭えぬ疑問が浮かぶ。それでも相手を追う足は止まらない。


(なんだ?何が狙いだ?相手の狙いを考えないと。今の俺は……まあ強い。だからこそ驕りを捨ててきっかり殺さなくては)


 特別車両と普通車両を繋ぐドアには窓がなく、向こうの様子は見えなかった。


「さて……」


 いまだ見えぬ相手の意図。乗るか反るかはタカカミ次第。結論からして彼は相手の提案に乗った。


(戦いは攻めなきゃ勝てねぇ。お前が何考えているのか知らんが、その考えを内から食いつぶしてやらぁ!)


 勢いよく開けたドアの先で銃弾を放つ。弾丸は奥の車両を繋ぐドアに命中してそこにひびが入る。


「……あれ?確かに今誰かいたよな?」


 九両目の車両に足を踏み入れる。奥に入るが車両は吊るした無数のつり革が左右に揺れるばかりで特に何かが起きる気配もなかった。


(誘ってるわけじゃないのか?怯えているだけ?それとも逃げに逃げて俺を探っているのか?)


 彼は首を傾ける。手元の銃に視線をやるとその手に銃はなかった。


「あれ?なんで――」


「動くな」


 後頭部に冷ややかな感触が走る。


「……どうなってる?」


 タカカミの後ろには学ランを着た一人の男がいた。顔たちとその衣服でタカカミは学生と推察する。


「時間を止めた。それだけだ」


「そうか。すごいな。……で、何故撃たない?」


「黙れ」


 タカカミは気づいていた。学生の手が、銃を持ったその手が震えていることを。


「人殺ししたことないの?君」


 いたずらな表情で学生を嘲るように笑う。


「黙れ!」


 瞬間、タカカミはしゃがむ。学生の腕を伸ばした蔦で上にはたきながら。


「うわっ――」


 彼の手から銃弾は放たれることなく、銃は本来の所有者の手元に戻り、そして二発の銃声が轟く。しかしそれで儀式が終わることはなかった。


「……嘘だろ」


 正面にいたはずの学生はいなかった。タカカミにはそれがまるで瞬間移動したかのような出来事に見えたのだ。


「うおぉぉぉぉ!!」


 タカカミの後ろから声が響き、彼が振り向くと学生は勢いよくその手に持ったナイフで突貫し、そしてタカカミの腹を突き刺した。


「ぐぅ……!?それは!?」


「ああ、お前が腰に差してたもんだ!」


 自分の持っていた武器でとどめを刺される。なんという皮肉か。

 タカカミは銃を学生に向けて放つもやはり当たらない。時間操作の秘術は学生を無傷のままで守っているのだ。だから銃が放たれてもその能力で回避し、更にはタカカミから武器を盗んでそれを腹に突き刺した。


「首を狙えなかったのはなんでだ?」


 ドクドクと流れる血を抑えながらタカカミは学生に問う。


「慌ててたんでな。悪い悪い。次は確実に殺してやるよ」


 学生は汗を流しながらもニヤニヤと笑ってタカカミの流れる血を見ていた。


「もう一本あったがあんたが持っているもんでな!それ使わせてもらったぜ!」


 学生はポケットから折り畳み式のバタフライナイフを取り出した。ナイフは車両の明かりで煌めいていた。


「そうかい」


 瞬時、蔦の壁が両者の間に現れる。隙間から一つの光が飛んでいた。


「うわっ!?何だこれ!?あ、待て逃げんな畜生!!」


 男はそれに気づかなかった。

 声を背にしてタカカミはその車両から後方の特殊車両へと血を流しながら逃げる。


(マズイな……思ったより厄介だった。時間操作ってのは――)


 痛みを抑えながらも彼は顔を歪ませる。


(だがこれなら……勝てるんじゃないのか?)


 勝利への道筋を静かに組み立てていた。

 時間操作。今まで戦ってきたどんな相手よりも手ごわいだろうその相手に対し、タカカミは手法を組み立てる思考を決して止めてはいなかった。

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