16 綺麗な街に別れを告げ、荒れた大地へ

「おー。これはいいな」


 昼下がりのショッピングモールを歩く昏仕儀タカカミはショーウィンドウのマネキンがかっこよく着用している青のロングコートのデザインに声を漏らした。


「これも着始めて何年だ?七年くらいか?」


 彼の愛用する青のロングコートはある年のリサイクルショップのセールにて売り出されており、長いコートを一つ欲しがっていた彼はすぐにそれを購入した。それ以来、彼は長年愛用していた。


「ふむ……これからの事もあるし一つ着替えてみるか?」


 所々のスレやほつれ、コートからにじみ出るタバコの匂い。

 自分で選択しようとして色落ちしたような跡もある。


「でもなあ……どうせならこれでいいような気がするな」


 着ていたコートとウィンドウの向こう側のコートを見比べる。

 しばらく考えている内にある事に気づく。


――そうか、これが普通なんだ。誰もが誰かに気づかないというより気にかけない。それが当たり前なんだよな


 当然ながら辺りに人の気配などなく、彼は人の目を気にしないで買い物できる事に安寧を覚えていた。


(俺は誰かの目を気にしていた。ガキの頃はまあいいとして、高校を追い出されてからはずっとそうだった。昼に外を出歩くのが怖くて……人殺しの息子だって指さされたくなくて。それでしばらくは外にバイトや買い物する時は深夜に出るようにしていた。下水道を駆け巡るネズミのように街を、外を駆けていたんだ)


過去の自分の日々を思い返し、顔は怒りを表す。


(でもそれは本来異常なんだ。追い出した奴らが堂々と太陽の下を歩ける。それっておかしいよな?だったら粛清は当然。見て見ぬ振りした奴らも便乗した奴らも同罪だ。死んで当たり前だ。なのに――)


 今度は両肩に重いものがのしかかっている感覚を味わっていた。それが何故か理解できなかった。


(アイツらは死んだ。俺を踏んで笑ったやつらは。号令によって死んでいく中でアイツらも気が付けば全員消えていた。システムに確認したがどうやら魂の限界とでもいうものがあったらしい。それのせいで――)


 ポケットから何かを取り出す。それは校長にも見せた歪に輝く宝石だった者である。


(勝手に死にやがった。まあ俺も焼いてそのままって状態にしたのも悪かった。解放してやればよかったんだ。それは反省すべきこと。もう彼らはこの中には帰ってこない。あれ?じゃあどこに行ったんだ?天国か?そうだとしたら俺は天上の神を死者を管理する神を批判するぞ。俺も神様なんだしいいよな?)


 石ころと化したそれは近くに設置されたごみ箱に投げ捨てられた。


「……あ」


 歩いた先で彼が次に目をかけたのは本屋の前にある積まれた本の山。どうやら『その時』の新刊らしく、彼はそれに歩み寄る。


「これは……まだ読んでないな。一冊持って——」


 さらに店の奥に視線を向けるとそこには赤いリボンや紙の花で装飾された絵本のコーナーが存在した。近づいて見てみると多くの絵本が並んであり、その一つにタカカミは手を伸ばす。


(子供は普通こう言う本を読むもんだよな……俺も小さい時にこういった本読んでたかもしれないのか?)


 手に取った本の中では二匹の鳥が遠い島を目指して飛んでいく物語が描かれていた。大人のタカカミからすればそれは子供っぽいと感じるが時折感じる優しさの感覚に顔が綻ぶことがあった。


(絵本か……)


 突如、タカカミはそれを閉じてそれを元の場所に丁寧に戻した。

 そして先ほど取った新刊に加えて数冊の本を店の棚から取り出し、会計カウンターに取り出した本全ての代金以上のお金をレジ前に置かれた皿に置いた。


(そういやこの受け皿ってカルトンって言うらしいな)


 本で得た知識を自分の中で披露しつつ、レジ横の紙袋に本を詰めるとそれを持ってその場を去った。

 次に彼が向かったのは先ほどのショーウィンドウのあった店。

 結局のところ、彼はコートを変える決心をした。


「じゃあ、これ買うから。俺に合うサイズこの一着しかないから……いいよな?」


 誰かに向かってそう言うと彼はその手から銃を取り出した。そしてショーウィンドウのガラスの四方を銃で打ち抜いた。銃声が轟き、さらに乱暴な力をその足に込めてガラスを蹴り壊すと着ていたコートを脱ぎ、マネキンが着ていたコートを脱がして自分がそれを着た。長年愛用していたコートはそのマネキンに着せた。古びたコート以外の帽子やズボンにシャツが真新しいのでそのコートは古さと所々の傷みによって悪い意味で目立っていた。


(俺……こんなの着て過ごしていたのか。いや、過ごす羽目になったのか?)


 マネキンから滲み出た惨めさにそんなことを考えていた。


(いやパチンコとかギャンブルしなきゃ普通に通販で買えたよな?)


 雷に打たれたように気づいたがそれはなかったことにした。

 新品のコートに加え、別の店で見つけたリュックサックを背負って荷物一式をそのショッピングモールで揃える。そうして準備を整えた彼はついに外に向かって歩き出した。

 外に出て歩いてしばらくが経過していた。彼はショッピングモールを抜け、そのまま街の外の結界のある境目にたどり着く。時間としては結構かかったが彼は未だに登っている太陽を見ただけでさほど気にしなかった。疲れも知らずにいた。結界の外に出て後ろを振り向く。


(さてと……行こうか)


 彼は指を鳴らした。

 その時、街を覆っていた二つの結界が静かに霧のように散って消えて見せた。出入りをタカカミ以外が出来なくする結界が消えた時は何も起こらなかったがもう一つの結界が消えた時、街はその姿を大きく変貌した。

 ビル群は割れたガラスと無数のひびと穴が見える廃墟群に。

 川は枯れ、街路樹はやせ細り、道路には裂け目が現れる。さらにそれらの周りに見えたのは、無数の骸。


(一回だけうまく人が消えなくて近くで『大きな爆発』に巻き添えにしたからな。そりゃこうなるわな)


 街がさらした骸をどこか笑って見ていた。それまで廃墟に囲まれた綺麗な街という風景がそこにあったが、今はもう廃墟の群れと化しているだけになった。


「じゃあな」


 タカカミは住んでいたその街を出た。砂埃を含んだ風が大きな音を立てて彼の横から流れてきた。


(さて……どこを目指そうか?)


 住んでいた街を離れた彼は足を気の向くままに歩き始めた。終わりなき旅路を始めたのである。


(不老不死で空腹には困らない。今は海でも目指そうか。歩いて行こう。飛ばずに、テレポートせずに)


 これだという方角を定めずに、彼は無数の廃墟の刺さった大地を歩み始めた。





――痛いよ。もうぶたないでよ。ぼくがなにをしたんだよ


――どうして私のごはんは少なくてまずいの?どうしてあの人達のごはんはあんなに多くておいしそうなの?


――盗んで何が悪いんだ!盗まれる方が悪いんだ!そうしないと食べていけないんだよ!


――戦争に行かないと。そしたら僕は英雄だ。死んでも神様の元に行くために行けるんだ。でも怖いよ。戦争なんて行きたくないよ


――金持ちが憎い。学校に行ける奴らが憎い


「……またか」


 星明かりの見える深夜にも関わらずアウトドア用の寝袋から起きあがった。


(でも久しぶりに見た気がするな。もう見たくはないが)


 彼は神の力を宿した時の頃の夢を見ていた。数多の声にその心を焼かれていた頃の夢を。

 街を出て長い事歩いていた。何故そうしているのかは彼自身にもわからなかった。そして夜が来るたびに彼はリュックサックから寝袋を広げて眠りについていた。


(こんなところで寝たからか?)


 今、彼は大きな半円の溝ができた場所の中心地で眠りについていた。

 そこはかつて街があった。しかし号令の下、人類滅亡の最終段階にて破壊兵器にて大きな爆発が起こり、そこには溝ができた。そんな場所で彼は眠っていた。


(それともこの寝袋?思ったより寝心地悪いし)


 後頭部からじんと来る痛みを感じながら先ほどの悪夢を思い返す。


(彼女が死んで、蒼き星の神とやらになって……それでどうなった?)


 タカカミは神になった時の記憶を思い出していた。


(俺はあんなことをしてまで何を望んでいた?なんで彼女を殺さないといけなかった?なぜ彼女を救えなかった?俺は結局一体……何を欲していたんだっけ?)


 渦の中に放り込まれるように思考が回る。回ると言っても悪い方で何かが思いつくこともなく暗黒の中にとどまっているのと同じという意味で。


(俺は……彼女を、スズノカを救いたかった。彼女には幸せに生きてほしかった。それで俺はよかった。彼女の敵を屠り、彼女の友を守り、彼女と恋人を結ばせる。そうしたかったんだ。でも叶わなかった。それどころか彼女に守られた。俺のような存在の為に彼女は死んだ)


 涙がこぼれ始めた。今でも思い出す度に涙がこぼれる。彼女の最期を。


――貴方とは違う形で会いたかった


 その言葉に心が痛む。悲しみが深くなる。


「……ごめんよ」


 寝袋に入ったままで再び寝転がる。


(そうして俺は、いや違う!彼女が死んだから俺は皆を手にかけた。そうなんじゃないのか?)


 その自問自答は終わりを知らなかった。

 昏仕儀タカカミが発動した号令と振り下ろした鉄槌。苦しむ人の為と言いながら結局は全ての人の命を滅ぼし、大地を抉っては赤く染めたその行いに彼は悍ましさと凶行を覚え始めた。


――なんで号令を振り下ろした?なぜ全て壊す必要があった?


(決まってる。俺が苦しかったから。脳裏の声もひどかった。それで俺は――)


 旅が始まってから未だ終わらぬ自問自答の途中で夜の闇に誘われて眠気を起こし、また眠りについた。

 果て無き荒野を歩いて、眠って、自問自答をする。彼の旅路はそれを繰り返していた。


――どうして旅に出たんだろう


 何を望んで旅に出たのか。それは未だに彼自身にもわからなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る