X=15 Back to One

――俺が、昏仕儀タカカミという存在がこの儀式に『妬心愚者』の秘術を持つにふさわしいとされた理由は何か。それはきっと俺がほかの誰よりも普通に生きている連中を、自分を貶めて笑っている連中をどこかで妬んでいたからなのだろう。それも生まれた時から。それならば合点がいく。そして俺は悪人となった。システムから、皆から見ればそうなのだろう。この手はひどく汚れていて、瞳には闇を灯して悪意を貪る者として見えたのだろう。ならばその悪魔となりて、神の権威を握りしめてお前たちを一人残らず裁いてみせようじゃないか。見よ、世界が待ち望んだ神はここにいる。俺こそが世界が望んだ神にして答えだ!


 彼は狂っていたのだろう。

 でも彼はそれを自覚できなかった。

 だからこそ、蒼き星にその号令は解き放たれたのだろう。

 世界中にその号令が響き、世界中の一部の人達にそれは届いた。


――楽園の為に、苦しみなき世界の為に敵を殺せ。敵は神の号令を受けてない哀れな人間だ。その手に武器を宿して戦え。さすればその背より羽は宿り、楽園への道が紡がれゆく


 蒼き星の神が放ったこの号令により、殺し合いが始まった。号令に選ばれた者はナイフで、拳銃で、時には素手を振り回して号令の下に。やがてその背中には忌々しき色の羽を広がり始めていた。羽が生えたのは天使として見立てるためでそれすなわち神の――タカカミの使いであるという証である。

 昏仕儀タカカミの人間への憎悪が形をなして現れたこの現象。この支配から逃れる方法はない。

 ある一つの方法を除いては。


――もしその人物にとって本当に大切な存在であったのなら、殺したと認識した瞬間にその者から支配を解除するものとする


 この条件は隠されていた。全ては彼が笑う為に。

 その瞬間が脳裏に届くようにして、その時に笑うために。

 届く情報はそれだけではなかった。


 ある時は助けてと喚く子供の首を絞める母親の光景。


 またある時には永遠の愛を誓った夫婦が互いに包丁で刺し合う瞬間。


 そして苦楽を共にする仲間達が互いに殴り合う光景。


 それら全ての光景が彼らの脳から彼の元へと集う。

 連続して映し出されるその光景に彼は大いに笑っていた。


 グッタリとして動かなくなった息子を見て泣き散らす母。


――ああ、これが俺の望んだ世界なのか。なるほどね


 誰かが大事な人を失う瞬間が彼の脳裏に流れた時、彼はその光景に皮肉を覚えていた。自身の過去を、嘘の言葉と踊った多くの敵によって振るわれた正義という名の暴力によって未来を失った時のことを重ね合わせながら。

 大切な人が死んだ。それも大切にしていたはずの自分の手で。その光景は彼には不思議にして不快でもあり愉悦でもあった。闇の中へと一気に引き摺り落とされたとわかるその顔、動作、嘆き全てが。


 ある家族の光景が見える。息子の振るうナイフに傷つき叫ぶ母親に駆け付けたのは夫であったが、その夫は自らの妻をナイフで刺した。うるせぇと叫びながら。そんな光景を彼は見て笑っていた。

 タカカミが起こした鉄槌による悲鳴は絶えず、地上にてその爪痕を広げてていく。世界中で殺し合いの炎が上り、怒号と悲鳴は止まることを知らない。


 さらにタカカミはもう一つ手を加えていた。

 それはある程度の死者が重なる度に武器の制限を解除するという者である。

 もしそれがなければ最初から大量破壊兵器によって地上を焼き尽くす事も可能であ ったがタカカミはそれを『面白くない』という理由で今回制限をつけた。

 そして号令から数日後、地上を数多の軍用機が駆け巡った。

 砲撃が、空爆が街に炎を灯し、人がそこへと飲まれていく。

 さらにそこから数日後、地上を幾度の大爆発が襲った。

 『人が作った負の遺産』の群れが放たれるとそれらは大地に悍ましき花を咲かせ、そこに数えきれないの命を飲み込んで消えた。


(すごいな。こんなにすごい爆発なのか)


 自分の住んでいる街に結界を張ってその爆発を見ながら彼は驚嘆の声を漏らして爆発の光景をじっと見ていた。見ているだけだった。


(あの炎の中に俺の嫌いな連中がいたとしたら……皆死んでるだろうな)


 タカカミの脳裏に浮かんだ者達。

 幼少期に自分を蹴って殴って笑ってた奴ら。

 中学生の頃に自分を罵りながら働かせた奴ら。

 バイト先で怒鳴り声をあげてた奴ら。

 その全てがあの炎や銃声によってその命を散らせたと思うとカタルシスを感じずにはいられなかった。やはり笑っていた。

 そうして彼は救いを求める嘆きの声に答えた。如何なる苦しみをも解くことのできる手法にて支配、暴力、差別、病気を取り除かんとした

 そして世界にありし苦しみの群れはかくて解かれたのである。

 苦しみが消え、大地に立つ者がただ一人となったその日。タカカミは住んでる街の結界を解いた。そして新たな秘術を発動して街に仕掛けを施した。

 それは街の時間がある年からある年へと連続して再生される仕掛け。運命針指の秘術の元に作られたその仕掛けで彼は永遠たる安寧の今日を築いたのだ。

 そこには差別はない。暴力もない。飢えも病もない。

 まさに苦しみなき理想の世界。






「そうして私は……この手で、救ってほしいという皆の願いをついに叶えました」


 笑いながらも汗ばんでいた。今も時折思い出す。その声の群れを。痛みを、苦しみを伴うその声の群れを。


「号令が起きてしばらくして私は自分の住んでいる街に虚空隠者と運命針指の秘術を使って二つ結界を張りました。一つは外部からの侵入を拒む結界を。二つ目には街の時間が繰り返されるようにした結界。それによって街は外部からの傷や侵入を受ける事はありませんでした。二つ目の結界は街の老朽化を防ぐために私が用意したもので言うなれば一年を繰り返すものです。細かく言うなら一日一日をその時の状態で再現し続ける秘術で街は永遠にあり続けるのです。大きな爆発が何度も起きましたが街には一切の被害は及びませんでした」


 部屋の壁に寄り添って彼は小型のテープレコーダーを使って録音を続ける。


「結界の向こうでは相変わらず銃声が響いていました。私の脳裏には声が響いていた。声には確かに苦しみが伴っていた。しかしそこには声だけしかなかった。声の主たちがその手でどうにかしようというつもりはなかったのでしょう。ええ、勿論そう出来ない事情もあると察してはいます。しかし声は私の内で響くには遥かに大きかった。私も苦しかった。だから私は彼らの言う通りにしたのです。苦しみの元を絶ってほしいと。その結末は……返す事です。皮肉にも世界創生の時とは逆でただ一人の世界に返すことだったのです」


 小型テープレコーダーのボタンを押して録画を止めた。

 そしてノートのそのページを見る。システムによって世界創生の瞬間が綴られたそのページを。


 初めにあった世界は何処までも漆黒だった。

 そんな世界に一つの存在が生まれていた。

 それには手足と首があって人間の様であった。

 その存在に名前はなく呼ぶとしたら緑の目の者であるので緑目の者と呼ぶべきだろう。   

 緑目の者は果てなき闇と見えぬ足場にて自分の存在を認知すると何処かへと歩き始めた。

 しばらく歩いては止まり、時には眠ったりとそうした行いをただ繰り返していた。

 その世界の見せる虚無に緑目の者はいつしか泣いてばかり。

 足元には彼の涙で海が出来上がったが何も見えない彼にそんな事がわかるわけがなかった。

 ある時だった。空から光が差し込んだのは。その時に存在が見たのは何処までも広がる青い水の世界と大らかな陸地と白い雲の漂う空。

 驚いて固まる緑目の者はその世界を駆け出した。とても力強く駆け出した。

 そうして駆け出している内に二十四の存在を見つけた。

 彼らは緑目の者と同じように四肢を持ち、さらにはそれぞれ赤や黒などの瞳の色を持っていた。二十四の存在は日々歌ったり手を繋いで輪になって踊ったり、木々から零れ落ちる果実を食べながら楽しく話をして過ごしていた。

 緑目の者はただ遠くから見ているだけだった。

 なぜならどう接していいかわからなかったから。


 緑目の者は彼らが森に入ると続いて森に入っていき、彼らが果実の収穫をしているとその場所から離れて別の場所で収穫をしていた。たくさんの果実をその両手に抱えきれないほどに集めると彩り豊かな両手の内の世界にその目を輝かせてはそれら一つ一つを口に運んで笑っていた。すると遠くから笑い声が響いて来た。何だろうと思って近くまで向かうと彼は二十四の集団が集めた果実の山を見た。集団の中心で塔のように積み上げられたそれを見て緑目の者はなんだか悲しくなった。やがて彼らがいつものように手を繋ぎあって輪を作って、皆で歌いだした。その場を静かに去ろうとした。

 その時だった。


「だれかいるぞ!」


 その声に緑目の者はぎょっとして大急ぎで走り出した。待ってという声にわき目も降らずに彼は全力で森を走り抜けていく。二十四の集団は各々の目を輝かせていた。緑目の者は怯えて走っていた。


 走りに走った先で彼は躓いて転び、周りにはいつの間にか二十四の集団がいた。

 怯える彼に集団の内の一人が手を差し伸べた。


「けがしてないかい?」


 その手を握った時、温もりを感じた。その言葉を聞いた時、優しさを感じた。緑目の者は涙を零した。


「どうしたの?痛いのかい?」


「違うんだ。嬉しいんだ。皆がいて……」


 二十四の集団と彼はいつしか仲良くなって二十五の集団になった。

 二十五の集団は個々に力があった。あるものには炎を生む力が、あるものは心を操る力が。

 幾星霜の時が流れ、緑目の者は集団に提案した。


「もっと友達がほしい。数えきれないくらいの」


「でもどうやって?」


「簡単だよ。僕たちが溶けて混ざってばらばらになればいい」


「溶けて混ざってばらばら……?そうか!それなら確かに増やせるよ!友達を!」


「うん!そうだよ!」


「それじゃあ皆のいるところに皆の願いを叶える道具を僕が用意しよう!」


 手を挙げて提案したのは緑目の者だった。


「二十五の皆の力をまとめてそこに置けばいつか皆の願いが叶って幸せになる世界ができる!!その為の力が僕にはそれができるんだ!それでね、いつかみんなで大きな輪を作りたい!!」


「いいねそれ!やろう!いますぐにやろう!」


 集団は緑目の者の提案を受け入れると笑顔になって輪になって歌を歌い始めた。

 やがてそれは一つの輪になると、光の粒になって星全体に散っていった。

 世界はこうして始まったのである。


「……しかし本当かこれ?」


――事実である


 ノートを開いていると隅に文字が浮かんだ。システムからのメッセージだった。


「そうですか。ところでお前システムって死ぬ……というか役割終えることないの?」


――ない。宇宙の終わりまで人を観測する。それが二十五の集団に、緑目の者によって与えられた命令だから


「へえ。ちなみに俺、全部吹っ飛ばしたけどいいの?人間全部」


――苦しみを解くという指示はおおむね達成された。問題ない


「……どうも見事な返答で」


 唖然として、ぱたりとノートを閉じた。


「じゃあ、そろそろ行くか」


 ノートを部屋の中心に置いた段ボールの中に入れた。段ボールにはあらかじめテープの束と小型テープレコーダーとそれを動かすための沢山の電池。十数冊の本と数冊の絵本にマフラーと手紙が丁寧に整って入っていた。ノートはそれらの真上に置かれ、段ボールをパタリと閉じてからはそれにガムテープを貼る。

 彼の住んでいた部屋にはいつの間にか家具の一切がなく、フローリングの床がむき出しになっていた。そんな部屋の中心に一つの段ボールが置かれており、彼はそこに紙を一枚貼り付けた。


――誰かいるのかわかりませんが差し上げます。この世界の顛末について記録したテープとお気に入りの本数点。それと私が大切にしていたマフラーと手紙です


 貼り付けて周囲を見渡す。


「あ、ゲームでもしていくべきだったか?でもテレビないとダメなんだっけか?」


 ゲームをしないで部屋の片づけをする際にテレビを捨てた事をため息を吐いて後悔した。


「まあいいか」


 笑いながら青のロングコートを着ると、タカカミはその部屋を後にした。

 彼がその部屋に戻る事はなかった。

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