Ep0-3
「何しに来た?無心か?」
「あ、ああえっと――」
夏、終業式の最後の日にその男は来た。昏仕儀タカカミの父が。
父のその時の服装はヨレヨレのシャツに擦れたジーパン。
「いや、今日はそうじゃない。えっと……今どうしているのかなって」
「はい?」
二人は学校を離れ、駅近くのファミレスにいた。
「食事は持つからさ。な?好きなの食べて――」
「何の用ですか?」
圧のかかったひと振りを浴びせるようにタカカミは父に向かって言葉を吐いた。
「あ……えっと。今まで済まなかったという事だ」
今まで。昏仕儀タカカミは物心つく前から父と古いアパートでの暮らしをしていた。狭い部屋でタカカミは殴られけられの日々を送り、小学校時代は家に帰ると膝を折って静かに過ごしていた。クラスメイトには貧乏の一件で見下されていた。
――アイツ貧乏だからゲーム持ってないんだぜ
――うわー可哀そう!
その時からゲームを片手に嘲る者どもが嫌いになった。ゲームも彼らと一緒に嫌いになった。あんなのをやっているとろくな大人にならないという言葉を信じて。
「小学校時代、どれだけあんたのせいで苦労したと思ってる?」
「……ごめんな」
「中学校時代に連れてかれたバイト先であんたの代わりに働かされたんだ」
「……ごめんよ」
「寄りだか何だか知らんが縁は戻さないからな」
スッと立ち上がってタカカミはその場を後にした。
「待ってくれ!」
父の悲痛なその声を無視して彼は淡々と店から出た。
「……う、うぅ」
父親は一人残されたテーブルで涙を流し続けていた。
「……俺が悪かったって言ってるのになんでだよ」
「あのーすみません」
「ん?」
そこにやってきたのはタカカミと同じ高校の制服を着た生徒数人だった。
「もしかして……彼の父親ですか?」
「あ、ああそうだ。君たちは?」
「アイツのクラスメイトです。何かあったんですか?力になりますよ?」
「本当かい?」
父は涙を拭いて突如降りたその手に喜んでいた。
クラスメイト達もニヤニヤとしていた。
「で、あの人は君の父親という事でいいんだね?」
「はい。お騒がせしてすみませんでした」
父との邂逅から数十分後。彼は二年当時のクラス担任に呼び出されて職員室にいた。
「そうだったのか。生徒が不審者がいるって連絡受けた時はどうしたもんかと思ったけど……これはあとで注意だな」
「すみません。もう来ないように言っておきますので」
「そう親を邪険に扱うもんじゃないよ」
担任とタカカミが先ほどの男――タカカミの父についてのやり取りをしていた時だった。
「やぁ。さっきは何かあったのかい?」
「あ、こ、校長先生……!」
担任が立ち上がって校長先生に頭を下げた。校長先生はその言葉のイメージからは離れた年齢差を持ち、どちらかといえば中年にしては若い見た目だった。そのせいか担任が自分よりも若い者に頭を下げる光景にどうにも違和感があった。彼は学校に新しい風を持ち込むというその思想で校長先生に駆け上がったという。
「すみません。父が勝手に来たので……一応今日のところは帰ってもらいました」
「そうだったか。よければ話してもらえないか?」
「え?……あ、はい」
タカカミと校長と担任は場所を変え、校長室にて話の続きを行うことになった。
昏仕儀タカカミは話をした。父親と自分について。その過去から今に至るまでを。
「そうだったのか……」
担任は掛けていたメガネを直しながら、目を丸くしていた。
「苦労したんだね。君も」
その隣で校長先生は姿勢を崩さずにいた。
「この高校に自分の理想の条件では入れたのは本当に幸運でした。後はここで良い大学に入ってその後は社会人を、『良い社会人』を目指そうと思っています。誰かを助けられるくらいの力を……そういう職業を目指そうかと考えてます。」
「堅実でいい考えだね」
タカカミのクラス担任は彼の意見を褒め、うんうんと首を縦に振った。
「まさか私のクラスにこういうタイプがやってくる日が来るなんて。これも校長先生の改革のおかげですかな?」
「私だけじゃないですよ。理事長やいろんな方の意見もあっての結果かと」
「……自分、何か変なこと言いました?」
「いいや。寧ろいいことさ」
校長は立ち上がると自分の机に向かってその椅子に座る。
「すまない。そろそろ打ち合わせでな」
「あ、じゃあ行こうか」
「はい」
担任がタカカミに目を合わせる。合わせられた彼は立ち上がると室内から担任に続いて出ようとした。
「ああ、そうだ」
タカカミを呼び止めるように校長が声をかけた。
「君の言う『良い社会人』ってのは具体的には何だい?」
「え?ああ……立派な職業についていることでしょうか?あるいは高い位置についているとか……」
「ふむ。それなら私から一つ」
校長は事務作業の準備中にタカカミにアドバイスを送った。
「帰る場所。良い社会人というのはそれがちゃんとあるという事だ。それも清らかであれば良いぞ。それならばどんな職業についてもそこにいる限り、休んでいられるのだから良い社会人であり続けられる。どうだい?」
「成程。いいですね!それ!」
得心のいったタカカミは自然と笑っていた。
校長先生に挨拶をすると彼は気分良くその場を歩いて去った。
「さて彼は……なれるかな?この高校を変える存在に。何より彼自身の今を変えられるかな?」
書類整備を始めた校長はタカカミのその後について少し考えると、その後は日が暮れるまで仕事にとりかかっていた。
「そうか……これは確かに盲点だったな」
夕暮れ。家への帰り道で父は苦笑いを浮かべつつタカカミと出会ってから彼のクラスメイト達と話をしていた。
「にしてはだいぶ財布をやられたけど。高校生ってよく食うんだな」
――やっぱプレゼントでしょ。ゲームとかさ。あ、おれフライドポテト!
――ゲームとかでしょ。最近の高いからかアイツ持ってるの見たことないな。あ、俺はミネストローネで
――もうちょっと遠慮しろよ……俺ビフテキで
――お前が一番高いの頼んでるから!!ハハハ!!
元気溢れる彼らの『アドバイス』を受けて彼は何を送ろうか検討した。
「そうなると日雇い増やさないとな。何かいいものはと」
折り畳み式の携帯を開いて、直近で高いバイトを探す。
「お、これなんていいんじゃないか」
父の眼が輝きだした。
(もしかしたら息子とよりを取り戻せるかもしれない)
昔の行いを反省し、彼との仲を取り戻したいのは単に彼への謝罪もあった。しかしある時、老後を考えているうちにどうにも寒気が走ったのである。
――あ、俺って面倒見てもらえないんじゃないのか?息子に散々ひどいことしたし
打算的な面もあった。それでも息子とよりを戻したいという本心はあった。
だから彼は懸命になってその日からアルバイトに励んだのだ。
昏仕儀タカカミはゲームが苦手。というより嫌い。
その事実を知っているクラスメイト達の言葉を鵜吞みにしながら。
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