Ep0-2
入学式から一か月後、最初の中間試験にて。彼はバイトの傍ら勉強を欠かさずに取り組んだ結果が早速校内の成績表に張り出された。なんと一位である。
「マジか……トップテンくらいかと思ってたけど」
周囲の落胆や歓喜の声の響く中、彼はその結果に自然と笑みをこぼす。ちなみに中学時代は成績自体は悪い方ではなかった。しかし中学時代からの環境の変化や彼自身の努力や誓いも相まってここまで伸びるとは思っていなかったのだ。
(この調子でいけば大学もいい方に進める……!)
成績の良さから未来への希望を確かな感触として持っていた。
微笑んでその場を去ろうとして何か視線を感じ取って振り返る。成績表に群がる生徒の群れからだったがそれが誰からなのかはわからなかった。首をかしげてタカカミはその場を去った。
――アイツ、例の特待生か?生意気じゃない?
――そうよ!リーダー二位でアイツ一位なの?納得いかないわよ!
――バイトとか絶対嘘だよ!ゲームしてるんでしょどうせ!
――それはないぞ。アイツ、ゲーム嫌いらしい
――うわ優等生アピール?うざ……
「おお、結構貯まったな。年単位で見ると……」
あっという間に一年生の終わりが近づいていた。彼は学年末試験までずっと成績上位を、時には一位をキープしていた。上位を維持しつつ、その間でも彼はバイトに励んではお金を貯めていた。
「修学旅行は二年の二月ごろで……へぇ。ここ行くんだ」
休日の昼。寮内の部屋でタカカミは来年の学校行事に関する疑問があって予定表を眺めていた。
「修学旅行か」
彼はその言葉に思いを馳せる。
タカカミは小学校、中学校時代共に修学旅行に参加できなかった。理由は単純。積立金を親が払わなかったからである。その為、皆が楽しく思い出作りをしている旅行に行っている時期は一人、家で籠っていた。
「お金は……これも免除なのか?後で誰か先生に聞いてみるか」
予定表を畳み、通帳をしまって部屋を出る。
タカカミの住んでいる学生寮は全三階建てであり、一階はエントランス、食堂、事務室、大浴場で構成されており、二階から上は全部個室で一階につき八部屋あり、全部で十六部屋存在する。彼の部屋は三階、左の奥にあった。
中央に設置された階段を下って一階まで下りる。事務室で作業中の先生に修学旅行について聞き、上機嫌になる結果を聞いて戻ろうとした時だった。
「オッス!元気か?」
「ん?」
同じ寮に住むジャージ姿の学生が彼に話しかけてきた。『サブリーダー』と呼ばれる男子生徒だった。
「なあ、俺ら二年になるよな?」
「そうだな」
「お前……そろそろ部活に入った方がいいんじゃないか?文科系でもいいからさ」
「部活?」
貞凪高校は体育会系の部活が盛んであり、生徒の実に七割が体育会系の部活をしていた。元々高校自体が体育会系で有名であり、サッカー部や野球部といった部活が県どころか国内から見て優秀な成績を出しているほどである。
「いいか。これはアドバイスというよりは忠告だ。大丈夫だ。今からでも遅くはない。二年から部活変えたり入ったりしたセンパイいるけど大体結果残してるから。じゃあな」
サブリーダーはそれを言うとそそくさと去っていった。
「部活ねえ。そんな時間ないんだよ俺には。ここを選んだのもあの家からなるべく遠くい場所で理想をかなえるのに入試難易度が丁度良い場所だったからな」
ここで言う『あの家』とはタカカミが中学時代までを過ごしたアパートのことである。
タカカミがこの高校を志願した理由は特待生制度にあった。
近年進む少子高齢化社会は貞凪高校にも影響があった。他にもスポーツをする若者の減少というのもあった。そこで高校は中学校での部活やスポーツテストなどの成績で優秀な者だけを特待生にするのではなく、入試にてかなり優秀な生徒を選ぶようにもなったのだ。とはいえ貞凪高校の入試は簡単ではなく難しくもない難易度。普通にトップを取るのは難しいといえよう。
(てか帰宅部って部活じゃないのか?……まあいいや。買った本でも読むか)
浮かんだ疑問を呟きながら彼は自分の部屋へと帰っていった。
「どうだった?」
「ダメだな。ありゃ」
寮の外に設置された自販機コーナーで二人の生徒が会話をしていた。一人は皆に『リーダー』と呼ばれる男。もう一人はジャージ姿の学生でこちらは『サブリーダー』と呼ばれる男で先ほどタカカミに寮で部活に入ったらと提案してきた人物だ。
「うーん……まあいいかな」
「リーダー。本当にいいのか?」
「まあね。事情は人それぞれだからさ。彼、バイトしてるみたいなんだ。だからあまり邪魔しない方がいいかなって」
「バイト?高校生で!?」
「いやそれ普通だからそんな驚いた顔しないで」
「いやまあわかるよ。でもこの高校でバイトしてるやつってさ、運動用具とか買うやつじゃん?アイツ何に使ってるの?」
「うーん……生活用品とかじゃないかな」
「生活用品?」
「うん。貧乏だとね。そういうの買うの大変なのさ」
「はーん……そうかそうか」
リーダーの意見にサブリーダーは首を傾けながら自販機でコーラを一本買う。
「貧乏、ね」
部活動の昼休みの合間の時間は静かに過ぎていく。サッカー部の二人はそのまま部活へと走っていき、タカカミは昼からのバイトに向けて準備をするとそのまま学校を出ていった。
一年目の終わり。タカカミの学校生活とその先の将来に対する期待が高まる一方で静かに彼への翳りある刃が向けられようとしていた。
「なんだこれ」
高校に入って二度目の四月。タカカミは二年生になった。
四月の半ばのその日、彼は自分の下駄箱の異変に気付く。
吐き捨てられたガムがべっとりとつけられていた。彼はため息を吐いてポケットからティッシュペーパーを取り出すと近くの水道でそれを濡らして付けられたガムに押し付けて剥がし始めた。
「これで何回目だよ」
数百人もいる学校で犯人を特定するのは困難だとタカカミは判断していた。処理を終えて彼はティッシュごみをそそくさと近くのごみに捨てて教室へと向かっていった。
「なぁ、今朝のガムちゃんと取れた?」
昼休みに入ってコレである。新しいクラスメイトが彼に顎を突き出しながら笑っている。
「ああ、どうにか」
タカカミはそう吐き捨てると席を立って教室を出ていった。笑ったクラスメイトの周りの生徒は彼の後姿を笑っていた。
――知ってる?リーダー曰くアイツ貧乏らしいぜ?
――聞いた聞いた。それを理由にして部活してないんでしょ?
――ずるいよな。俺らなんて怒鳴られながら毎日汗かいてクタクタで勉強させられるんだぜ?
――おまけに結果がでないと将来の進学とか安定しないってのに。アイツは机に向かっているだけで楽でいいよな。
彼の周囲に纏わりつく悪意は依然濃くなっていた。一方、タカカミはこれを気にしなかった。
(いつものこと。忘れてるわけないよな?)
タカカミは小学校時代から臭いだのなんだので彼は殴られ、いたぶられてきた。中学に入ってもそれは同じで、小学校時代のクラスメイトによる流言飛語でそれはひどいものだったと本人は後に語っている。
(どうせ泣いても笑っても高校生活はあと二年もない。それを堪えていればいいんだ)
嫌がらせは授業中にもあった。
座学を受けているときは後ろから消しゴムのカスを投げられ、体育にて球技の際にはわざと体当たりを受けた。転ぶ彼を周囲は笑っていた。エスカレートする陰湿な攻撃に彼は自分を崩すことなく相も変わらず学年トップの成績を保っていた。
そうして一学期の終わりが近づいていた。そこに来訪者が来る。彼にとって最悪の来訪者が。
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