Ep0-1
突然ではあるが、あなたは人生の中で一番楽しい時期はと聞かれたら何時と答えるだろうか?
人にもよるが学生時代や下積み時代、子育て時代などその答えは様々である。
『今』と答える人もいるだろう。とても喜ばしいことだ。
しかし、残酷な事を言うとどんな時間にも終わりはある。そしてその終わり方というのは実に多様で期間であれば『いきなり』もある。
これは『称えられし二十五の儀式』よりも時間を遡り、昏仕儀タカカミの高校生時代から始まる一連の物語である。
「今日から三年間、ここで暮らせるのか……」
春の陽気に当てられて桜が散る季節。
その年、昏仕儀タカカミは高校生になった。入学式が終わってから数日後のその日、彼は自分がこれから住まう部屋の中にいた。
(一度だけ確認のために入ったけど……やっぱここいいなあ)
彼は浮足立って喜んでいた。さわやかな風が窓から入ってくる風が彼を祝福するかのように撫でる。
タカカミが入った高校は
――君はここで何がしたいのかね?
その声をふと思い出した。声の主は高校の校長先生で部屋を見せてもらった時にいた人物である。
(おっと、浮かれるな。ここはまだ通過点なんだから――)
浮かれた自分に活を入れながらも部屋を見渡す。
「ああ……何もかもがあの部屋とは大違いだ」
ふかふかの新品のベッドに手を当てる。布団の反発が心地良く感じた。
先月までは荒れた父親と古びたアパートに住んでいた。
しかしそこから抜け出して彼は今、高校にある個室の寮に住むことになった。
新品の机。ふかふかのベッド。服をしまうクローゼットにテレビ。おまけに貸与品としてノートパソコンまでついていた。至れり尽くせりなこの環境で彼は誓いを立てる。
(『立派な人間』になるんだ。俺はあの部屋を抜け出してここまで来たんだ。でもここは借り物の部屋。本当の戦いはこれからなんだ!!その為にもここでは大学進学を果たして『立派な人間』の為のステップを踏むんだ。あんなクズみたいにならないためにも!)
袖を通している黒の学ランを鏡の前で今一度乱れがないかを確認する。そして整っていると確認するとその部屋を学校指定の黒のスクールバッグを持って後にした。
高校生活、一年目の春。昏仕儀タカカミは今まで住んでいたA市から離れ、この貞凪高校のある別のB市にいた。この高校を志望した理由としては荒れた父親から離れ、改めて自分の人生を掴み、最終的に『立派な人間』になるという目標があったからだ。その一環として彼はこの高校に特待生としての入学を果たすことが何よりも大事だった。結果として彼はこの高校に進学を果たすことが出来た。しかし、それで終わりではない。卒業し、さらには学費の安い国立大学や特待生制度のある私立大学へと進む必要があった。
それは何故か?理由としては当然学費もある。だが学校で優秀な成績を収め続ければ自分に真っ当な生活を送ることが不可能だと信じて疑わなかったからだ。嫌いな父の姿を思い浮かべる度、こんな大人にはなりたくないと誓っている。
(あ、金といえばバイト探さないと……つか中学の時のあれってやっぱギリギリアウト……だよな?)
実は中学時代にもバイトの経験をしていた。とはいえそれは結構危うかったのだが。
中学時代、彼の家に見知らぬ大人が数人乗り込んできた。父がいないかとの問いに彼はいないと返し、父の代わりに彼は働く羽目になった。現場は町はずれの工事現場でひたすらに物運びや雑務などを経験した。休みの日に一日十時間、多い時は深夜まで務めた。
――ちんたらしてんじゃねぇ!
――金出してんのは誰だ?言ってみろ!
――次ミスったらぶん殴るからな?
こんな罵声や脅迫を浴びせられながらも務め、日給五、六千円程度だったがそれでも彼は懸命に勤めた。
なお、現場はしばらくして何らかの理由で閉鎖した。その理由はタカカミにはわからなかった。一方で勉学にも懸命に励み、彼は貞凪高校の入学試験を優秀な成績で通過した。
(そういやあの親父……卒業してからどこ行ったんだか。基本、家に帰っても飲んだくれてるか荒れてるかの二択だったが……まあいいか。触らぬ神に祟りなしだ)
父親の事は出来れば忘れていたかった。幼少期から彼を殴り、少年時代には何もしてこなかったその存在を。
「バイトは……と」
寮から離れて少し歩き、校舎一階にある掲示板を見つけた。他の生徒も何人か来ていた。掲示板にはアルバイトに関するチラシが数枚張られており、彼はその隣に置かれていた募集用紙数枚を抜き取ってカバンに入れる。
「……意外とあるな。掛け持ちで確か月八万超えないようにすればいいのか?法律だと一定を超えると税金がかかるって聞いたけど」
掲示板を確認して彼は寮へと戻っていった。
――なあアイツってさ
――確か『例の特待生様』、だろ?がり勉お疲れ様ですってな
周囲にいた他の同級生の冷たい視線に彼は気づかずに。
「みんなは部活は決めたか?じゃあまず田中から――」
ある日のホームルーム。教師がクラスメイト全員の部活動について質問した。これには目的があり、だれがどんな部活をするのかを知る機会だからである。
――僕はサッカー部に行きます
――俺はテニス部志望です。初心者だけど
――パソコン部に行きます。あ、運動部も検討中です
多種多様な部活の名称が出てきた。タカカミの手元には部活動リストと呼ばれる紙があった。
「じゃあ次……ああ、君だよ君」
「あ、俺?」
ぼんやりとみている内にタカカミの番になった。周囲に小さな笑い声が響く。
「決まったか?部活?」
先生が優しそうな声で語りかける。
「……多いですね部活」
「あ、うん……もしかして天然?」
リストを見ながらのその回答に先生は固まり、笑い声ははっきりとしてきた。
「ああ、決められないよというならじっくり考えてね。青春は一回しかないが待ってはくれないぞ?」
「はい。わかりました」
席についてまたリストを見返す。
「じっくり選べよ?」
先生よりも優しい声で語りかけてきたのは後にクラスどころか学年全体で『リーダー』と呼ばれる顔立ちの良い男。所属はサッカー部。
「そうだぞ。マジで一回しかないんだから」
次に声をかけたのは『サブリーダー』と呼ばれる男でこれまた学年全体で呼ばれるようになる。所属はリーダーと同じサッカー部。
「……さっさと決めろや」
乱暴な声を向けてきたのは上と同じように後に『ボス』と呼ばれるいかつい男。所属はラグビー部。
いずれも体育会系の部活動に所属する者たちであった。
(……帰宅部でいいか)
彼はその場では言わなかった。しかしその選択が彼をジワリと追い詰めることになる。
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