Ep.0-プロローグ 北極星の死

「う……ぐ」


 目を開く。見知った天井が、自室マンションのそれだと理解するのにタカカミはしばし時間がかかった。


「ここは……家か」


 戦いの際に着ていたコートは部屋に設置されたクローゼットに綺麗にかけられており、ベッドの横ではスズノカが座って彼を見ていた。


「戦いはどうなった!?」


 勢いよく上半身を起こし、辺りを見渡す。


「目覚めましたか」


 スズノカは彼にお茶のペットボトルを手渡す。彼はそれを受け取るとグイっと飲み始め、ボトル半分まで飲んだ。


「ひどくうなされていましたね。今回の戦いもあなたの勝利です」


 十二月の戦いが自分の勝利で幕を閉じたことを知るとタカカミは『そうかい』と呟いた。しばらく沈黙があったが、やがて彼はスズノカの方を向く。


「また看病したのか?俺を?」


「ええ。心配でしたので」


「……心配?俺が?」


 『心配』という言葉に大声でタカカミは彼女の献身をゲラゲラと笑った。スズノカはそれに顔を曇らせる。彼女の表情に彼は笑いを止めた。


「ああ悪い。今のは確実に俺がまずかった」


「そうですよ!」


 部屋に彼女の声が響く。怒りのこもったその声にタカカミは思わず固まった。


――こいつもこんな声を出すのか。


 その声色はタカカミには珍しかった。スズノカも自分のその声にハッとした。


「……失礼しました。食料はテーブルの上にありますのでご自由に。それじゃ――」


「待った」


 立ち去ろうとする彼女に声で止めに入る。


「なんで俺なんぞに手を尽くす?」


「それはあなたが儀式の関係者だからです。それ以外に何かありますか?」


「……まあそうだな」


 タカカミは何かを感じ取ったがそれが誤解だと知り、すぐにそれをひっこめた。


「ところでさ。次の相手だが……確か『三つの元始』だったか?どういうもんだ?それ?」


「……時間、空間、そして人間。この三つに関する秘術が次のあなたの相手になります」


「じ……時間?それになんだ人間つった?」 


「はい。具体的な能力の詳細は言えませんが……これら三つそれぞれの秘術の使い手が次のあなたの相手です」


「……うへぇ。冗談だろ」


 タカカミはベッドの上でげんなりとした。『時間』、『空間』、『人間』。次の相手がいずれも聞いた単語だけで恐ろしい力の持ち主だと推測してしまったのだ。


「時間なら時間の停止か?空間は……テレポートってイメージだからまだいい。でも人間ってなんだ?人間を操るってのか?俺をか?それなら俺に死ねって言えば終わるんじゃないのか?」


「色欲の秘術と同じかもしれませんから大丈夫かと」


「というと?」


「秘術の担い手には術が効かないということです」


「なるほど。なら勝機はあるか」


 もたらされた情報にタカカミの心には光が差し込んできた。それならばと顔を笑わせて。


「タカカミ様」


「なんだ?」


「看病と……ええ。これで二回目になるので……その、質問してもよいでしょうか?」


 苦い顔をして彼女はタカカミに切り出した。


(知りたいか……コイツも)


 スズノカの言う質問というのは恐らく自分の過去に関する事だろうと推察する。


「あなたは本当に……あの市議会議員の言っていた通りに……」


「違う」


「デマを撒かれたのですか?」


「ああ」


「では聞きます」


 スズノカは覚悟を決めた顔でタカカミに問いかけた。


「父親が全ての元凶ですね?」


「……どうやってたどり着いた」


 タカカミの顔つきが一気に険しくなる。スズノカは椅子横に置いたカバンの中から数枚の紙を取り出した。それはある事件に関する記録を綴ったものである。


「八月の戦いの最中で貴方が話していた事件がありました。それについてどうにも気になって先日調べました。この事件が……あなたを破滅へと導いた。そうですよね?」


 スズノカから渡された資料にタカカミは目を通す。その目が怒りに満ちたかと思えば、やがて悲しみを訴えるようになった。それを見て彼女はやはりと確信をもった。


「正解だよ。スズノカさん。ああ、そうだ。この事件だよ」 


 彼は語りだす。過去を。昏仕儀タカカミの過去を。彼を今も苦しめる一つの出来事を。

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