8-2

 タカカミは二階に上がり、それぞれの部屋を見て回る。無数の彫刻の影に隠れているのではと予想したが待ち伏せはなかった。


「二階にはいないか。三階か?」


 彼は西側の階段からぐるりと階を回って東の階段から今度は上りだす。


(何処だ……怯えて隠れているのか?馬鹿な奴だ。こっちには銃があるってのに)


 手元の銃を見てニヤリと笑う。


(いやいや待て。相手の能力の詳細がわかってないのに勝ち誇っているのは危険だ。ここは慎重に動かなくてはな)


 二階の回廊と部屋をひとしきり見終え、三階への階段を上る。左右二部屋の付いたそれらの部屋を回るがやはり敵はいない。規則正しく壁に並んだ絵画達が静かにタカカミを歓迎した以外は何もなかった。


(この美術館、何がモチーフなんだ?学校の校舎か?なら随分とユニークだと思うが――)


 視線が絵画に気を取られている内に何かが飛来する。薄く剃刀のように真っすぐに向かってくるのは紙の群れ。


 「あたるかっつーの!!」


 勢いのある横っ飛びでそれらを避ける。紙は全て壁によれることなく刺さる。飛んできた方角に、部屋の入口に視線をやるとそこには一人、男が立っていた。


「うーむ。難しいな。悪人狩りというのは」


「何だオッサン?スーツなんざ着ちゃって」


 タカカミの前に現れたのは年齢にして五十前後、太った腹をスーツで覆い、スキンヘッドの頭をした男性。


「悪いがオッサン。今日は美術館やってねえぞ?」


「ああ知ってるよ。君みたいなのを懲らしめてやればいいんだろ?」


「ちげえよ。鬼退治じゃねえんだ。人殺しだよ!!」


 二発の銃声が部屋に響く。弾丸は真っすぐに太った男の体を貫くことはなかった。


「何?」


 弾丸は男の前に現れた無数の紙によって防がれていた。何枚にも重ねられた紙の壁とでもいうべきそれは弾丸をいとも簡単に止めて見せたのである。


「ハハハ。悪人の手札なんぞわかり切っとる。銃でバンバン。拳でボコスカ。ああ、後は脅して潰す……かな?」


――なんだこいつは。本当に『善人側』の人間か?


 目の前でニヤついて笑う男の不気味さに思わずぞっとした。何人も殺してきたタカカミにとってもどうにも体に震えが走るがあった。


「オッサン。なんだあんた?社長か?」


「いいや。でも新聞くらいなら読むだろ。君も。ああ、読まんよな君みたいな奴なんか、なあ」


 人をあざける態度を続けるその姿勢に銃を握る力が強まる。


(待て。まだ撃つな。こいつのトリックを……どういう能力なのかをまず分析しないと。そうでないと一生当たらんぞ)


 先ほどの光景を思い返す。


「ああ、そうだ。私に銃は効かんぞ?この周りの紙たちがずっと私を守ってくれているからな」


 男の周囲にはいつの間にか無数の紙が、正方形の紙の群れが待っていた。海を泳ぐ海月のように自由な動きを見せる。タカカミは眺めていた。


「ああ、オッサン。もしかして国会議員か?」


「惜しいな。市議会議員だ。国会はまだまだ先の話だが私はなって見せるさ。君のような悪党を討ち、皆が幸せに暮らせる世界を作るためにもな!」


「神の力を求めるか。アンタも」


「無論だ。この世界は穴が多い。絶対的な力がいる。それも正しいものが持っていないとな。私は彼女に善人として選ばれた。ならば私が神になってやろうではないか!!ハッハッハ!!」


 議員の高笑いは部屋に響く。


「選ばれたなんて随分とまあ大口を叩くこって」


 タカカミは胸中にある気持ち悪さを吐き出すことなく議員に皮肉を述べる。


「そりゃあそうだろう。聞けばこの儀式、私はあと一人を殺せば良いというじゃないか。ならばやろうじゃないか。人殺し?それがなんだ。君のような存在なら……ああ、もう八人が君の手で殺されているのだろう?ならば尚のこと。死んでくれ。皆のために!!」


「やだね!俺だって好きで殺しやってるんじゃないよ!!」


 その時、天井から一本の蔦が議員の首に絡み、そのまま一気に引きあがる。


「ぐぅっ……!?」


「あばよ。悪いがこれで――」


 瞬時飛んでくる無数の紙を避けるも一枚がタカカミの腕を掠める。コートが裂けて内側から流れる血に苦い顔をしながらも正面の相手を絞め殺すまでは油断できなかった。


「ヒィッ!」


 一方、相手はというとそこにおらず短く切り落とされた無造作がそこにあって男は部屋の出口へと走っていった。


(しまった――)


 実は彼が回避をした瞬間、議員は紙を天井の蔦へと数枚飛ばし、それによって蔦を切り落として難を逃れた。そして部屋の出口へと急いで逃げたのである。


「クソ……思ったより手ごわいな」


 紙の防御力と攻撃力。いずれもシンプルながらに手ごわい。多分他にも何かがあるだろうと察知するも今は予想がつかずにいた。


(この上ってことは四階か五階か……階段からの足音の回数からして四階じゃなくて五階のイベントホールとやらか)


 戦いの経験が彼に相手の位置取りについての情報をある程度だが掴ませる。


(しかし紙っていうよりあれ……薄い防御壁だよな。無数の壁だったり刃だったりと……割とえげつないぞ?)


 タカカミは左肩に受けた傷を撫でながら相手の能力について思案しつつも階段へと歩き出す。


「とにかく手段を考えないと。あの紙の能力やっかいだぞ。蔦もダメで銃もダメ。となると――」


 ノートを手に取って思考を深める。相手の居場所、能力、こちらの使える攻撃手法。それらを重ねて勝利までのカギを作ろうと必死だった。


(アイツは言った。あと一人を殺せば良いと。俺は後アイツ含めて四人。ああ、やっぱ不公平だ。最初のアイツ、本当に強かったんだな)


 一人の人物を思い返す。最初にその能力をコピーした相手、『鋼鉄正義』の担い手。


「軍人だったのか妙にガタイ良かったのは覚えているが……それでも十一人倒したってのは……だけど経験がある程度あればどうにでもなるよな。実際に俺がそうだ。もう八人……いや六人か」


 二人省いた。一人は炎使いの子供。もう一人は先月自殺した糸使いの中年の男性。タカカミが手にかけていない二人であるからである。


「さて、そうこう考えている内にホール前だ」


 イベントホールの入口のドアは閉ざされていた。カギはかかっておらず、ドアはゆっくりとタカカミの手で開いた。ホールは入口から広間を挟んで奥に壇上があり、その壇上に自称議員の男はいた。


「き……来たか!!」


「何そんなにビビってんだアンタ?俺を殺しに来たんじゃないのか?」


 壇上の上。議員の男は震えながらタカカミを待ち構えていた。周りに無数の紙を漂わせながら。


「聞いてないぞスズノカ!!この能力があれば余裕であの悪人を殺せるんじゃないのか!?」


「何言ってんだお前。第一スズノカは今この場には――」


「黙れ『人殺し』!!」


「……あのなぁ。俺は――」


「思い出したぞ!!お前、息子の高校にいた……事件の関係者だろ!!」


 震えながらも男の声の勢いは強かった。さらに強まって剣幕を張りながら男はタカカミに向けて指を指して罵声を浴びせる。


「そうだ!息子が見せた写真の小僧じゃないか!人殺しの!!」


「……なんだと?」


 構えた銃を下ろした。


「どういう意味だオッサン!?あの事件について何を知っている!?」


「知ってるも何もお前のせいだろ!?」


――話が通じない


 パニック状態の男に今一度、銃口を向けた。男は震えながらも声をホール内に張らせる。


「お前のせいで息子が……いやどれだけの生徒が迷惑したと思ってるんだ!!世間はお前が人殺しだと言って――」


「うるせぇ」


 二発銃声を轟かせる。しかしそれが届くことはない。また紙が防いでみせたからだ。それを見て男は怯えていた表情から一転して彼に数枚の紙を照準を合わせてニヤリと笑う。


「フ……フフ……これは好機だ。神様が与えたチャンスだ。そうだ。紙を持って神の裁きを下して――」


「だからうるせぇっていってんだよオッサン」


 瞬間、男の後ろから眩い光が煌めく。


「な――」


 その時、爆発が起きた。それは壇上の男を吹き飛ばすほどで、吹き飛ばされた男は広間の中心近くまで転がる。


――どうにかコピーして正解だった。剛毅爆光。巻き込まれないように調整がいるが中々強ぇじゃねえか!


 剛毅爆光。タカカミが九月の戦いで得た新たなる力。相手が動かぬ最中に時間を稼ぎつつどうにかコピーして見せたその秘術は彼の残りの戦いを大きく支えることになる。


「ゲホ……ゴホ……」


「さっさと攻撃しないのが悪い」


 銃を構え、照準を向ける。


「まだ……だ!」


 地べたに這う男が手を上に伸ばす。同時に降り注ぐ無数の紙が頭上からタカカミを狙う。


「くそ……だったら!!」


 タカカミはそれに対してナイフを一本取りだすと瞳を緑色に光らせた。妬心愚者の持つ技、身体強化である。しかしタカカミは知っていた。後に体に負担が走るリスクがあることを。それでも使って見せた。


――痛みが何だ。俺は……俺は人殺しじゃない!!あの時までは!!


 緑色に光ったタカカミの瞳が無数の紙の動きを捉える。そしてもう片方の手にコピーした鋼鉄正義の秘術を使ってナイフを造りだすと紙の群れに向けて彼は両手にナイフを構えた。


「行くぜ!!」


 二本のナイフは紙の雨に向かって振り回されていき、タカカミを傷つけようとするそれらを切り裂き続けた。


「なめてんじゃねえぞ。戦いをな」


 やがて紙の雨が止むと片手のナイフを中央で倒れている男に向けて真っすぐと投げた。


「ひぃっ……!!」


 しかしナイフも届くことはない。男を覆う紙は増え続け、半円状のドームを形成し、ありとあらゆる攻撃をものともしない要塞と化していた。


「ああもうそれ面倒くせえな!!」


 瞳を黒に戻し、舌を打つ。


「ああそうだ!!こんなところで失脚してたまるか!!」


「政治家みたいなこと言うねぇ!」


「政治家だよ私は!!」


 その時、タカカミはニヤリと笑った。


――ここだ!!


 男を形成するドームを中心にタカカミは四つの光を正方形になるように呼び出す。


「こいつはどうだ!!」


 剛毅爆光の光がドームを囲う。また爆発は引きおこる。


(頼むぞ……これで死んでなきゃ面倒だ)


 爆風がゆっくりと晴れていく。紙のドームは健在だった。


「……まじか」


 ドームが大きく縦に伸びる。柱のような紙の群れの中から男は現れる。


「残念だったな。魔力はまだまだあるぞ?なにせ紙だ。強化する分が多いが動かす分にはそこまでかからんからな」


 男はニヤリと笑った。タカカミは動じなかった。その手の銃を未だ向けていた


「なんだ。何がおかしい人殺し?」


「ああ、それはな――」


 後ろ歩きでタカカミは笑っていた。その場から動かないでいる男を笑っていたのではない。みしりと音がホールに響く。


「な……なんだ!?」


 揺れを感じた男の足元にひびが走る。そう、これがタカカミの狙いだった。


「じゃあな。失脚だ、オッサン」


 直後、轟音が響いて五階の床が抜け落ちる。議員の男は悲鳴を上げて落下していく。やがて下にあった女神像にその体を勢いよくぶつけるとそのまま地面に転げ落ちてぴくぴくと体をけいれんさせていたがやがて動かなくなった。死んだのだ。


「ふぅ。面倒な相手だった」


 タカカミが床の抜けた五階を背にして去る時、左腕の痛みが急に走った。左腕には傷はなかった。戦いは終わっていたにも関わらずだ。


「っ……くそっ。またか!!」


 妬心愚者のスキルの代償が、痛みが彼に走る。


――コイツだ!コイツのせいで二人が死んだんだ!!


――殺せ!仇討ちだ!!


――やっちまえ!!リーダー!


「う……ぐ……あああぁぁぁァァァッ!?」


 脳裏に走り出した光景が彼を悲鳴を吐かせるほどに苦しめる。


――ああ、そうだ。俺は悪人か。そうだろ。システムさんよ


 タカカミはその場に崩れ落ちる。虚ろ気なその目をゆっくりと閉じながら、彼はまた闇の中へと心を落としていった。

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