8‐1 十二月・真実は折りたたまれ、欺瞞が完成する
彼女は、スズノカはその年の、その月をよく覚えている。
昏仕儀タカカミの過去を、彼を構築する出来事を知る事になったからだ。
「あのさ、こう……なんというか。タイミング考えて?」
「すみません。私もここがこんなにうるさいとは思ってなかったので」
パチンコ店の外で苦笑いで対応するタカカミとげんなりするスズノカ。スズノカはどうやら初めて入ったらしく、店の中の音の大きさに耳を抑えていた。
「どうやってあの中に長時間いるのですか?正直耳が……持ちません」
「え?ああ、慣れ。後は耳栓とか使うけど?てかもうちょっと時と場合考えなよ」
ため息を吐いてタバコとライターを手に取る。それに冷ややかな視線を彼女は向ける。
「今確変ぶっこんでてスゲー気分いいからいいけど。で、次はいつだっけ?」
「二週間後です。状況確認もあったのでどうしても貴方に会う必要があったのです」
「ああそう」
「それに……入ったことなかったので」
「まあお前さんみたいのが行く場所じゃないからなここ」
スズノカは耳を抑えながらも余裕の表情をする彼に問いかける。
「……なぜ博打を打つのですか」
「あ、そうだな……忘れられるからかな」
「忘れられる?」
「そう。俺にとっちゃ大事なもので……ここで――」
タカカミが何か言いかけた時、彼はそれまでの態度から一変して口を籠らせた。
「悪いがこれ以上言いたくねえ。今日は帰ってくれ。戦いには向かうさ」
「……はい」
スズノカは怒り気味の言葉に承諾し、その場を離れた。この時点でスズノカには大方予想がついていた。
(過去に何かがあった。忘れたいというのは恐らく……部活や受験か。あるいは趣味の類。そこで何かがあって……いやでもあの部屋は……あの人には失礼だけど似合わないしどうやって手に入れたのですか?)
消えた彼女を背に彼は店に入る。背を落とす者、気分良くする者を尻目に彼は台の前に座って煙草に火を点けた。
(悪いなスズノカ。いまの俺にとっちゃこうやって激熱積もって吸うタバコの美味さだけが救いなんだよ)
この日、積もったという確変を早々に終わらせると彼は不機嫌になって店を出た。途中のコンビニで食料を買いあさって食い荒らすと一日を終えた。
「……なあ、ここって美術館とか博物館ってやつだよな?」
「はい。そうですね。ここは美術館になります」
彼が転送された先。そこは数多の美術品が丁寧に保存され、公開される場所。芸術の良さを発信する建物。美術館である。吹き抜けの建物で一回のエントランスから四階のの中心には槍を掲げた女神像が設置されており、その槍は今にも何かを貫きそうであった。
「いいの?俺芸術とか知らんけどバカスカぶっ壊しちまうよ?高いんでしょああいうのってさ」
「大丈夫です。痕跡は消えますので」
「知ってる。ちょっと確認したかっただけだよ」
彼はノートを手に取って
「紙……だよな?話が確かならよ。次の能力者っての」
「ええ。『善人側』の選び方にはある程度、順番があります。五つの属性。四つの促し。そして三つの元始……」
「その元始ってなんだ?」
「あなたがこの戦いに勝てば開示されます。どうかご健闘ください」
「そうかい。じゃあ今日も遠慮なく殺しに行くか!!」
エントランスの中心で女神像に向かって叫ぶ。彼の表情はどこか飢えた獣のような表情でスズノカはその表情に引きつっていた。
「……もうすぐ儀式の時間です。それから」
「ん?」
「……いえ。健闘を」
何か言いたげだった彼女だったが言葉は消え、スズノカはその場から去っていった。
「……なんだったんだ?」
首を捻って彼女の言いたかったことを探ろうとするがすぐに戦いの時が近づいているのを近くの時計を見て気づき、銃を手に取って周囲を見た。
「さすがに一か月も空くと……ってことはないか」
タカカミは戦いのブランクの心配をした。が、そもそも一か月に一度の戦いだからブランク云々という事はないだろうとタカカミは考える。美術館ビルの構造はこうだ。
まず一階から五階まである。階層は幅と広さそれぞれ約二十三メートルと二十メートル。高さは三メートル弱といったところ。四隅の内、北側の左右に階段とエレベーターが設置されている。さらにもう一つ階段があり、それが中央の奥に大きな螺旋階段が一階から四階まで伸びていた。
一階には入り口付近にお土産売り場と入場用ゲートが設置されており、中央には先ほどタカカミが見上げていた青銅製の銅像が置かれている。二階から四階までは中央が吹き抜け構造のためか、くり抜かれているため展示物が各階層の壁際と部屋に並んで設置されていた。ちなみに二階の展示物は銅像や彫刻などの像を中心に置き、三階は絵画系統。四階はイベントスペース。特定の個人の展示を行うためのブースらしい。五階は会場らしくこれまたイベントスペースとしか扱われるらしい。
(美術館って普通、建物としては横に幅広くて歩いて回るよな?あんまり行ったことないからわからないけど)
彼は芸術が分からなかったし美術館にすら足を運んだことがないが、大体のイメージを持ってはいた。二階程度の高さに広い幅を、今いる場所よりもうんと広い幅を持つ回廊のイメージを持っていた。
(都心に立てられたってんならわかるが……ああ今はそんなことどうでもいいか)
美術館云々を一旦頭の隅に追いやり、マガジン式の銃の調子を確認する。こいつがあったから今までどうにか生き残ってこれたとタカカミは銃への感謝というより礼を口にはしなかったがそれをぎゅっと握って示した。
(さあ来い。紙でどうするかは知らんが前回の電気に比べれば――)
その時、頭上から圧を感じ取った。
――来たか!
殺気だ。それを感知すると彼はバックステップで回避する。勢いよく群れで降り注いできたのは白い紙。いずれもが地面に突き刺さっている。
「うわ……これはまた面倒そうなのが」
刺さった紙の群れに暗くなっていると、再びバチリと何かが来るの感じ取る。
「え、ちょっと――」
像だ。正確には女神像の腕が降り注いだ紙の群れによって切り落とされ、腕の持っていた槍がタカカミの頭上に振り下ろされるように襲い掛かる。
「うぉっと」
偶然か狙ったのか。それは不明だがどうにかその攻撃も回避することに成功する。
「うわ。あの像、気に入ったんだがなあ……」
右腕が無残に取れて地面に槍ごと落ちた銅像を眺めては彼は嘆いた。
「今の攻撃……敵は上にいるってことか?」
タカカミは頭上を見上げる。敵の姿はなく、攻撃の気配もなかった。
「となると相手は上のどこかに隠れたか待ち伏せしたか……まあいいさ」
視線を階段に向ける。
「近づいて倒せば良いだけのこと。首洗って待ってろよ……」
足を西側の階段に向けて走り出す。美術館に彼の足音が響きだした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます