7-2

 手紙はそこで終わっていた。丁寧な字でつづられた手紙を読み終えたとき、タカカミは汗ばんで震えていた。タカカミは手紙を畳み、息を大きく吐いた。


「……とんでもねぇな。状況とかさ」


「あの方は……最後に会ったときにはひどく痩せていました。家からも何か……匂いが出ていたのを覚えています」


「そうかい」


 タカカミのその声は荒げていた。スズノカは彼の挙動を見ていた。まるで面白くないものを見せられたかのようで額に手を当て、ため息を吐いて、それでも手紙は丁寧にたたまれてテーブルの上にそっと置かれた。


「平凡な家庭でってところがね。それから受験やらのくだり。それがどうにも自慢しているように聞こえるんだが?」


「そう……ですね」


 スズノカは少しどもりを見せた。


「ああ、お前さん方からしたらそれが普通だよな?」


「……はい」


「で、その後だ。一流大学ってのがどこかは知らんが文字を見るに相当なもんだな。まあ結婚からおかしくなったみたいだが」


「……娘の教育に問題があったように見えます」


「え?どこに?普通に教育してたじゃん?」


「え?」


 スズノカから不意に出たその声は大きかった。そうして沈黙が走っていたがタカカミがハッと気づく。


「ああ、援助交際やらされてたところか!確かにアレは断って警察に駆け込むべきだよ。娘さんなんでそうしなかったんだろうな?脅しか?家までナイフ持ち込まれたか?」


「……可能性はありますね」


 スズノカは彼の気づきに納得するフリを見せた。

 この時だった。スズノカはタカカミと自分には明確な違いがあると自覚したのは。それが悪人としての何かを秘めているかどうかはわからなかったが。


「で、真相が明らかになった瞬間か。……まあなんというか書き手の旦那さんは多分まじめに仕事やってたんだろ。それでも悪い男たちに囲まれた奥さんはすっかり。そうして悪党だか何だか知らんがそうした集団に娘さんを売りに出されたってわけだ」


 タカカミの感想は続く。表情は何処か可哀そうな者を見る目だった。


「でもこの手紙見るにさ。多分娘さんに対してはロクな愛情注いでなかったんじゃないか?」


「でも娘さんを思ってるものでは?親というのは……その……」


「ああそうだな。だが娘に対する感情が……愛情注いだとかいう文が手紙にない。もしかしたら娘に対してなんも意識がなかったんじゃなかったのか?ただ必然というか……こう、そうだそこにあるのが必然というか」


「どういう意味です?」


 タカカミの言葉にスズノカは怪訝そうな顔で耳を傾ける。


「要はよ。家族が出来たら娘や息子ができるのが当たり前って意識だ。だからそれ以上もそれ以下もない。無論手紙に書かなかっただけかもしれない。だけど子供に関しての情報がしつけの時だけしかないってなんか変じゃないか?」


「……書かなかっただけというのは?例えばあなたの言うように当たり前という意識が……子供に情熱を注ぐのが当たり前という意識でそうした文章を一切書かないというのは?」


「それこそ不自然だろ。せめてこういう子でというのを書くと思うが……まあそれは前半で書いてあったけどよ。ああもうなんか面倒だ!」


 ソファーから立ち上がってタカカミは近くの机からペンを一つ取ると遺書の裏に何かを書き始めた。それを見てスズノカが不思議に思う。


「何をしているのです?」


「ああ、とりあえず回答を。文章の終盤に書いてあったじゃん。私の何がいけなかったのかって部分。不戦勝っていう報酬を貰っている以上は俺もこうして対価を支払ってやろうと思ってな」


「なぜ遺書の裏にそれを書くのです?」


「これか?前に読んでた中世ファンタジーでこうしてたのさ。死者にメッセージを届ける方法ってのがあってな――」


 そう言いながら文章を書きあげていく。スズノカはそれを横で見ていたが、タカカミの文字が以外にも綺麗で思わず声が漏れた。タカカミはそれを気にせずに文を綴った。


「こんなもんでいいか」


 遺書の束を手に取ると、彼はテーブルの灰皿にそれを小さくたたんで載せた。それに持っていたジッポライターで火を点ける。


「火を点けるのですか?」


「ああ、死者を火葬するように手紙をこうやって燃やすのさ。でも中世のヨーロッパって火葬やってたっけ?」


「地域によるのでは?」


「なるほど。それならあるな」


 灰皿の上で燃え上がる手紙を二人をじっと見ていた。


「不戦勝の分、文にて返させて貰うぜ。じゃあな」


 タカカミの表情は穏やかだった。


「何と書いたのです?」


 スズノカが聞いてきた。タカカミはそれに対して答える。


「ああ。不戦勝ありがとう、と。それから手紙の問いについてな」


 その答えにスズノカは顔を濁らせ、沈黙した。タカカミはその顔での返答にため息を吐いて答える。


「いいじゃねぇか。いきなりの遺書に、問いに答えたんだからよ。血の出る戦いを……死ぬかもしれないそれがないってのがどれだけ平穏なことか」


 手紙を焼く炎の勢いが弱まってきた。どうやらだいぶ燃えたらしい。


「じゃあな。手紙をくれた……多分、オッサン。あんたの悲しみは向こうの誰かが分かってくれるさ」


 踏めるほどになった勢いの火を彼はためらいなく踏みつけた。


(これで後は四人。一人は爆発だとして……後は何が来るんだか)


 タカカミは振り返り際にスズノカの顔を見る。その顔から涙を流していたのを彼は見た。


「……おいどうした?」


 驚かずにはいられなかった。タカカミはスズノカのその表情を始めてみたのだから。涙を流して泣く彼女の顔を。


「いいえ……なんでもありません。失礼します」


 涙をぬぐうと彼女はタカカミの前からいつものように姿を消した。何も答えなかった彼女にどこかいら立ちを覚えたのかタカカミは舌を打った。


「まあ……いいか。秘密は秘密。そうしたいよな。互いによ」


 自分にも隠しておきたいことがある。それはタカカミにとっても同じだった。


「帰ろ。寒くなってきた」


 完全に灰となったそれに背を向けて彼はその場を後にした。

 以下、彼が手紙に記載した遺書の主に対する返答。


―― この文は内心、怒りながら書いています。そのため疑問に思うことをお許しください。

 ええ。貴方は哀れです。家族をろくでなし共に汚されたことも、私にその人生を語ったことも。

 確かに仲間や家族を傷つけられるのは許せない事でしょう。それでもあなたにも原因があるというものです。遺書の文でしか判別できないのですが貴方は家族に何かをしてあげたのでしょうか?私には経験がないのですが例えば家族旅行や一家団欒の時間、あるいは何らかの奉仕など。それが見えないのです。それが常識というので書かなかったのであればいいのですがそれがなくては家族ではないでしょう。ならばあなたの妻が癒しを悪魔に求めるのも頷けます。

 娘に関してはどうなっているのかはわかりませんが教育は問題ないと思います。しかし何かあったら相談に乗る姿勢くらいあってもよかったのではないのでしょうか。あなた自身仕事に熱を出しているというのであればその熱をもう少し家族にそそぐ必要があったと思います。無関心だと言いたいのです。もしそうであればきっとあなたは、あなたの家族は救われる道を辿ったでしょう。

 貴方の手紙を見てここまで書いて思ったのですが、貴方は随分恵まれている様に見えます。まるでそうするのが当たり前のような生き方をしているように見えます。だから私は怒りを覚えているのです。それでも私に答えを、スズノカ曰く悪人である私に手紙を当てるほどに弱ったあなたに手紙を出すのは単に興味があったからです。

 私の戦いに不戦勝を捧げたのは感謝します。なので貴方を憐れんでいるというわけではありません。憐れむのはその考えと無関心さです。

 この地上に生きる人間がどれだけあなたのように生きられるのでしょうか?きっとわずかです。七十億単位で見ればの話ですが。

 繰り返しになります。あなたにも責任はあります。それでもあなたを傷つけた家族崩壊の事件に対する悲しみを込めて憐れみましょう。

 どうかあの世で家族とゆっくり一家団欒をしてお過ごしください。

 長々とだらだらと続く文をここに捧げます。お休みなさい。

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