7-1 十一月・綴られる思い出、見える濁り

「今なんつった?」


「ですから……不戦勝です。今回の儀式はあなたの勝利で幕を閉じる事が確定しました」


 寒さが目立つようになってきた十一月のある日。昏仕儀タカカミのコンディションがおちついてしばらく、儀式の日まで一週間前のその日。

 自宅マンションのソファーの上で項垂れていたタカカミはスズノカより一つの知らせを聞いて固まった。


「前回の戦いは俺が気絶してるときに終わってて今回は不戦勝か。この儀式、ちゃんと機能してる?なんか不具合起きてないか?」


 軽口を叩きながらテーブルの本を手元に引き寄せる。


「大丈夫です。悪人側の一人が儀式前に死んでますので」


「それ大丈夫っていうか?」


 無表情から放たれたその言葉に思わず突っ込みを入れた。


「あ、その場合どうなるの?報酬とかさ」


「報酬は貰えます。それから――」


 スズノカは持っていたカバンから一つの茶封筒を取り出してタカカミに差し出す。


「え?何これ?封筒?」


「今回戦う予定だった相手からの手紙です。もし死んだら渡してほしいと言われました」


 首をかしげながらタカカミはその手紙を受け取る。封筒には丁寧にセロテープが張られており、厚みから数枚で構成されているとわかった。


「ってことは……遺書か?」


「ええ。そうなりますね」


 受け取った封筒のテープをゆっくりと剥がし、数枚に渡る手紙を取り出す。


「おお……綺麗な字だ。繊細な綴りで……まさか女性か?」


「いえ。男性です」


「……ああそう」


――とてもじゃないがこれから死ぬ人が書いた分とは思えない


 まだ文章は読んでいないが全体にざっと目を通したときにそれだけはわかるくらいに丁寧につづられた文章にタカカミは感心する。


(なんだ?手紙で俺に何を伝えたいんだ?でも死ぬ人が書いたというのならちょっと不気味だが……。でもこんなに懇切丁寧な字なんだし、読んでもいいんじゃねえか?)


 綺麗な字の魔力がタカカミの興味を強く引いていた。折りて畳まっていた一番上の紙を広げる。


――私はどうしていいのかわからなかったので、手紙を残して死ぬことにします。

 突然の手紙を、ただ心のままに書いたこの文を渡し、その目に通す事を許してください。


 一枚目のみにはそう書かれていた。その文を見て少し考えたのち、その相手からのメッセージをタカカミは受け取ることにした。


。しかも全く赤の他人と来たもんだ)


 タカカミの心臓は妙に高鳴っていた。他人からの遺書を受け取るという奇妙な機会に。

 二枚目以降の手紙を読むとき、ソファーの上で彼の姿勢は自然と礼儀作法の手本として整っていた。その隣でスズノカも手紙に目を通していた。



――繰り返しになるかもしれませんが、突然の手紙を渡すことを許してください。

 私が見知らぬ貴方に手紙を書いた理由は一つ。

 私の人生は何だったのかを貴方に問うためです。私は死んでいます。しかしこの手紙を読んだ感想や答えが私のもとに帰ってくると信じて書いております。そのことをご了承ください。

 金持ちでもなく貧困でもない。家族中も悪くない。そんな平凡な家庭に生まれた私は学生時代の終わりまでをただ静かに暮らしていました。

 ここで言う『静かに暮らしていた』というのは単に不良行為に走らないとか単にそういったものです。彼女といった存在も作らず、学業に勤しんでは一流大学への道を切り開こうとしていました。そうやって一流大学進学後もそれは変わらず、周りが恋だの遊びだのと盛り上がっている中でも黙々と学業に勤しんだ日々を相も変わらず送り続けていました。

 大学を卒業し、社会に出た後は会社に勤め始め、事務の仕事に周り以上に取り組んでいました。時には夜遅くまで働きながらもその傍らで当時一緒だったある女性と出会っては愛を語らっていました。その女性はいつしか私の妻となって私の生涯のパートナーとなる人です。

 平凡な家庭で平凡な育ちをし、そして平凡な暮らしを経てついに私は結婚までしました。夫婦となってやがて娘が生まれ、いよいよ家族としての本格的な日々が幕を開こうとしていました。

 しかし今思い返してみれば、それは地獄の窯の蓋を少しずつ開く行いでした。

 育児というのは大変難しく、妻は言う事を聞かない腕白な娘に何度か心をくじかれては当の娘や夫である私に当たり散らすようになりました。娘を公衆の面前で頬を

音を大きく立ててひっぱたいたり、小さなミスでも怒鳴り散らしたりするなど熾烈といってもいいくらいです。失敗を責めるのは当然だと思い、私は妻の行いに口出しをしませんでした。娘にも今のはお前が悪いと妻の側に立ってばかりでした。しつけの中で印象に残っているのはそうした熾烈ではなく言葉を言わせる行いでした。


「私が健康に育って毎日綺麗なお洋服を着ていられるのはお母さんのおかげです」


 このセリフを何かあったときに必ず言わせていたのです。当初の私はそれを奇抜に思っただけでその後娘は以前とは違って静かになったのでこれが正解なのかと驚きました。しかしそれは後にわかったのですが間違いだったのです。

 やがて娘が中学に入り、肉体的にも精神的にも大きな変化が訪れるであろうという時の私は会社での立ち位置が変化し、責任ある立場にて仕事に勤めていました。妻はというと掃除もろくにせず家ではだらけてばかりでした。食事も私がいないへ実の昼はコンビニ弁当やインスタントの食事で済ませており、主婦とはいずれこうなるものなのかと落胆しました。

 一方で私はというと勤め先の会社の若手が結婚してしばらく経っていたので家庭はどういった感じなのかと聞きました。するとそちらの妻はとても家事にも育児にも熱心であり、しかも仕事の傍らでそれら全てをこなしているというではありませんか。平日の殆どは家族揃って家で夕食を食べていると聞いた時には私はどうにも恥ずかしくなっていてその後輩が実は人生の先輩なのではないかと思うようになっていました。私もどうにか妻に家事に真剣に取り組んでほしいと嘆願しましたが彼女は気だるげに歪んだ顔で否定の意を込めた返答をするばかりで何一つ変わろうとしてくれませんでした。

 ある時妻に娘の帰りが遅くなってきたなと思い、妻にそのことについて話をするとそのくらいの年頃の娘というのはそういうものだと返されました。素っ気ないその態度に私は違和感を覚えていましたが妻曰く、教育はしっかりしてきたから善悪の区別くらいついていると言ってきたので私は娘を信じようと思いました。しかしやはりといいますか……娘が心配になっていたのです。

 私は家族に仕事に行くと言って嘘をついて有休をとり、娘の足取りを追いました。するとどうでしょうか。最寄駅から二つ離れた駅にて娘は明らかに年違いの男(ちょうど私くらいかそれ以上の年に見えました)に寄り添って歩いているではありませんか。すぐに援助交際を疑い、証拠を集めて警察に娘とその男を突き出そうとしました。ここで言う証拠とは写真でありその男と一緒に歩いていたところから始まり、ホテルに入る所までといった過程を収めたもので必死にそれらを撮っていた自分は一体どうしてこんなことをしなくてはならないのですかと神様に問いかけていました。娘の愚行にただ汗ばんではどうしてなんだと嘆いてばかりで私は苦しかったのです。それでも私は娘が悪事に手を染めているのが許せず、証拠集めは淡々と進んでいきました。なお、その途中で私はスズノカ様に出会ってあの力を授かっています。糸を自在に操る力を。

 証拠集めは順調に進み、いざ情報を警察に持ち込もうとしました。でもそれを止められました。誰に止められたのか。なんと妻でした。その日、自宅にて妻は私に娘を嗅ぎまわるのを止めろというのです。時すでに遅く、十分な証拠は私の手にありました。それを警察に渡すなというのです。そのやり方では娘を救えないどころか私たちの生活にも影響や被害が及ぶと言うのです。警察ではなくまずは探偵や弁護士に依頼し、連携したうえで突き出そうと提案してきたのです。この件を警察が門前払いするとは思えませんでしたが味方を増やすことや今後の自分の割り振りについても考えた方がいいと妻が言うので確かにと首を縦に振って次の休みに行動を起こそうと予定を変更してその日は終わりました。

 この考えは間違いでした。次の休みで私は信じられない光景を見たのです。

 その日、妻が相談の予約をしたという探偵事務所に向かっていた時でした。案内されたその事務所は妻の昔の友人が営んでいるというので信頼はしていました。だけど向かった先のビルは明らかに雰囲気違いのあるマンションの一室でした。中には髪を染めた若い男数人がいて妻にこれはどういうことだと聞くと私は一人の男に首を掴まれて部屋の中心に乱暴に連れていかれ、そして事の詳細を妻から聞かされたのです。


 どうやら妻は私のいないところでホストに金を貢いでいる日々を送った居たのです。しかも闇金融などで借りたお金で。そうした遊びで募った借金の額は相当なものであったらしく、返済のあてに困っていた妻はなんと娘に援助交際をやらせたのです。ぞっとしました。どうしてそんなことをやらせたと怒鳴ると私は男どもに黙れと蹴られ、妻はバツが悪そうな声で私にこう言いました。


「仕方ないじゃない。お金がなかったんですもの。おまけに貴方は仕事に逃げてばかりで家のことなんて二の次になってて!彼らは私の嘆きを一番に癒してくれたの。だからお金を貢いでこれたの!!それでだからあなたに連帯保証人になってもらうために私は今日あなたを連れてきたのよ。貴方は私の夫でしょう?だったらそのくらいできるわよね?」


 支離滅裂なその発言を笑いながら言うその言葉に私は愕然としました。妻だというのに『なんて恐ろしい女だ』と。こんな女と恋愛をした自分を嘆き、憎みました。周囲の男たちの下品な嘲笑が耳に響き、蹴りを入れられて崩れる自分の姿はなんとみじめなことだったでしょうか。何かが切れる音が私の中で響きました。

 そしていつの間にか、不良の彼らと娘と妻は死んでいました。白く丈夫な糸でつるし上げられて死んでいたその部屋の光景を見て、私はスズノカ様より貰った力を怒りのままに振るったのだとやっと理解しました。それと同時に涙が込みあがってきました。悲しくなったのです。どうして私がこんな目に合わなくてはならないのかと。


――もう一度家族をやろう。そうやってやり直せばいい


 私の内からの声に雷に打たれたように固まっていました。


――そうか。それでいいじゃないか!!


 興奮した私は早速、妻と娘の二人を車に乗せて家に帰ると二人を食卓で待たせ、久しぶりに自分で包丁をふるってご飯を作りました。

 妻の笑みと娘の声が聞こえ、本来の家族の姿を取り戻せたことに感謝しました。それを続けようと私は二人に言いました。二人は頷いてくれました。

 日が経つにつれて、二人はやせて匂うようになりましたが食卓は変わらずにぎやかで私の本当の理想の光景に出会えたのが、取り戻せたのがうれしくて仕方ありませんでした。

 ここまで読んでお気づきかもしれませんが二人は死んでいます。蛆の湧きだした彼女たちの体を見てようやく現実に戻り、私は取り返しのつかないことをしたと理解しました。

 私が聞きたいのはこんな状況になってしまったのは私のせいでしょうか?

 私の何がいけなかったのでしょうか?静かに暮らし、晴耕雨読を心掛けていた私の何がいけなかったのでしょうか?悪人側に立つあなたなら、悪人であるあなたならその答えを知っているだろうと思い手紙を書いた次第です。

 どうかあなたの意見を聞かせてください。私には何が何だかもう判別する目すらないのです。

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