X-3 昔話:ある男の人生について
昔……ある所に一人の男の子がいました。
男の子はお父さんと二人でせまく古いアパートの一室で暮らしておりました。
男の子はよくお父さんに殴られていました。酒臭さたばこの混じった息を吐く怪物に。そんな父親に周囲はその子供ともども近づこうとはせず、いないように振る舞っていました。
古びた服を着て、外に出ては貧乏人だの臭いやつだのとといじめられて一人陰で泣くばかり。大人でも彼を避けるようにしていました。
それでも男の子はいつかみんなのヒーローになりたいと思っていました。
しばらく男の子は学校ではいたぶられ、家では膝を抱えて夜を待ち、夜が来ては眠っていました。同い年の子供たちがクラス皆で旅行に行くイベントの時もお金の壁を越えられずに一人ずっとアパートで眠っていました。
皆の笑って過ごすさまを必死に忘れながら。楽しそうなその輪に入れない自分を悔やみながら。
やがて男の子は成長して中学校に通うようになりました。
ある時成長した彼の元に数人の大人がやってきました。
父親はどこだという彼らの問いにわからないと答えた彼を見て大人たちは何を思ったのか彼を連れていきました。
しばらくして彼は何処かの工事現場で働かされることになりました。
――お前の父ちゃん仕事から逃げ出しちゃったからな。代わりにやれよ。あ、お金は勿論出すから。ヘマしたり逃げたらぶん殴るぞ?
その言葉が染みたのか男の子は必死に働きました。朝から晩まで働き、大人たちは彼に五千円をアルバイト代だと言って渡しました。
生まれて初めてもらったお金に男の子は喜び、それからも一日十時間近くを学校のない日はそこで働くようにしました。お金をもらって美味しいものを食べられる。こんなにうれしいことは彼にとって今までありませんでした。
そうして陰で貯めこんだお金で勉強用具を揃え、高校受験を控えた彼は今の腐った家から脱出すべく寮のある高校に進むことを決めたのです。目一杯の努力は形を成し、ついには合格。彼は特待生と呼ばれる特別な生徒としてその高校で授業を受ける権利を得たのでした。その時の彼の瞳と言ったらまさに未来に想いを馳せる輝きで満たされおり、きっとそれが宝石として形を成すのであればこの世の宝石の中でも屈指の輝きであったことでしょう。
「あー……飲みすぎたか」
彼は頭痛と共に不機嫌そうにゆっくりと起き上がる。近くには携帯型テープレコーダーが落ちていた。それを手に取ってポケットにしまい込む。
住宅街の近くにある道路の中心で寝そべっていた彼はいくつか開けた酒瓶に視線をやると自然と力に拳が入っていた。
――ああ、これが親子ってことか?俺も酒が好きらしい
嫌な夢を見た。昔の夢を。それが原因で彼はコンビニにあった酒をいくつか取り出して道端で飲んで気が付けば朝になっていた。彼は酔っていたせいで覚えていないのだが住宅街に向けて自身の力を解き放っており、住宅街は焦土に変わり果てていた。
「ほんと嫌な夢を見た。だからってそのあとで酒飲んでも意味ないけどな」
過去は変わらない。例え彼が神となったとしても。
「……じゃあなんで俺は神なんて名乗ってんだか」
這い出た過去の苦い思い出に苦しめられている神と名乗る自分の醜さに苛立ちを隠すことができず、気が付けば彼は宙に浮いていた。そして何かを探すように辺りを見渡し、お目当てのそれを見つけるとそこに向けて手をかざす。するとその手のひらに眩い光が吸い寄せられるように集まって大きくなったかと思えば瞬時に縮んで彼の手から勢いよく真っすぐに突き進んだ。光弾はそのまま彼の見つめていた建物――ある高校へと進んでいき、光弾はそこで膨らみ弾けた。そこで耳を裂くような炸裂音光の柱が立ったかと思えばそれは太くなって学校を飲み込み、ついには消え去った。
「あの高校じゃないけど……見てるとむかつくんだよな」
宙に浮いた彼はそのままゆっくりと高度を下げて地面に降り立つ。
「さて……一旦家に戻るか。こんな所よりベッドで寝た方がいいや」
タカカミは足を自宅に向けた。その間に彼はポケットからテープレコーダーを取り出し、そこに声を吹き込み始める。歩く道には風の音もなく、ただ彼の声だけがテープに入っていく。
「さて、私の秘術についてですが。結果としてはとんでもないオマケがついていたのです。発動条件は俺が窮地に陥る事。その内容は身体能力の向上で常人の何倍もの力と速さで相手を死ぬまでいたぶることができるというものです。普通に考えれば窮地を救ってくれる素晴らしい能力ではあります」
タカカミの声はそこから暗くなる。
「ですがリスクがありました。発動中、体に炎が点け始め、それが全身に回ったとき、私が死ぬという事です。ただ、この炎というのは視認できるものではなく単にそう感じているだけです。そういうイメージがあるというべきでしょうか。今までその炎でのたうち回ることがなかったのはこの戦いが終わるたびに全身の傷が癒えるからです。それでもダメージが発生するのは心に残った火傷であり、それは戦いが終わった時には治るものではありませんでした。」
記録しつつ歩いていた彼の体から汗が浮かぶ。
「ひどい時はそれが数日続くこともありました。最初に発動したのは四月。この時はさほど時間がかからなかったのか特に痛みが残るという事はありませんでした。しかし今回の場合、直前に電撃攻撃を受けてダメージがひどく、さらには時間もかかったせいか暫くはのたうち回っていました。気を失って思い返しては苦しむ日々。それは私にとっては地獄でした」
さらに同時に浮かぶ悪寒。全身から噴き出たそれらはあの日の苦しみを物語る。
「しかしそれは同時に……私を助けたのです。あの日に。十月の戦いにて私はそれによって勝ちました。それがなければ死んでいたでしょう」
回るテープに刻まれていく記録。彼は真顔から引きつった顔に。だが徐々にその顔を笑わせていた。
テープレコーダーを持った手に力が入る。ミシリという音がして思わずタカカミは焦って、テープへの記録を止める。
「あ、いけねぇ。またこの日の話最初からしないとな……」
はぁ、と息を吐く。
レコーダーに入っていたカセットテープには『十月』と書かれたラベルが張られていた。
「まあいいか。このままでいったん進めてみよう。ダメならもう一回で。最初から最後まで取ってから考えよう。切った張ったはその後からでも遅くない。そうだ。大事なのは最後まで続けることだ」
そういってタカカミはもう一度記録をやり直す準備をしてすぐに取り掛かった。
「さて、十月の残りですが……結局はほとんど動けずじまいでした。何分、焼かれたときの痛みがフラッシュバックと同時に流れ出し、私を苦しめていたのです。全身やけどを負った子供の話を本で読んだことがあります。いくら包帯を変えても痛みは良くならず、ただ病室内で絶叫し続ける子供の姿を。それを想像していただければわかりやすいかなと思います」
いずれ来るであろうテープの聞き手に対して重く真剣な声で彼は問いかける。
「私の場合は包帯いらずであっただけで痛みはずっと続き……肉体は無傷でありましたがそれでも焼かれる痛みは続きました。汗を流し続け、苦しむ私にどういうわけか彼女は……スズノカは手を差し伸べました。あれは不思議でした」
――なんで……俺を……助ける?
十月の戦いが終わった後、タカカミの部屋のベッドで酷く苦しむ彼に水と食料を持って来た彼女に問いかける。淡白な表情で彼女は答える。
――あなたが今の悪人側の代表者だからです。審判の秘術を持つものとしてサポートをするのは当たり前です。それ以外の理由はありません
――そうかい。ああ、そうだ。デート……つぶしちまって悪かったな
――デート?……ああ、あれは向こうが勝手に言ってただけで私は毛頭行く気はありませんでしたよ?
――そうか。ならいい
彼女の楽しみを奪ったような気がしていたが違ったらしく、それにどこか安堵して彼はまた眠りについた。痛みの波が少しずつ収まり始めたその時の記憶。それを今も彼は不思議と覚えていた。
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