6-2

 次の戦いまであと二週間を切りかけたある日の昼。外装が黄ばみかけてきた少し古いアパートのある一室にて。


「わかった。ソイツをとっちめてやればいいんだな?」


「はい。相手を倒せばあなたの勝利です」


 スズノカが訪れたアパートの一室。隅にはギターが飾られ、壁に張られたポスターには海外の著名なバンドの姿が写されていた。その部屋にてスズノカは紺のフード付きパーカーを羽織った一人の若い男と話をしていた。


「しかしまあ倒せっていうけどさ、それって実質殺しをやれってことじゃん」


「はい」


「おまけに相手は俺みたいになんか能力持ってるんでしょ?」


「はい」


「逃げるっていうか戦いを放棄したら死ぬ。そうだよね?」


「はい」


「ええっとさ……ホント君、無愛想っていうかさ。もっと笑いなよ。その方が絶対かわいいからさ」


 その日、スズノカは黒の長い髪を下ろして黒いシャツの上から薄い桃色のカーディガンを羽織って青のジーンズを履いて彼の前に現れていた。パーカーの男はそんな彼女の頬に触れようとする。しかしその手が届くことはなく、いつの間にか彼女は彼の後ろにいた。テレポートをしてみせたのだ。


「あの……俺のこと嫌い?」


「はい」


「……そんなー」


 男はしょんぼりとして肩掛けバックを手に取ると外出の支度を始めた。


「出かけるのであれば私も今日は帰りますが」


「うん。出かけるよ。あ、俺のことはビリマルって呼んでくれよ」


「ビリマル?」


「そう。ダチからつけられたあだ名。俺の名前、痺谷丸久(しびれだにまるひさ)でしょ?で、苗字と名前からしびれがビリビリでマルはそのまま。で、合わせてビリマル。そういうことよ」


「そうですか。ところで出かけると言いましたがギャンブルですか?」


「ギャンブルゥ?まさか!」


 彼女の問いが予想外だったのかビリマルは大いに笑った。ある程度笑うと彼は真剣な目つきでスズノカを見つめだした。


「いいかいお嬢さん?ギャンブルってのはね、ろくでなしがすることなのよ。まじめに働かないでお金を手に入れようとする。ずるや楽して儲けを得ようとする……まさしく悪党のそれと一緒。それが許されるのは精々働けない子供……そう、子供の遊びなんだよ。だからそいつらは子供。もしくは仲間がいないかあるいは人生を面白くするモノに出会えていないなまけものだ。俺?俺は仲間と遊ぶの。それは大いにアリ。いつまでも若いわけじゃない。だから俺は暇があれば出かけて集めるのさ。思い出をな」


 自分語りを済ませるとビリマルはスマートフォンを片手に操作し始めた。


(悪党……そうでしょうか?)


 スズノカは彼のギャンブルに対する詭弁にタカカミの姿を思い浮かべ、何処か違和感を覚えていた。


「質問ですが……もしかして詳しいのですか?」


「え?何に?」


「ギャンブルです。正確にはギャンブルをする人について。例えば身近な人がそれで何かあったとか」


「……あー。まあな。ダチが一人消えちまった。ギャンブルにのめりこんでな。バイトだか何だか知らんが素寒貧になっちまったって話でよ。それでところから借りてな。まあそっからは想像に任せるぜ」


「そうですか」


 スズノカの淡白な返答に彼はうーんと困った表情をした。


「お嬢ちゃんもしかして感情出すのが苦手?」


「いえ。そうではありません」


「『そうではありません』?なんじゃそりゃ。『そんなことないです』でよくね?」

 

 男はスズノカのどこか変な言動に笑っていた。スズノカはその間表情を硬くしていた。


――この人、死ぬかもしれない。だから生きていたとしても思い入れなんて極力なくした方がいい


 スズノカが儀式の担い手たちに無感情で接する理由。彼女は様々な出会いを繰り返し、その過程で多くの人が犠牲になった。そんな状況を作った自分に責任を感じていた。はじめはそれなりにやわらかい表情と姿勢で接していたと自負していたが最近は違った。彼らの前では基本仮面をつけて接している。普段の自分を封印してただ何か別の存在として振るっている。だから感情を出すのが苦手かという問いには『そうではないです』と答えのである。


(この方かタカカミ様か。どちらか死ぬんだ。また私の手で一人死んでいく)


 手をぎゅっと握る。無感情のままで、それでもいいと思っていた。未来のあった人たちが一人、また一人と死んでいくのを見届けるのは彼女の心に纏わりつくように残る記憶であると同時に重くのしかかる重圧でもあった。


(あの人は私が殺人ほう助をしているといった。それに間違いはない。システムが後ろで糸を引いているとはいえ結局は私が動いて結果を……誰かの死を生み出していて――)


 ふと顔を横に向けるとパーカーの男の顔が吐いた息がかかりそうになるかならないかくらいにぐっと近づいていた。


「なっ!?」


 近づいて覗き込んできた彼の顔に思わず驚いて後ずさる。


「わりぃわりぃ。驚かせる気はなかったんだ。ただお兄さん心配でな。おふくろによく言われたのよ。具合悪い子みたら声かけておきなってさ」


「なんですかそれ」


「……なんだろうね」


 二人は顔を見合わせる。ハハハと笑い声があがる。男だけが笑っていた。


「なあお嬢さん。暗い表情の理由がこれだってんなら……。あ、その前に俺がこれ勝てば終わるんだよな確か?」


「ええ。そうですね」


 男の態度はどこかそそっかしかった。


「じゃあこうしよう。こいつが俺の手で終わったらデートでもしないか?」


「したことないので無理です」


「俺がエスコートしてやるよ。大丈夫。ホテルまではいかないからさ」


「……しませんが?」


 圧がかかったのをビリマルは受け取らずにはいられなかった。


「お、おおぅ。ごめんて――」


「では失礼します。何かありましたらノートを通して連絡してください」


「ノートで?ああさっき説明してた方法か?」


 男がノートを取り出すとページの一部に指で文字を描く。


――こうか?こうやって連絡すればいいのか?


――正解です


「おお、すごいなこれ――」


 感心しながら視線をノートから彼女へ向けようとするともうそこには誰もいなかった。


「……あれ?」


 スズノカは去っていた。彼からの好意も意見も全てから逃げるようにいつの間にか消えていたのだ。


「うーん。まあ結果さえ出せば……一人倒せばいいんだよな?」


 開いたノートに話しかける。文字が浮かぶ、


――はい。そうです。あなたに与えらえれた能力を使って撃破すればすべて終わります。何せ相手はあと一人なので


「よし。その往生際の悪い一人を懲らしめてやるとするか」


 男は決意するとノートをその手から消してスマートフォンをポケットから取り出した。


「となるとデートだ。旬の場所を探さなくては……」


 そしてあるかどうかわからないが先のことについて行動を起こした。スマートフォンをいじる指の速度が速くなっていた。






 儀式の日。ビリマルは儀式の舞台となる場所へと転送される。ちなみに今回は夜遅くの戦い。彼は風呂上りに牛乳を飲もうとした矢先に突如スズノカが現れ、大慌てで身支度をして今回の舞台に飛ばされた。事前にいつ来るのかを連絡されたとはいえ、突然の来訪にはやはり驚きを隠せずにはいられなかった。


「ここは……あれ?ここって――」


 人の気配のない深夜。彼は周囲を見渡す。すると眼前には巨大なコーヒーカップや観覧車といったいくつものアトラクションが見えた。


「遊園地……だよな?え?!ちょっと待て――」


 すぐ近くに立てられた案内板に目を通す。看板は目玉アトラクションとして大型フリーフォールを紹介していた。


「こっちが北ゲートっていうか……ここ?ここで戦うの!?」


 男の声は何処か上ずっていた。


「はい。どうかしましたか?」


 いつの間にか彼の近くにスズノカが立っていた。


「どうって……ここデート先なんだけど?」


「そうですか」


「いやそうですかじゃなくて。君と俺のデート先よ?因みに行くのは来週の土曜――」


「行きませんが」


 まるで来週以降に行くのが当たり前のような雰囲気を漂わせて男はスズノカに詰め寄るがスズノカはその詰め寄りを叩き落とすように瞬時に冷たく断った。その対応に男はげんなりする。


「えー……俺が勝ったら行こうぜ?」


「嫌です」


「なんでさ」


「私は……人殺しだからです」


「へ?」


 人殺しという単語に固まる。


「人殺しって……誰を殺したの?どうやって?」


「直接手にかけたわけじゃありません。ただ――」


 白のノートをその手に現出させ、スズノカは冷えた視線でそのノートを開く。


「この儀式、称えられし二十五の儀式が始まってから私は様々な人に儀式への参加を……というよりは生贄を捧げてきました。十七人とこの儀式において外部の人間も沢山死んでいます。それも誰も知らないうちに」


 スズノカは目線をパーカーの男に向けた。その目線は彼の態度を縮こまらせた。


「……そ、それならさ。俺が勝てばいいんだよな?」


「ええ。勝てればの話ですが」


「じゃあこうしよう。俺が勝ったらデート。負けたら……そうだな」


 ビリマルは少し考えこむとポケットから何かを取り出てそれをスズノカに押し付けるように渡した。


「これをやるよ」


「これは?」


 スズノカの手に握られたのは燕の模様が刻まれた銀のジッポライター。


「ブランド物だぜ?一万はしたんだから賭けに乗せるにはいいだろ?」


「負けたら死以外ありませんよ?」


 スズノカは手のひらにあるライターを見ながら彼と話をする。スズノカのあきれた感じの答え方にビリマルは髪をかきむしりながら答える。


「ああ、わかってるよ。でもさ、死よりも前に何かを失うって考えたら怖くないか?そうはなりたくないって思わないか?だからそうならないように俺は戦う。そしてこの戦いで勝って君をこの儀式だかなんだかから解放してやる。」


「そうですか。ところでなぜそんなにデートにこだわるのですか?」


「え?だって……そりゃ――」


 男は言葉を詰まらせる。彼は顔を赤くして答える。


「惚れたからだよ。君に」


「はい?」


「いやだからさ、君と一緒にいたいのもっと!仲良くなりたいって言ってるの!!」


「……それでもデートはしませんよ?」


「いいや絶対する。この賭けで俺は勝つからね!!」


「そうですか」


 スズノカの心は閉じたままだった。それでも男は諦めてはいなかった。


「マジだからな?」


「そろそろ時間です」


 変わらない態度に男は機嫌を悪くする。やれやれといった顔でスズノカは口を開く。


「証明できるのなら……生きて帰って下さい」


「お?言ったな?だったらやってやるよ!!」


 スズノカを尻目に男は夜の遊園地の中心に向かって走り出した。


「……私とデート?本気ですか?」


 スズノカはため息を吐いてその場を去った。その後、タカカミに出会っていつも通りの説明をして彼の前から去っていくと自身の持つ秘術によって形成されたエリアへと自らを転送した。

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