6-1 十月・痺れ読まれる彼の内

「で、残り六人だから折り返しでいいんだよな?」


「はい。そうですね」


 十月。肌寒さを感じる日々が来た。自宅マンションの一室でタカカミはスズノカの来訪を迎え、次の戦いについて聞いていた。ソファーで珈琲缶を片手にくつろぐタカカミの横でスズノカは両手にノートを抱えて立ったまま、会話を続けていた。


「後六人倒せばあなたは自由になります。そして力を手にすることができるのです。」


「そうか。ところでスズノカ、次は『電気』か『紙』か『糸』のどれかだって話だよな?」


「はい」


「……めんどくせーな」


 だらりとした姿勢のままの態度で先のことを考えて億劫になっているタカカミの横で彼女はずっと直立で固まったままだった。


「金が貰えるのはいい。相手を倒すのにも躊躇しなければいい。でも俺から見たらどうにも損って感じしかしねぇよこの戦い。後から入った奴が圧倒的に有利じゃないか?」


「確かにあなたからしたら面白くないでしょう。大いなる力を、蒼き星の神をその手に掴むには貴方は後五人倒さないといけない。でも相手は貴方一人を倒せば力をその手に宿せる。そこだけ見れば嫌な顔にもなるでしょう。けど、そんな貴方にはある程度のアドバンテージはあります」


「アドバンテージ?」


「はい。それは経験です」


 スズノカは話を続ける。タカカミはそれに耳をしっかりと傾けていた。


「これまでの戦いで貴方は相手の出方や技などを見てある程度の予測や自分の能力を理解した上で戦い方を学んでいます。対して相手にはそれはなくただ戦闘経験のない状態で儀式に放り出されています。殆どが秘術を使いこなせていないのです。秘術を使い慣れていないのは一種のハンデでもあります。そして貴方の秘術、妬心愚者は数多の秘術のコピーによってこのアドバンテージが顕著に出ているのではありませんか?」


「……あぁ確かにな。使える技も増えたからな」


 タカカミは彼女の言葉にニヤリと笑い、コーヒー缶をグイっと飲み干す。


――お前らみたいのを何人も殺したんだ!!皆のために!!それなのに!!


 ふと彼の脳裏に最初の鉄の秘術使いの姿が浮かぶ。彼は軍人であったとはいえ、十一人を倒している。それはタカカミにとってアドバンテージの存在を確かなものに変え、その時に口元が緩んでいた。基本、タカカミの相手はこの儀式においては相手は皆初心者といってもいい。


(前に見た悪人側の能力、あの後読み返したけど大体恐ろしいものばっかだったな。俺ならば……この能力を持った俺なら生存率は大きく跳ね上がるはずだ。全部の能力をコピーしてるわけじゃないけど)


 この先、まだ相手がどれだけ強い能力であっても勝機を見出すのは難しくないとタカカミは結論を出した。


「まぁ確かにお前の言う通りだよスズノカ。経験は大事だ。学んで積み込んでそれを振るって……その先を見るための行いさ。とても大事なことさ」


 神妙な顔つきでタカカミはその手にノートを出現させるとパラパラとページをめくってある文章を眺めていた。しばらくして息を大きく吐いてスズノカに顔を向ける。


「なぁスズノカ。ちょっとさ……『これまでのおさらい』がしたいんだがいいか?」


「おさらいですか?いいですよ」


「よし。まずは……『称えられし二十五の儀式』についてだ」


 タカカミは儀式の説明についてをノートから呼び出し、スズノカを自分の近くに手招きしてソファーの上にそのノートを広げた。


「この儀式は十二人のチームを二つ用意して一対一による殺し合いをさせるゲームである……そうだな?」


「はい。タカカミ様は『悪人側』での参加になります。そして――」


「俺が最後だったな?しかも相手に関しちゃまだ十二人いると来たもんだ。ほんと貧乏くじにも程があるわ。選ばれた以上、戦わないと死ぬってもんだから逃げる事もできないと来たもんだ」


 当時の状況を思い浮かべながら彼は舌を打つ。


「鋼鉄正義の使い手は軍にいた経験を持っていました。それもあってかかなりの戦闘力を有していました。だからこその結果と思われます」


「……なんで俺、勝てたの?そんなやばそう奴に。今更だけど」


 鋼鉄正義の担い手の新情報を聞いて、彼は信じられなそうな顔で疑問を抱く。


「覚えている限りでは一人目の相手に友人を殺され、五人目の相手に両親を殺され、十一人目の相手に婚約者を奪われて更には相手とその婚約者に子供が出来て――」


「あぁはいはい。なんつーか……要は沢山殺されたんだよな?婚約者もその悪人側の人間に。それで狂った。そうだろ?」


「ええ。一つ細かく言うなら婚約者は自殺しました。原因はその相手との望まぬ妊娠でした。清廉潔白であった自分を愛してくれたあの人の前で壊れた時の記憶を思い出して発狂、その後しばらくして首を吊ったと彼が泣きながら語りました」


「ああ。そりゃあ気の毒だ。十一人殺したソイツでもな」


 『まあいい次』と言って彼はページをめくった。


「俺に与えられた秘術は妬心愚者。その内容は他者の秘術を幾分かペナルティ込みでコピー可能で更には自身の強化も可能という……」


 ページに現れた文章をかみ砕いて彼はスズノカに話す。


「でだ。どうしても引っかかることがある。自身の身体能力の強化という点だ」


「それが何か?」


「何かじゃない。今まで見た能力はまだその説明やら見た目っていうのか?かみ合ってるんだ。でも妬心愚者というその文字からは身体能力の強化という点には何もつながりが見えない。これはどういう意味がある?」


 実はなと言ってタカカミは話を切り出した。それは彼が練習として能力を使った時、脳裏に無数の声が聞こえたという。


――どうして私を選んでくれないの!?


――ママ。おなかすいたよ。どうしてあの人達はあんなにごはんを食べられるの?


――戦争はもう嫌だ。父さんも母さんも皆死んだんだ!どうして僕は学校に行けないんだ!


「前に戦いの合間に練習として使おうとして……一時的な強化をしようとするとな、聞こえるんだよ。声が沢山。なんだ?不具合とかじゃないよな?」


「声が沢山?」


 スズノカは目を細めて疑いの混じった声でタカカミの当時の意見に反応する。


「ああ。気味が悪い。副作用ってことでいいんだよな?」


「はい。恐らくは」


 スズノカの相変わらずの混じりけのない声色の返答にタカカミはどうにも腑に落ちなかった。


「まあいいや。次の質問だ。儀式の報酬についてだ。儀式に報酬ってのも変な話だが……最初の一回目を除いて一つが終わるたびに俺はお前からお金を受け取っている。そして最後の戦いを終えて生き残ったのなら俺はお金だけでなくそれ以上の力を手にすることができる。これに間違いはないな?」


「はい。そうです。今の秘術、妬心愚者よりも遥かに強い力を……蒼き星の神となる力をその手に宿すことができます」


「それは一体どんな代物なんだ?名前だけはたいそうなもんだけどよ」


「それは私にもわかりません。私にも正確な情報は開示されていませんので。ただ、この世界を自在に支配できる程の莫大な力を手にすることができると」


「そこはそのままか。まあいいさ。ところでだ――」


 タカカミはノートをぱたりと閉じた。そしてスズノカに問いを投げる。


「お前、儀式が終わったらどうなる?お前も解放されるのか?」


「はい。儀式が終わったら解放されます。また日常に戻ります」


「日常、ね。お前は何やってるの?見た目からして学生みたいだが」


「それは……プライベートは答えられません」


 タカカミから部屋の隅へと視線を逸らしてスズノカは答える。


「そう。まあどうでもいいか」


 ソファーからゆっくりと立ち上がると背伸びをして部屋にあった上着や財布などを取り出して出かける準備を始めていた。


「ちょっと出かけるぞ」


 行先はいつも通りギャンブル。スズノカはこくりと頷く。


「にしてもお前さんも難儀だよな。少なくとも次で俺が死んだとして十八人の死を見届けなきゃならないんだからな。いや……というより――」


 玄関で靴を履きながらタカカミはスズノカに話す。


「お前さん、言うなればしてるような立場だよな」


 殺人ほう助とは他人の殺人を手伝う行為を指す。タカカミはスズノカによって既に六人を殺している。更には最初の相手も十一人殺している。つまりタカカミはスズノカが十七人の死に関わっていると言いたかったのだ。


「それはもう何度か言われています。お前が俺を殺すんだだとか、あなたのせいで死ぬんだとか。お前のせいで皆死んだんだとか」


「最後の奴、言ったの最初の鉄使いだろ?」


「え?あ、はい。そうです」


「へへっ。冴えてるなら今日はバカスカ当たりそうだな」


 玄関のドアノブに手を掛けた時、スズノカが声をかける。


「あの……どうしてまだギャンブルをやるんですか?」


「暇だからだよ」


「え?でも読書があるじゃないですか?」


「ああ、そうじゃねぇ。読書は夜、昼は博打やるって決めてんの。夜になったら店しまっちまうからな。それに読書だけやってるわけにはいかんのよ。たまに外出てあの音やら刺激が欲しいのさ」


「……ギャンブル中毒ですか」


「今更知ったことかよ。ほらそろそろ」


 タカカミがしっしっと手で払うような合図をする。


「また呼び出すから。じゃあな」


 ばたりとドアは閉じた。室内にスズノカがいるのにも関わらず。

 取り残されたスズノカは退去しろと言われたにも関わらず部屋をぐるりと眺めていた。


「この部屋……あの人の現状……過去の出来事……そしてあの人の言う『人殺し』という単語」


 漏れてぶつぶつと並ぶ言葉はスズノカの心のうちに『何か』を引き寄せようとしていた。


(あの人、どうしてこの部屋で暮らしているんでしょう?それにこの部屋、マンションの外観からしてあの人のような人物がとてもじゃないけど買える家には見えませんが――)


 心の内には今はまだ何もないが、彼女は知りたがっているタカカミの過去が少しずつ近づいているように感じていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る