5-3

「ここだ!!」


 言葉を発したのは薬崎だった。

 その瞬間、部屋に飛び込んだタカカミの周囲に無数の光の玉が浮かぶ。


(何!?)


 一瞬だけ動きが止まる。それでもと思い、部屋の奥にいる薬崎に銃を向ける。


「狙ってみろ。その時お前の周りは爆発するぞ!」


 嘘がないとわかるほどの勢いある声が部屋に響く。すると薬崎は警備室にあったもう一つ別の部屋へと難なく歩き始めた。その歩く様はというとタカカミの方を見ずにそれでいてまるで隣の部屋に用があるかのようにして。戦いの真っただ中であるにも関わらず。


(どうする?一か八か……いや、だがしかし俺が死ぬかもしれないのに)


 撃てば倒せるかもしれない。しかし逆にこちらが死ぬかもしれない。そんな状況下でタカカミの内側に揺らぎが生じる。


「じゃあな」


 銃口を向けられながらも薬崎は別室へのドアを開き、ニヤリと笑った。そして無数の光の群れが彼を中心にして爆発を起こした。


「うぉわっ!?」


 爆発の勢いはコントロールしていたつもりだった。それでも爆発を同時に起こせばそれなりの威力はあって隣の部屋に逃げ込んでもその勢いに薬崎は吹き飛ばされそうになる。


「いてて……でも流石に死んだよなありゃ」


 薬崎は体中の痛みをこらえながら立ち上がり、爆風によって膨らんで見えるように変形したドアを開こうとする。


「あれ?」


 しかしドアは変形したせいかうまく開かない。体全体で必死に押し込んでみたがやはり開かなかった。


「くそっ。やり過ぎたか!?」


 何度か体当たりを試みる。しかしドアは微かにしか動かなかった。


「ああもう何で――」


 ふとドアから部屋の方へと視線を向ける。するとそこには木の幹よりも太く大きな蔦がコンクリートの部屋でまるで最初から植えて育てられたかのように存在していた。


「え、なんだ!?」


 幹が縦に裂け、思わず後ずさる男を追うように何かが姿を現す。


「いやぁ危なかったぜ。本当によぉ」


 タカカミだった。響かせるように鳴らす足音で怒りを込めて相手を睨む。


「ど、どうなってんだよ!?お前!?死んだんじゃないのか!?なんだそれは!?」


「いや俺も死んだと思ったよ」


 部屋に一発の銃声が響く。銃弾は天井を抉る。


「あ……あぁ……」


 崩れ落ちる相手にタカカミは見下しながら視線を向ける。


「どう……して」


「ああ。そうそう。それはな――」







 爆発の瞬間まで時は遡る。


(まずい……これはっ!!)


 敵の言う事が正しいのなら光に囲まれている中での攻撃はやめるべきだ。しかし囲まれているという事は――


(逃げ場が……ない)


 絶望する。銃を持った手が震える。


「じゃあな。悪人」


 ニヤリと笑った敵の合図で光の玉は白く輝き、膨れだす。その時だった。


――俺はお前に期待してるんだ


――お前が死ぬべきだ!!


――こんな状況になるなんて想像はつかなかっただろうに


――だけどね。君にも事情があるようにあの子たちにも事情があるのさ


――生きていれば必ずその時は来るさ。自分は生きてて良いってことが


――お前さん、この戦いで何を得てどうするんじゃ?


 脳裏に無数に走った無数の言葉。その中でも最近になって聞いた質問がタカカミの脳裏で最後に再生された。


(俺は……俺は!!)


――俺の復讐を果たすまでは……死んでなるものか!!


 瞬時に地面に這いつくばる。そして数本の深緑の蔦に包まれ、彼はその中へと包まれると蔦ごと地面に潜るように消えた。タカカミは八月に老人が使っていた秘術、『潜地力蔦(せんちりょくちょう)』によって爆発から逃れられていたのだ。彼はというとそのまま下に伸びた蔦で下の階へに移動したのである。





「どうしてくれんだ?この始末?」


 銃口を向けながら薬崎に怒り気味に突っかかる。


「知らねえよそんなのっ!」


 両手を上げながら敵は答える。次の爆発を起こそうとした彼にタカカミは銃撃で答える。足を打ち抜かれて薬崎はその場でのたうち回る。


「はん、引き籠ってれば勝てると思ってたのか?」


 タカカミの問いに絶叫を吐くしかできない彼をじっと見ていた。


「……よし、もういいか!」


 銃を構えて眉間を打ち抜いた。勝負は決した。


「今回は間に合ったか。ホント能力様々だが――」


 前回の老人との戦いを思い出しながら銃を仕舞うと、彼はその手にノートを光と共に取り出して開く。


「終わったようですね」


 どこからかスズノカが現れる。しかし彼女にも目をくれず彼はノートのページを見続けていた。


「転送しますが……何かあったのですか?」


 彼女の質問に彼は無言で返す。


「すみませんそろそろ――」


「一つ聞きたいんだがいいか」


「……なんでしょうか?」


「俺の能力って実質二つあるよな?身体の強化とコピー。なんで俺だけ二つもあるんだ?例外か?」


「そういう考えであれば二つ持ちも例外とは言いません」


「そうなのか?」


 タカカミは驚いていた。自分だけが二つの能力を有しているとその時まで思っていたからだ。スズノカは『はい』と返答して話を続ける。


「欲雨金貨や戦乱大剣がそうです。欲雨金貨は頭上から金貨を発射させるだけでなく巨大化させて盾にしたりできます。戦乱大剣は人々の心の闘争本能のベクトルを操作し、更には剣を持って相手を討つ力を有しています。これ以外にもありますがお聞きになりますか?」


「いや、いい。ならいいんだ」


 タカカミは視線を再びノートに向けた。その時、『あ』と声を出してポケットから手鏡を出すとそれをその場に置いた。


「結局不要だったなこれ」


「使い道でもあったのですか?」


「ん?ああ、曲がり角とかでな。小説でちょうどそういう使い方があってだな――」


 それから少し話をするとタカカミは彼女に転送を依頼し、二人はその場から消えていった。





 爆発の秘術使いとの戦いから二日後、彼は自宅のマンションでごろりとくつろいでいた。


「そういや一昨日の戦いで見たアレ……走馬灯ってやつか?」


 戦いの最中で脳裏に無数に駆け巡った映像の群れ。人生の始めから終わりまでが一瞬のうちに大量に流れ込み、その時タカカミは蔦の秘術を妬心愚者の秘術を通して使えることを思い出し、それによって窮地を逃れたのだ。


「死中に活とはまさにあれか」


 感心しながらも途中に流れていた情報がどうにも気になって仕方がなかった。


――お前が死ぬべきだ!!


「……見てろ。お前たちが間違っていることをわからせてやる」


 ソファーの上で足を叩きつけて鳴らす。

 彼が大いなる力を手にするまで後六人と迫った九月のその日。彼の内側では報復への執念とそれが生み出す喜びへの期待で渦巻いて高まっていた。

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