1-2

「貴方にとって最後の戦いは今述べた日になります」


「……そうか」


 昏仕儀タカカミが『称えられし二十五の儀式』の管理をしている女性、スズノカと出会ってから数日後。スズノカはある人物の元にいた。

 昼、とある墓地。その墓前にて。

 一人黒のスーツを着た男が俯きながらスズノカの言葉に頷いた。墓地には彼女とその男以外誰もいなかった。


「なあスズノカ。俺は……神になったら救われるのか?」


「断定はできません。ですがその力は――」


「なんで断定できない!?」


 怒り気味に男はスズノカに食い掛る。


「それは……死者を蘇らせる事は出来ないと私は以前にお伝えして――」


「そんな事はわかってる!!俺はその力で今以上に誰かを守れると信じているんだ!今も!彼女を亡くした時だって!」


 男は目に涙を浮かべながらスズノカに怒鳴り声をあげる。


「いやもっと前から!皆が……父さんや母さんが俺の前からいなくなってきた時から……この儀式のせいで皆が死んでから!ずっとだ!」

 

「心中は……お察しします」


 言葉を詰まらせながらスズノカは目の前の男を向いて話す。しかし視線はぶれてどうにも定まっていないのか時折男の向こうにある墓石の群れを見ていた。


「その力を持ってすれば、貴方の理想の世界は築けるのは確かです」


 スズノカが申し訳なさそうに答えると男はため息を吐く。


「それでいいんだよ。スズノカ。そうでなきゃこの戦いに……俺が参加した意味がない。皆、相手の能力の実験かなんかで死んじまってさ……」


 零れ落ちた涙をぬぐうことなく男は嘆く。


「……ああ、ごめんよ」


 男は話しかけていたのはスズノカではなく目前にあった墓石。墓石にはココア缶とお菓子が備えられており、両方とも男が持って来たものである。


「じゃあ行ってくるから。待ってろ」


 左手の薬指から付けていた指輪を外すと男はそれを墓石の前に置くとその場を去っていった。指輪は墓前に元から一つあって、これで二つになった。二つは鈍く輝いていた。







――前にお伝えした通り本日が儀式の時です。今回の舞台に移動します。準備はよいでしょうか?


 それは本当に唐突だった。

 今から数分前、彼女のその言葉に『ああ、うん』としか返せず、昏仕儀タカカミは戦いの舞台とやらに自宅のアパートからどこかへと瞬時に転送された。


「ここは……?」


 閃光に包まれ、気が付けばタカカミは閑静な夜の住宅街から森の中へと転送されていた。


「私の持つ秘術、絶対審判によるものです」


「いやそうじゃなくてここどこ!?」


 必死に首を左に右に向けるも辺りは木々に囲まれた森の中。おまけに夜が更けこんで視界は悪いと来たものである。


「今回の戦いの舞台となる場所です。ここで相手の秘術を持つものと貴方が戦って勝ってください」


 淡々と語る彼女の前でタカカミは呆然と立ち尽くしかなかった。

 後にタカカミは知るのだが彼女の持つ『転送』の力はスズノカが持つ絶対審判の能力の一つで、『称えられし二十五の儀式』の進行および管理が可能なのだという。


「にしても暗いな。ここがその……儀式っていうか戦いの舞台か?」


「はい。今回はここで敵を倒していただければ戦いは終了します」


「そうかい」


 スズノカの事務的な態度に呆れながらタカカミは彼女から視線を外し、周囲を見渡した。

 今回の戦いの舞台は何処かの森の中。彼女曰く国内らしいがタカカミにはどうにもそう認識できなかった。周囲は彼の身長の何倍もあろう瑞々しい葉っぱを沢山生やした木々で覆われており、その場所はタカカミには新鮮に見えた。


(工場とか倉庫とか人口の建物ばっかに足運んでいるからなのかなぁ。もらった金でこういった場所行ってみるのも悪くないか?)


 彼は吸い込んだ空気の未知の味に何処か心を躍らせていた。


「それでは開始します。よろしいですね?」


「ああ、いいぜ!」


 儀式の戦いでは一対一の戦いを。タカカミは回数にして十二回これを繰り返して生き残らなければならなかった。

 夜、何処かの山中にて戦いが始まった。


「さて。敵は何処だ?」


 舞台は暗い夜の森の中。視界は悪く、木々によって覆われたその場所で暗闇の中で敵を見つけるのは困難に等しい。タカカミは置かれたその状況にため息を吐く。


(だがそれは相手も同じか。そう簡単には出くわさないだろうが――)


「こいつでぶち抜いてやる!!出てこいクズがぁぁぁぁぁっ!!」


 突然の叫び声が森中に響いた。ぎょっとして辺りを見渡した。するとこちらに何かが近づいてくる。


(な、なんだぁ!?)


 タカカミは咄嗟に近くの木陰に隠れる。森の中ではあるが月光のおかげである程度の視界が確保できていた。そしてタカカミの視界が誰かを捉えた。黒のスーツを着た男だった。

 その男は激昂というより乱心に近い状態で時折叫んでは辺りに銃を撃っていた。後に知るのだが男の名は鉄島純一てつじまじゅんいち。国内有数のやり手の企業の社長の息子にして自衛隊のとある部隊の人間であった男。彼のその手にはマガジン式の拳銃が強く握りしめられていた。当然、銃弾が込められておりその性能は近くの木々に穴を開ける程の威力を有していた。


(あんなの相手にどうやって戦えってんだよ!?あれを能力で生成したってのか?でないと説明がつかないぞ?)


 タカカミはその瞳に相手の男を映す。


(おまけにあんなに激昂しちゃってまあ……恐ろしいったらありゃしない)


 また一発、銃声が山中に轟く。銃にはすぐに弾が込められる。


(弾切れを狙おうにもダメか。さてこいつでどうやるか)


 タカカミは自らの瞳を緑に染める。そしてその視界に鉄島を捉える。


(スキャニング……開始!!)


 タカカミは遠く離れた鉄島を視界に捉え、そのままじっと見ていた。

 ある程度タカカミが鉄島を視界に入れていたがやがてそれを止め、木陰に深く入り込んでノートを開く。


(さて完了までどのくらいだ?)


 その手に持ったノートのページの一端に手を触れる。瞬時に情報が脳に通される。


――実行完了まで後十五秒


(そうかい。あとはこのまま――)


 その時だった。


「そこかぁぁぁぁぁっ!!」


 突如鉄島は後ろを振り向くと勢いよく銃を数発タカカミの隠れている木に向けて放つ。限界まで隠れていた彼はどうにか被弾せずに済んだものの居場所は特定されてしまう。弾丸は彼の隠れていた木の幹をやすやすとえぐって見せた。


(まずいまずいまずい!)


 心臓がバクバクと高鳴るのを感じた。

 距離にして約五十メートル。拳銃の殺傷能力なら十分まだタカカミの命を奪えるであろうその距離の合間は木々が生え、無数の木陰が出来ており鉄島はそれらすべてを見るように視線を動かす。


「お前たちのせいで皆が死んだんだ!!」


 一方でタカカミは無数の木陰の一つに入り込み震えを必死に抑えながらタカカミは鉄島の動向を何とか見ようと木陰からのぞくように見た。


(見たところあれは何人か殺されたんだな。多分だが大事な人たちってのを。皆ってのをさ――)


 鉄島の終始絶えない涙交じりの叫びにタカカミは何処か憐れみを覚えていた。スズノカの話が正しければ既に彼は十一人を殺しており、残りの一人である自分を殺す事で彼はこの殺人のゲームから救われるのだ。


(でもまあそれはあんたも同じだ。殺されたってことは殺したってことだよな!?)


 だが当然ながら殺すという権利を得たことは殺されるという権利を得たということ。彼の場合、口ぶりからしてゲームの過程で何らかの不幸や出来事で家族や恋人が殺されてしまったのだろう。なんと悲しいことか。


「まあ知ったこっちゃないがな。正義の味方で神を目指して……なんというか皮肉ってのかこういうの?」


 タカカミはノートからさらに情報を取り出そうとする。流れ出た汗が手に伝わってノートのページに染み込む。


(よし。これなら――)


 タカカミの得た秘術、その名は『妬心愚者』。それは他の秘術をコピーして自分の者にするという代物。その力によって彼は鉄島の持つ秘術、『鋼鉄正義』をコピーした。


(それじゃあ拳銃をこっちも用意してと――)


 その手に光が収束し、拳銃が生まれる。


(これで……やっと戦える!)


 形状は鉄島とは同じでサイズは小さめ。マガジン式の八発込められる黒色の銃。それを手に取って改めて確認するとタカカミの頬に何かが伝わる。汗だった。


(確かにこれなら十一人と戦えそうではあるな。俺の能力じゃあここまでしか再現できないが……まあ銃ってのは人殺しに最も向いた武器だ。やろうと思えば十一人なんて余裕で殺せるよな)


 銃の重みが彼に得心をもたらす。


(でも銃を作ったし魔力が尽きるまでに何とかしないと)


 ノートが得た情報によれば自分の魔力は残り七十パーセントと記されていた。

 秘術、鋼鉄正義。それは鉄だけでなく鉄を中心に作られた武器や道具をその手に呼び出すことが可能な力。鉄製の物であれば銃やナイフなどはたやすく呼ぶことが可能である。発動時には魔力を最低十パーセント消費する必要があり、更には銃を作るには追加で三十パーセント必要だった。とはいえ銃といえばその殺傷力は誰もが理解しているものだ。


「後はこれで撃つだけだな」


 だからこそ彼は残り魔力を気にせずに銃を作り出した。


――嫌だ!殺すなんて!


――ほかに方法はないのか?


 脳裏に響く悲鳴にも似た声。


(……うるせえ。俺は……やりたくてもやれないことがあるんだよ)


 一呼吸する。心臓の音が全身に響くように聞こえるのを感じながら。


(きっと俺はこの戦いに呼ばれたんだ。神が……どこかで見ている何者かが俺に手を伸ばしたんだ。悪人側での参加ってのが気に食わないがな!)


 銃を握りしめる。向こうから息を荒くして落ち着きなく歩き回っている鉄島を遠くから見る。


(まずは気づかれないように、と)


 タカカミは鉄島に近づくため、木陰からそっと出て別の木陰に直ぐに隠れられる場所へ音を殺して向かう。


(頼むぞ)


 足元の折れた小枝にも視線をやりつつ、敵の視界に入らんとして荒れるその息を必死に抑え込む。誰かを殺す覚悟は持っていたとしても殺されるという覚悟もあるのだ。それと戦っている間、鉄島は泣きながら唸ってばかりだった。


(正気じゃない。これならいける――)


 距離を詰める。木々の影はタカカミに味方していたのかその間は何も起きなかった。その時だった。


――ピリリリリ!!


「なっ!?」


 突如鳴り響いた電子音に鉄島は驚かざるを得なかった。音のなる方を向き、その場へ向かうがそこには一台の折り畳み式携帯電話が。


「じゃあな」


 鉄島の背後よりタカカミが銃弾を数発放つ。銃弾は届いた。撃たれた者はそのまま後ろを振り向いた。


「なっ!?」


「そこかぁぁっ!!」


 振り向きざまに男の銃がばら撒かれるように唸りを上げて銃声を轟かせる。銃弾を避けるためにタカカミは身を伏せた。


――外した!?いや違う。当たったが効いてない。何か薬でもやってるのか!?


 アンプル等の痛みを一時的になくす薬剤が彼の脳裏を過ぎる。


(畜生。思ったより厄介だ。だったら――)


 身を上げたその時――


「逃がさん!」


 鉄島の放った一発の銃弾がタカカミの腹を抉った。


「ぐぅ……!?」


 力が抜けていく感じと共にタカカミは仰向けに地面に倒れる。


(そんな……ここで。終わりなのかよ……)


 倒れる彼に鉄島が近づいてくる。


(死にたくない。死にたくない。死にたくない死にたくない死にたく――)


「これで終わりだ。じゃあな」


 銃弾を放とうとしたその時だった。タカカミが勢いよく起き上がったのは。


「なっ――」


 その瞬間、鉄島は後ろに思わず下がった。


「なんだ!?何が起きた!?」


 気押されたのだ。タカカミが放った異常な何かに。そして視界から姿を消した彼を鉄島は必死に銃口を向けて探す。

 

(どこだ……何処に消えた?)


 木々によって遮られる視界。隠される情報に鉄島はいら立ちを募らせる。


「一体何処から来る?」


 荒れる呼吸に震える手。敵の秘術が未だ掴めずにいる。そんな状況を彼は嘆く。


(一体何だあれは?どんな秘術だ?巨大化?幻術?それとも――)


 脳裏で相手について分析をしていたその時、枝を踏む音が聞こえた。


「え?」


 鉄島の真後ろには血濡れたナイフを持って佇む男が一人。タカカミである。


「……あ」


 彼は木の上に登り、鉄島に向かってその手に作成したナイフを持って後ろを向いた瞬間に飛び降りてナイフで背中を刺したのだ。


――しまった


 今度は彼が地面に崩れ落ちる。だがその時――


「まだだっ!!」


 体勢が崩れる前に意識を目の前の敵に集中してタカカミを掴んで投げ飛ばした。そして地面に倒れるとそのまま動かなくなる。


「てこずらせやがって……だがこれで――」


 鉄島はいつの間にか空を、木々の葉っぱから見える暗い夜空を見上げていた。


「あ……あれ?おかしい?力が入らない」


 動こうとしても動けない。それどころか苦しみすら感じた。よく見れば足元には血の池が広がっている。


(ああそうだ。俺って撃たれた挙句、刺されたんだったわ)


 変に笑った。視界がかすんでいく。世界が逆さに回る。


――ああ、ダメだ……ごめんよみんな


 鉄島は薄れゆく意識の中で仲間を、恋人を思い浮かべ……ついに目を閉じた。開くことは二度となかった。

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