21,これが僕の究極ニートライフ!

 むむっ、むむむっ、右腕がチクチクするぞ。この感覚を、僕は知っている。点滴だ。食中毒にかかったときもこうだった。ということは、ここは病院か?


 つまり僕は、死ねなかったのか……。


「あ、お兄ちゃん起きた!」


 あれ? やはり僕は死んだのだろうか。


 目を開けた途端に視界を埋め尽くしていたのは、仰向けに寝る僕を覗き込む雪姫たん。彼女の飛沫が僕の顔面に降って来たのはこれまで生きてきたご褒美か?


「ここは、天国かい?」


「違いますよ。白衣の天使がいるから天国だと思いました?」


「むむっ、キサマはいつぞやのナース」


「もう、食中毒の次は栄養失調なんて。雪姫ちゃんもアリスちゃんもすごく心配してたんですよ?」


「えっ!? べ、別に私は心配してないし!」


「コイツ、ニートだけどちゃんと自分の意見持ってるし弱い立場の人には優しいんです!! だから、お願いだから……」


「わああああああ!! 真似しないで真似しないで真似しないでくださいお願いいたします白衣の天使さま」


 こ、このアリスが僕を心配?


 コイツもなんだかんだ悪者ではないが、正直なんだか腑抜けた感がして草。


 カーテンが閉まっていて外は見えない。蛍光灯が点いているから、もう日は暮れたのだろう。


「お兄ちゃんお兄ちゃん! 私ね、お兄ちゃんに渡したいものがあるの!」


「渡したい、もの?」


「うん! 12月にね、お姉ちゃんといっしょにつくったの!」


「言っとくけど、私はタブレットとプリンターの操作方法を教えただけだからね」


 はい、と雪姫たんに手渡されたのは、いわゆる萌えキャラクターがプリントされたA4コピー用紙を何枚かホチキスで綴じたもの。やわらかく丸みを帯びた線で構成されたアナログ作画のイラストで、なんとなくアンバランスな部分も見受けられるが、この絵師なら半年も練習すればプロの領域に達するであろう神絵師のタマゴとみた。心を込めて一所懸命に描いたのが伝わってくる。


「こここ、これは、同人誌……!?」


 値段にしておよそ3百円から5百円といったところだろう。それを買っ……いや、つくったって言ったよな……?


「うん! 本当は大晦日までに完成させたかったんだけど、お絵描きって結構むずかしいんだね」


「こ、これを、僕のために? どうして……?」


「だってお兄ちゃん、いつもお迎えに来てくれるし」


 それは頼まれごととはいえ好きでやってるんだ。


「ココア買ってくれたし」


 それは雪姫たんにちょっとだけ喜んでほしかっただけだ。


「やさしいから!」


 やさしい?


「この僕が?」


「うん! だからこんどは私たちからのお返しと、ごほうびあげる!」


「うおおおおおお!! 雪姫たんありがとおおおおおお!! 生きてて良かったああああああ!! あ、アリスも今回は恩にきる。色々と」


「ふん、これからも雪姫のファンでいたかったら面倒事は二度と起こさないことね」



 ◇◇◇



 数日後の夕方、日常を取り戻した僕は雪降る寒空の下、店員と引き取り業者の人間が目を離している僅かな隙を狙いコンビニの裏で売れ残り弁当を漁り、マッポーに逮捕された。


 薄暗く冷え切った取調室にカツ丼は用意されず、何もくれないなら早く解放してくれと願うばかりの時間。


「警察だって暇じゃないんだ。未処理案件が山ほどあって大変なんだよ。もういい加減ちゃんと働いて、メシは盗まず買ってくれ。ハロワ紹介するから」


「ふん、キサマ、僕が貧困ゆえに盗んでいるとわけではないと何度も言っているだろう。売れ残るとわかっていながら品揃え豊富に見せるために大量に仕入れ、廃棄される繰り返しじゃないか。


 いいか、よく聞け。経済動物として育てられた鶏豚牛、野菜や穀物、野生の魚だってみな命なんだ。犠牲になった彼らにとって、地球にとっての悪はむしろ正義の名の下に良識を捨てたキサマらだろう」


「わかった、わかったから、とりあえず働いて金持ちになって色々できる力をつけろ」


「ふん、どうせ働いたってろくに賃金も払わずハラスメントが横行し放題のブラック企業まみれのこの世の中に希望など持てるか。それにな、仮に9時5時で健全な者が集うホワイト企業だとしても、税金は天引きされるだろう。キサマら公務員の私腹を肥やすために何故働かねばならん。


 世の中には僕みたいなニートが山ほどいるであろうが、仕事をしてほしくば公正公平清廉潔白な国をつくれ。それが僕が労働する条件だ! わかったか!」


 バン! と鉄製の机に両手を激しく突き、僕の言の葉を相手に印象付ける。


 善悪が逆転したこの世の中に貢献する気など、僕は微塵もない。雪姫たんのような純真な子たちが、穢れなど知る必要なく、いつまでもそのままでいられるように。かつてそうだった僕や一部の人間が、正直に生きられるように。


 その崇高な理念を忘れたとき、きっと大自然は牙を剝き、地球は自らを守るためにそこで暮らす命を無差別に排除するだろう。


 いくら美辞麗句を並べ立てても労働者からは批判の的になること受け合いの、ニートとしての僕の行動理念。


 そんなのは構わない。僕はこれからも可能な限り人畜無害で、弱き者や地球の味方でありたい。


 労働、法律、決まりごとに縛られず、他者を傷付けず、好きなことをして生きてゆく。それが僕、ボブスレーぱんつ、本名、黎明院綺羅星の究極ニートライフだ。


 しつこいようだが、この世に悪がはびこる限り、僕はニートであり続ける。

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黎明院綺羅星の究極ニートライフ! おじぃ @oji113

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