5,消費期限を確認せよ!
たまに、どうしても甘いものをたらふく食いたくなる。
ケーキにまんじゅう、クレープにアイスクリーム。なんでもいいから甘いものが食べたい。そんなときだった。
ピンポーン♪
呼び鈴が鳴った。チッ、いま家には僕しかいない。部屋から玄関前を覗き、面倒そうな相手なら居留守を使おう。通販の宅配なら受け取ろう。
昼間だけどカーテンを閉めきった薄暗い部屋からこっそり窓を開けてみる。あぁ眩しい。
しかしななんと!! あれは!! あれはーっ!!
僕は大急ぎで階段を駆け降り、客人を迎える。
「おばあさま! 大変長らくお待たせいたしました!」
「あらあら綺羅星くん、いま家に一人なの? これあげるわね」
「はい! 家族は留守にしております! 差し入れありがとうございます!」
訪れたのは近所に住む猫背のBBA、いや、おばあさま。縁の細いメガネ、薄紫に染めた白髪にパーマをかけている。このお方はやたらと人に物をあげたがる有り難い性格で、生活苦を抱える僕にとっては女神さまのような存在だ。基本的に年配者をあまり良く思わない僕ではあるが、このように親切な人には目一杯丁寧な応対を心がけ、自らの利益に繋げる。ニートたるもの、生き延びるには謙虚さも大切だ。
おばあさまがお帰りになり、僕はリビングに立ち寄りパスタを食べるときなどに使うフォークを取ってから自室に戻ってホールケーキが入っていると思しき白い箱を開封する。
『本日中にお召し上がりください』
「えーと、昨夜のアニメはあれとあれとあれとあれとあれだから、今日は火曜日だ」
箱にはケーキお決まりのシールが貼られていたので、昨晩放映のアニメとその話数で日にちを割り出す。
しかし残念ながら中身はホールケーキほどの大きなブルーチーズであった。ブルーチーズとは、簡単に言えば食しても無害な青カビを混ぜた塩辛いチーズである。まあ良い。砂糖をまぶせば塩スイーツに変身だ。
ハァ、ハァ……。思えばここ五日間、並盛のカップ麺のみで過ごしていたから、空腹でどうにかなってしまいそうだ。このタイミングで高カロリーなチーズは有り難い。
「綺羅星、いっただっきまーす!」
僕はチーズに手を合わせ、大きく息を吸ってから無心で貪り食った。
「んんん!? んんんんん!!」
なんだ!? なんだこの味はっ!? 正直言って、非常に不味いッ! 元々ねっとりして発酵食品独特のクセがあるチーズに砂糖をまぶしたのは失敗だったか!?
欲は時に己を破壊する。そう、まるで同人誌即売会での戦を終えて尽き果てた精魂のように。
しかし流石にこれはまずい。色んな意味でまずい。仕方ない。とりあえず牛乳で口直しだ。
チーズをリビングに持ち込み、牛乳と一緒に口に含んで味を誤魔化しながら5分で完食。我ながらアッパレなアイディアであった。が、この後すぐ、悲劇は起きた。
「うおおっ、うえうえうぇげーっ!」
な、なんだこの吐き気と目眩を伴う激しい胸の高鳴りは!? 額から止めどなく滲み出る脂汗。二次元美少女を想う萌え萌えなときめきとは全く異質な、絶望しかない心臓を締め上げられる感覚ッ! 意識がっ、このままでは意識がどんどん遠退いてゆく……。気を、気を取り直さなければッ!
僕はポケットのスマートフォンで文字通り必死に救急車を呼び、玄関の鍵を開けてから、下痢を催してトイレに入って救急隊の到着を待った。
あれから幾億の時空を越えただろうか。案の定、意識を取り戻したときには白い天井が見えた。病院のベッドの上だ。右手には電解液の点滴が射たれている。
「あ、目覚めました?」
視線を左に向けると、そこにはロリとオトナの色気を併せ持つショートヘアの看護師が立っていた。ふむふむ、三次元でありながらなかなか良いではないか。
「もう、消費期限を一年も過ぎたケーキを食べちゃダメですよ? カビだらけだったでしょ?」
「一年……? いや、しかしあれはケーキではなくブルーチーズ……」
「いいえ、ケーキですっ! カビだらけのっ! 救急隊の方がそう仰ってました!」
くっ、こうもキッパリ言われてしまうと否定するのは愚行であろうか。確かにブルーチーズにしては全体がカビで覆われていて、本来黄色いはずの部分は茶色く液だれて異様とは思っていたのだ。
結局ボクは三日間の入院となり、ホールケーキを買うより高い医療費を支払うハメになってしまった。
「消費期限は年号までちゃんと確認してくださいね!」
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