第2話 変換する声は?
僕の心臓は早音を打ち鳴らし、ドキドキと胸が痛い。
再生を起動すれば……
「バグダットの靴磨き……えっ?一ドルもくれるの?」
彼女の声が再生され始める。
周りの喧噪など何も聞こえないほど僕は聞き入ってしまう。
親にも聞かれたくないから、僕はイヤホンをつけてノイズキャンセラーをして、彼女以外の声を排除する。
机の中に入れて録音したため、少し遠くから聞こえてくる。
それでもハッキリと彼女の声だけが僕の耳に伝わってくる。
僕は彼女の声が好きだ。
やっぱり綺麗でいつまでも聞いていたい。
「こっこれで、本当に彼女の声で【おはよう】って言ってもらえるのかな?」
早速、音声変換アプリを操作して彼女の声を録音した再生リストから音声分析を開始する。
分析には少し時間がかかるため、もどかしさと、本当に使えるのか不安で気持ちが落ち着かない。
一時間ほどで解析が終わり、いよいよ彼女の声を変換できるようになった。
「五分も録音できていたんだ。1分で一文に変換出来るはずだ。?
これをこうして、言ってほしい言葉は【テル君、おはよう】だ」
変換される時間は、一分程度なのに凄く長く感じる。
「出来た!!!」
僕は最高の環境で彼女の声を聞きたいと思った。
夕食とお風呂を済ませてベッドへ飛び込む。
今日はこれ以上の楽しみは存在しない。
ノイズキャンセリングを使って耳から入る音を遮断して眠りについた。
興奮して眠れないかと思ったが、アイマスクを付けてスマホも音声変換アプリだけ起動させて他のことをする気力もわかなかったため、いつの間にか眠っていた。
【……よう】
【……おはよう】
【……君、おはよう】
【テル君、おはよう】
!!!!
「はっ!」
【テル君、おはよう】
スヌーズ機能によって繰り返される声が僕を呼ぶ。
「おっおはよう!はっ!」
【テル君、おはよう】
繰り返される彼女の声を止める。
名残惜しいが、いつまでも彼女の声を聞いていたら幸せ過ぎて死ねる。
「ハァ~いい。これメッチャいいじゃん!最高だよ」
ここまでテンションMAXで目覚めたのはいつぶりだろう。
いや、17年生きてきて初めてじゃないだろうか?
「テル~朝からうるさいわよ!!!」
「母さんごめんなさい」
人に聞こえるぐらい大きな声で喜んでしまった。
昨日、録音できていた時間は5分28秒だった。
つまり、あと四回、違う音声に変換できるということだ。
僕は最高のアプリを手に入れた。
最高の気分で学校に登校した僕は教室に入り、意気揚々と自分の席へと向かう。
すると、僕の机に先客がいた。
君島静奈さんが僕の席に座っていたのだ。
僕は心臓が止まるのではないかと思うほど驚きながら席に近づいていく。
「あっ【テル君、おはよう】」
いきなり彼女から名前で挨拶をされて僕は我が耳を疑った。
挨拶もしたことがないのに名前で呼ばれるなど思ってもみなかったからだ。
「あれ?挨拶が返ってこないぞ。もう一度言う?【テル君、おはよう】」
「おっおはよう君島さが」
かっ噛んでしまった。
「あははは、【テル君、おはよう】。ごめんね。席に座っちゃった」
「全然大丈夫だよ」
謝りながら席を立ち、他の友達に挨拶に向かう彼女を見送る。
僕は今日死んでしまうかもしれない。
幸せ過ぎて……
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