第8話 何物にも存在理由はある

 喫茶店を出た翔と咲良は約束通りデートをしていた。具体的に言えば、第三学区のショッピングモールに洋服と日用品を買いに来ていた。


「ところで翔くん。九〇〇万もあの契約に注ぎ込んで、何考えてるの? あれ、たぶん詐欺だよ?」


 洋服店で春物の服を選んでいた咲良は唐突にそんな話を切り出した。


 すると、なぜか翔は目を丸くして、咲良の顔を凝視している。


「……私、なんか変なこと言った? それとも私の顔になんかついてる? もしくは私のこと好きなの?」


「いや、それだけは絶対にない」


 即答であった。


「はあ!? 失礼すぎない!? こんな美少女がそばにいて好きにならないとか」


「自分で言うか、自分で……。てか、怒るポイントが微妙にずれている気がする。……まあ、いいや。ところで、美少女ちゃん。キミ、バカじゃなかったんだね」


「ねえ、ほっんと失礼っ! ばがぢゃないよ!」


「いや、てっきりアホな子かと……。まあ、いいや。なんでお前、あの契約が詐欺だってわかったんだ?」

 

 どうやら翔が目を丸くしていたのは咲良が契約を詐欺だと見破ったことについてらしい。


 咲良は姿見鏡の前で、自分の体にワンピースを合わせながら答える。


「だって、あの人嘘っぽかったから」


 すると翔は、「ほっ」と安心したような声を出し後、


「よかった、ちゃんとバカだった」


「バカにすんなー!!」


「いや、別にお前、あの契約に仕掛けられてた罠に気づいたわけじゃないんだろ?」


「……罠?」




 「あの契約はよくできてるよ。俺がクロックを渡せば黄金に変えて保管してくれて、俺が引き出すときは黄金を渡される。よくできてる。契約するときはそこまで頭が回らないだろうが、これは大事なことだ」


 そう翔は、咲良が試着を行なっている試着室の前で話を始めた。


「? それの何が問題なの?」


 試着室の中から聞こえるくぐもった声に翔は答えを返す。


「大問題さ。だって、引き出すときには黄金を渡されるんだぜ。どうやってその黄金、換金すんだよ? なにせ、黄金を引き出したいと思うのは、クロックが必要なときなんだぜ?」


「あっ、たしかにっ!」


「とすれば貴金属店に持って行くしかないが、正直それも面倒だろ? なら、ずっと奴に黄金を預けたままにしておきたい。幸い、契約終了手続きを踏まなければ、契約は自動的に更新されるんだから。ふつー、そのままにしておく」


 そう言ったところで、試着室の中から春物のワンピースを着た咲良が出てきた。そして、蠱惑的な笑みを浮かべ、ポージングをしながら翔に訊く。


「どう? 似合ってる?」


「ああ、似合ってるよ。咲良って名前にピッタリだな。桜の花みたいに美しいよ」


 などと翔が言うと咲良は頬が赤らむ。それでもなんとか蠱惑的な笑みを作り、


「ふ、ふーん。き、君がそんなことを言うなんてね。まっ、まさか本当に私に惚れちゃったのかなー?」

 「いいや。そんなんじゃねーよ。……俺は予測を立てた。お前はからかうのは好きだが、からかわれるのや直球には弱い。ありていに言えば、いつも攻めだが受けには弱い。なら、シンプルに褒めるのが一番効く。そう思って、直球で褒めてみた」


 すると咲良の顔がさっきとは違う意味で赤くなり、


「あっそ!! 私、もうこれ脱ぐっ!!!」


 勢い良く、試着室のカーテンが閉められる。


「あの契約書、小さい文字で『契約更新時に乙が蔵置する甲の財産の所有権は自動的に甲から乙に移行する』と書かれていた」


「いやいや、さっきの流れで会話を再開できる君の精神構造どうなってんの……」


「お前が訊いてきたんだろ。だから、話を続ける。この一文によって、契約期間終了までに契約手続きをしなければ、契約は更新され、こっちは預けたままの黄金を全部失うことになる」


「じゃあ、どうすんのー? 契約期間終了直前に契約終了手続きをして、利子がたっぷりついた黄金を貰うの?」


「いや、そんなことをするよりももっといい方

法がある。天遊島統治法の総則を使う」


 するといつの間にか着替えが終わり、元の青いブレザーとスカートを身につけた少女が出てきた。


「天遊島統治法の総則?」


「いや、なに『初めて聞いた』みたいな顔してんだよ。携帯端末から見れるぞ……。その第五条と第六条を確認すればいい。よくよく読めば、違和感に気づくはずだ。何物にも存在理由はある。なぜそれが存在するのかを考えれば自ずと答えは出てくる」

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