第9話 明日のために

 さて、頭が痛くなるような話は置いておいて、翔と咲良は洋服店に続き、ショッピングモールの日用品店に来ていた。


「うーん……。わかんないやっ」


 自身の携帯端末で天遊島統治法とにらめっこしていた咲良だったが、そう言って携帯端末を制服のスカートのポケットにしまった。結局天遊島統治法の解読は諦めたらしい。


「まあ、いいよ。どーせ明日になれば全部分かるかなら」


 そう言う翔は商品棚から歯磨き粉を手を取っていた。天遊学園は基本的に全寮制であり、家賃は取らず、冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ、テーブル、ベットなどの生活に必要な家電・家具はあらかじめ用意されている。だが、日用品はその限りではない。


「日用品買い揃えるのめんどくぜーな。風呂道具、歯磨き粉、歯ブラシ、トイレットペーパーetc……。どんだけ買わなきゃなんねーんだよ」


「だね。島の外から持ち込めるものに制限あるから、島の中で買わないといけないからね。せめて入学式の一週間くらい前から島に来れればいいのにね。私たち、天遊島に来たの昨日だよっ!?」


 そう。新入生が島に来るのは入学式前日。その日はホテルで過ごし、寮で生活するのは入学式当日からになる。


「島に持ち込めるのは、来るときに身につけていたものと学園支給の鞄に収まる手荷物のみ。もちろん金目のものである貴金属や芸術品はダメ。この辺はこの島の性質によるところが大きいな。換金性の高いものを持ち込み可能にすれば、課題のゲームバランスが崩れかねないからな」


 そういった理由で、島へ持ち込むものは厳重な検査を通される。


「島に来るのが入学式前日なのも、まあ仕方ねーよ。課題についての説明はある程度学園のホームページやパンフレットに載ってるが、より詳しい説明は入学式で行われるからな。実際、BBRやこの島のルールについては入学式で初めて説明されたし」


 歯磨き粉を手に持ったカゴに入れ、続いてシャンプーを選び始めている翔。


 対して咲良は、またしても蠱惑的な笑みを浮かべ、彼に詰め寄る。吐息が当たりそうなくらい二人の距離は近い。そして咲良は甘い息を吐きながら、口の中で飴玉を転がしているかのような声で歌う。


「日用品買い揃えるのが面倒なら、一緒に住まない? そうすれば色々イイコトあるよ?」


 普通の男子高校ならこんなとき顔を真っ赤にし、おろおろ慌てふためくだろう。だが、奴は違う。


「うん、いいかもな」


 特にドギマギすることもなく、翔はさらりとそう答えた。


 逆に咲良が顔を赤くし、おろおろ慌てふためく始末である。だがしかし、それでもなんとか取り繕い、反撃に出る。 


「ふーん。そ、そうなんだ。そっ、そんなに私と同居したいんだあ?」


「ああ、したいね。ある程度生活用品、消耗品を共有できるのもあるが、何より食費と電気代・ガス代・光熱費が安く済む」


 確かに二人がそれぞれ生活するよりも同居したほうが経済的に考えればいい。


 料理を作るにしても二人分まとめて作れば材料費が安く済むし、夜に灯りをつけるにしても二人が寮の別々の部屋でそれぞれ灯りをつけるよりも、同居して、一つの部屋で灯りをつけたほうが電気代は安く済む。


 理屈的には間違っていない。いないのだが、だから正解というわけでもない。


「よし、なら同居しよう。消耗品は共有でいいとして……、家事は日替わりでいいだろ。問題はベッドだな。もう一個ベッドを持って来るのも手間だし、何よりそんなスペースはないだろう。……仕方ない、同じベッドで寝るか」


 もう咲良は限界だった。


「あー、もうっ。なんで君はそうなの!? 女の子からこんな話持ちかけられたらもう少し喜ぶなり、照れるなりしなさいよっ!!」


 もう咲良は、自身の顔が赤いのを隠す意味も含め、翔に怒ってみる。よくよく考えたらこれも理不尽な話だが。


「いやいや、お前学習しろよ。なんか同じようなやりとりさっきもしたぞ。やっぱりからかうわりに直球には弱いのかよ」


「うるさいっ! 私がからかうのはいいけど君が私をからかっちゃだめなのっ!!」


「はいはい、そーですか。……ところで同居はするの? しないの? 俺的には金銭的なことを考え、是非したい」


 地団駄を踏む咲良を子供をあやすかのように扱いながらも、ちゃんと傷口に塩を塗る翔。


「同居なんかしないわよっ! 翔くんのばかっ!!」

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