第6話 オオカミと赤ずきんと時限爆弾

 「資産の一部を黄金に変えて、それをそちらの金庫で保管しておいてくれると」


「うん、大体はそんな理解で合ってるよ。……この島で流通している『クロック』は日本円にして。クロックは通貨である以上、円やドルへの両替が可能なんだよ」


「約一円と謳っているけど、裏を返せば、価値が一円を前後するということですか。だから、クロックの価値が著しく下がったときに備えて、クロックを黄金に変えておくと。確かに黄金は価格が安定してますからね」


「その通り。理解が早くて助かるよ」


 場所は移り、第三学区のとある喫茶店。翔と咲良、そして翔の目的の人物はテーブルを挟み、向かい合っていた。三人は位置的には、翔と咲良が隣同士で並び、翔の正面に目的の人物が座っている。


 翔の目的の人物は、天遊学園の制服を身に纏った長身の優男だった。天遊学園の制服はネクタイの色によって学年が見分けられるようになっているが、彼のネクタイは二年生を表す黄色だった。ちなみに一年は白色、三年は赤色だ。


「お互いの理解に齟齬がないようにするためにも、もう一度契約内容を確認するよ。お金のことだからね、慎重に行こう」 


「はい、わかりました」


 いまいち状況を把握できていない咲良を置いてきぼりにし、二人の話はどんどん進んでいく。こういうときは、無理に話に入らず、わかっているフリだけして黙っているに限る。


 あとで翔にちゃんと説明させようと思い、注文したカフェラテを上品に飲む。


「まず君には、所有クロックの一部を黄金に変えてもらい、それをこちらの金庫で保管する。基本的には銀行と同じかな。黄金の引き出しはある程度自由に行えるし、もちろん利子もつくよ。より細かい説明は、この契約書を見てほしい」


 そう言い、優男は証券マンや営業のサラリーマンが持つような四角く黒い薄い鞄から書類の束を取り出す。翔はそれを手に取り、内容を確認し始めた。


 一〇分ほど経過したあたりで、優男は翔に問いかける。


「ここまでの説明で、不明な点や聞きたいことはあるかな?」


 翔はまず、注文したブラックコーヒーを一口飲み、落ち着く。コーヒーカップを手にとってから、それを元に戻すまで約三〇秒。その間に今読んだ契約書の内容を整理して、すぐさま疑問点を弾き出した。


「……じゃあ二点ほど。一つ目に、万が一保管している黄金を引き出せない場合の対応について。二つ目に黄金の保管場所とその警備について。説明をお願いします」


 すると優男はすぐさま答える。彼の手元にあるアイスコーヒーはまだ手をつけられていない。


「一つ目の質問の回答として、君が引き出しの手続きを済ませてから一二時間以内にこちらが黄金の引き渡しが完了できなかった場合、こちらから君に違約金として、君が引き出そうとした黄金の価格のその三倍を一ヶ月以内に支払うよ。……次に二つ目の質問の回答だけど、それはこれを見て貰えれば早いと思う」


 そう言って優男が鞄から取り出したのは一枚の地図と写真だった。地図は天遊島の沿岸部、より詳しく言えば物資の玄関口たる港湾地帯を示しており、写真もそこの様子を映し出している。翔は自分のブラックコーヒーを、咲良の方に押しのけ、自分の手前に受け取った地図と写真を広げる。


「港湾地帯のコンテナの一部を金庫代わりに使っているよ。港湾地帯は行政が管理・警備を行なっているし、うちが使っているコンテナの周りには監視カメラを多数仕掛けているから安全だよ」


「それなら安心ですね」


 翔のその言葉を聞くと、優男は自身の携帯端末を、鞄からタブレットを取り出した。


「納得してもらえたならなにより。なら、次に手続きを済ませてもらうよ。このタブレットに入っている契約書にサインしてもらったあとに、君の端末からこの端末にクロックを移すよ。そうすればあとはこっちで、クロックを黄金に変えて保管しておくよ。契約期間はちょうど一年だよ。その期間内なら自由に黄金を出し入れできるけど、契約終了手続きをしないと契約は自動的に更新されるからね」


 優男はそこで、一度区切った。そして、


「そうだ、訊くのを忘れていた。まず最初にいくら分を黄金に変える?」


 翔はまず出されたタブレットにタッチペンでサインし、指紋や網膜認証などの生体データによる登録を済ませた。その後、自身もポケットから携帯端末を取り出し、いくつかの操作をする。


 そして、ひと段落ついたところで、翔は顎に右手を当て、思案する。


 彼は咲良の方に寄せてあったブラックコーヒーを手に取り、その残りを飲み干す。


「そうですね……。今の手持ちが一〇〇〇万なので、そのうち九〇〇万を黄金に変えてもらいます」

 

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