序章 契約の悪魔

第2話 入学式

 その果てはないんじゃないだろうかと思うくらい青い、青い空だった。

 

 天蓋翔は閉じていた目をうっすらと明け、そんな青い空を見て、また閉じた。黒い髪に色の抜けた瞳を持つ彼の耳にはヘッドホンが付けられており、青いブレザーに包まれた身体はそれなりに引き締まっている。

 

 彼は入学式をサボタージュして、天遊学園てんゆうがくえんの体育館の扉の外側に設けられた三段ほどの段差に腰掛けていた。天遊学園の入学式は、学園の敷地内ではなく島にあるコンサートホールを使い、行われている。入学式当日とあって、学園の門は開いているが、教員も生徒もほとんどいない。部活の生徒すら見えない。

 

 翔は目を機嫌悪そうに開け、徐にズボンのポケットからケータイ端末を取り出したかと思えば、いくらか必要な操作をし終えるとそれをしまい、また瞼を落とす。さっきからこの一連の動作をもう三度も繰り返している。

 

 そんなこと彼に近づく影が一つ。


 「君、何してるのー?」

 

 春の花を思わせる、胸の奥が締め付けられような切ない香りがした。

 

 声の主は、つやのある長い黒髪の先端をほんのりピンク色に染めた、翔と同じ青いブレザーとスカートを身につけた少女だった。


 「あァ? 誰だ、お前。二、三年かー、…いや違うな、一年か。何やってんだよ、今頃一年どもは入学式じゃねーのか」

 

 耳のヘッドホンを外し、翔は応じる。


 「いや、君も一年でしょ。君こそ入学式をサボタージュして、こんなところで何をしているのかなー?」


  腰に両手を当て、少女は翔にそう訊いた。


 「ほっとけ。なんだっていいだろ」


 「入学式は出ないとダメなんだよー。これからの高校生生活の『ルール』を説明してくれるんだから。ゲームで言うところのチュートリアルだよー?」


 「うるせー、俺はゲームはチュートリアル飛ばす派なんだよ」


  どうもこの少女の上からの物言いが気に入らないのか、翔の不機嫌さはさらに加速する。なので、少し嫌がらせをすることにした。


「俺の最初の質問に答えろよ。お前こそ入学式に出ないで何やってんだよ」


「私は、君を探してたんだよー」


「……は?」


 思考が凍った。翔は今の彼女の発言を振り返ってみる。彼は、彼女の発言を文字列として理解するのに数秒、その意味を理解するのにさらに数秒を要した。

 

 そして、それを踏まえた上で


「お前、何言ってんの?」


「そのままの意味だよ。コンサートホールで、入学式直前になっても生徒が一人足りないって先生たちが言ってたから、その生徒を探しに来たんだよ。結局、見つけられたのは入学式が終わる頃だけどね」

 

 呆れてものも言えないとはこのことだった。お人好しというか、バカというか。


「それで自分も入学式出れなきゃ世話ないだろ。それに俺は入学式は出てないが、『ルール説明』はちゃんと聴いてたんだよ。コンサートホールに仕掛けた盗聴器とこれでな」


 そう言い、翔は首にかけたヘッドホンを右手の人差し指でコンコンと軽く叩く。


「えっ? それって犯罪じゃ」


「犯罪じゃねーよ、盗聴自体は。まあ、ここでは犯罪も何も、あってないようなものだけどな」


「???」


 頭の上にハテナが浮かぶ彼女はほっておいて、翔はその場を後にしようとする。


「いや、ちょっと待ってよ。別に恩着せがましくするつもりはないけど、せめて君の名前くらいは教えてよ」


「は? お前、捜索者の名前も把握せずに探してたのか?」


「うん、だって私が勝手に探してただけだもん。……それはそうと。私は赤川咲良。咲良でいいよ」


 内心めんどくさいやつに目をつけられたと毒付きながらも、結局は自業自得だと思い至り、翔はどうしようもなく苛立つ。


 が、それでも一応だ。


「……翔だ」


 そう答えた。


 すると咲良は子犬のように目を輝かせ、嬉しそうに言ったのであった。

「よろしくね! 天蓋翔くん!!」

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