<result>


「ロンダさん……」


扉は出現した。


巨塔ヘドロフォンデュは消滅した。

フロアを満たしていた墨色の沼も跡形もなく消え去り、俺達が勝利をしたのは明らかだった。


「ロンダさん!!」


ただ一点だけ。

ロンダが目を覚まさないことを除いて。


今、ロンダは俺の目の前で仰向けに横たわっている。

目は閉じられ、穏やかな表情のままピクリともしない。


ロンダは……死んだのか。


俺はロンダのすぐ側で膝をついた。

信じたくない。受け入れられない。


先程の戦い、彼女にはある作戦を授けた。「ファイア」+「リフレクト」のコンボ攻撃。

彼女には己の身を守る術があったハズだ。しかし今こうして起き上がらない以上、「リフレクト」では爆発を防ぐことが出来なかったのか。


「ロンダさん……」


俺はそっと彼女の頬に触れる。


俺の判断ミスで彼女は爆風に焼かれ、苦しい最期を迎えたのか……。


「にしては、やけに綺麗だな」


思ったことが、思わず口に出た。


爆発で死んだにしては、何か綺麗すぎるような。体はどこも損傷してないし。ゲームの世界だし、傷の表現なんてこんなものか?


そういえば、ロンダが死んだのにゲームオーバーの通告もない。

俺はこの後どうすれば。二人いないと進めないのがルールなら、ロンダが死ねば俺も死ぬのが道理だ。

ということは俺はここで自害する必要がある?


視界の端でロンダの剣が転がっている。無機質な金属の輝き。

俺は血の気が引いた。


「ロンダさん……。お、俺に勇気を……」


「ん」


「ん?」


その時だった。

ロンダの目が、パチリと開いた。


「ロンダさん!!」


「……勇者様?」


ロンダは跳ね起きると、俺に全力で抱き付いた。


「勇者様!!」


「ロンダさん! よかった!」


「勇者様っっ!!!」


ロンダが俺の腰を強く締め付ける。

ロンダの生命力を直に感じ、俺も強く強く抱き締め返した。


よかった。自害しなくて。


「ん?」


「どうしました」


「何か固いものが当たってる」


「え?」


抱擁を止め、ロンダは自らのシャツを捲った。

シャツと腹筋の間には、ヒビのはいった茶色い陶器が挟まれている。

ロンダが陶器に触れると「ピキッ」と音を立て、陶器はバラバラに崩れ落ちた。


「なにこれ?」


俺は疑問に思った。


「これ、土の器」


「土の? あっ?! ああ~!!」


ロンダが疑問に返答し、俺は合点がいった。


6Fのショップで購入したアイテム「土の器」だ! やたら高額だったやつ。

あの時は誤タップで購入してしまい、本気で返品希望するも叶わず、妖精さんを心底憎んだ。

効果が分からないアイテムだったため、存在そのものを忘れていたが……。


「致死量のダメージを受けた際、一度だけ身代わりになってくれるアイテムだったんですね」


「そう」


バラバラになり、役目を終えた土の器を見て、俺は妖精さんに心の中で謝った。

あの時は怒鳴ってごめん。ありがとう。でも次はちゃんと説明しろよ。


顔をあげると、ロンダが俺のことを見ている。

目と目が合い、俺の心臓はしゃっくりのようにびくついた。


さっき、勢いとはいえ思いっきり彼女を抱き締めた。彼女も望んだことだろうが。

それに戦ってる時、キ、キスもした……ような気がする。


俺達は見つめ合ったまま、静止した。

もしかしてこの雰囲気は……。


「ロンダさんっ」


「行こう」


「はいっ」


俺がロンダに手を伸ばす寸前、彼女はスッと立ち上がり、扉へ向かい歩き出した。


いかん、俺だけ浮かれすぎか。

よく考えればここがゴールと決まったわけじゃなし。次のフロアに気を引き締めなくては。




扉をくぐると、予想に反してその先に階段はなかった。


目の前には学校の教室くらいの空間が広がっている。

空間の中央は謎にライトアップされていた。

何の光だ?地面から照明が立ち上っていて……。


あ、ゲームでお約束のアレか。

離脱するワープポイント。

あの光の上に乗れば、に転送される。


って?


そんなのは本能的に理解していた。


「……ここが、ゴールですね」


「そうだね」


ロンダが光の元へ近付いていく。

俺もその後ろを黙って着いていった。


光に入る、その直前。

ロンダは左手を水平に伸ばし、立ち止まった。

俺はその左手に従い、歩みを止める。


ロンダは振り返ると、照れ臭そうに笑った。


「……勇者様。ここまで本当にありがとう」


「いや、こちらこそ。何から何までやってもらって」


俺も微笑み返し、素直な気持ちを話した。


「最初は何がなんだか分からず……ロンダさんに沢山迷惑かけました。結局スキルの選択も完璧とはいかなかったし……」


スキルの選択。補助役サポーターの俺に与えられた役割。


「あっ」


急に、一番謝らなくてはいけないことを思い出した。


「その、ごめんなさい。これはマジで」


「何?」


「その……強化しました。バ、バ、バスト」


「何て?」


「バスト強化してすみません!!」


俺は顔からファイアを出した。


「あっ、何言ってるか分からないです? いや分かってますよね? だってスキルは説明しなくてもロンダさん理解してたんだからつまり俺が言わなくてもそんなの知ってるってことやめて説明させないで!」


ロンダは目を開いて話を聞いてたが、合点がいったようで、自らの胸に手を当てた。


「これ?」


「そうそれそれそれ! ほんともーすみません間違いだったんで……」


「私も欲しかったからいいよ」


「えっ」


俺は唖然とした。


「あっ」


ロンダも唖然としてた。


「……今のは、無し、で」


「……はい」


お互い、聞かなかったことに。


「いやその、私お礼が言いたくて……」


「あ! 遮ってすみませんでした」


「ううん、私も話すの苦手で」


ロンダは手の平を合わせ、閉じたり開いたりしている。


「トレミシアではずっと、ママとパパ以外と話さなかったし……」


「!」


以前、彼女は故郷トレミシアを守るために戦っていると言っていた。


「でもこれからは、きっと沢山の人と話すことになると思う」


「どうして?」


「だって勇者様と会って、ナイトメアを倒したんだから」


「……これで故郷は救われたんですか?」


「ううん、まだまだこれから。もっともっと戦うことになる」


ロンダの目は伏せられ、次に開いた時には鋭い輝きを放っていた。


「勇者様、次もお願いします」


ロンダは一礼し、最後にとびきりの笑顔を見せてくれた。

そして一歩後退し、光に包まれた。


「あっ」


俺は慌てて飛び出し、彼女の手を掴もうとする。


だがそれは叶わず、俺の目の前でロンダは消えた。


俺自身も光に包まれるなか、最後に見せたロンダの笑顔が頭に焼きついていた。


俺なんかに感謝してくれた。


今まで世の中で何の役にも立たなかった俺に、心の底から笑いかけてくれた。


あの笑顔を覚えていれば、俺はこれから先の何があったとしても頑張れるだろう。


そして彼女の最後の言葉。


「次もお願いします」。


この言葉も胸に留めてこの先の人生何があっても頑張る……


ん?


お願いします?


次って……どういう意味……


その時、俺の視界は真っ白になった。



俺の目が、覚めたのだ。






―――――<result>―――――


ダンジョン(初級):クリア


■今回選択した強化


1F:「ファイア」習得

2F:筋力強化

3F:バスト強化

4F:剣技「アロー」習得

5F:剣技「ダブルアロー」習得

6F:(無し)

7F:「臥薪嘗胆」習得

8F:「アロー」範囲強化

9F:剣技「リフレクト」習得


■合計獲得ゴールド


1390G


■評価


…… 「A」ランク




「おめでとうございます。


『トレミシア市:ベント』が夢亡ナイトメアから解放されました」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る