SKILL:2 ロンダの長い一日

ロンダ ー快晴の朝ー


ロンダが目を覚ますと、心配そうに覗き込む母の顔があった。


「ロンダ、おはよう」


「……ママ」


「気分はどう?」


視界には木造の天井が広がっている。枕からは私の匂いがして、毛布にくるまれてとても暖かい。


ここは私の家で、私のベッドだ。


「辛くないかい?」


「うん大丈夫……。ママ……あのね」


「心配したんだよ。何時になってもあんたが神殿から帰ってこないから、あたしも父ちゃんも大騒ぎしてさ」


「目が覚めたのか」


父の声だ。


「ああ、大丈夫だって!」


「良かった」


目尻の皺を深くして微笑む母。普段より少し高い父の声。


間違いない。我が家だ。


私は無事、あの場所から生きて帰ってこれたのだ。


「神父さんが昨夜突然訪ねてきて、あたし本当に驚いたんだから」


「ママ、パパ、心配かけてごめん」


「謝らないで。ロンダ、母さんはあんたが無事ならそれでいいんだよ」


母が私の頬を両手で撫でる。ラヴァンドラ油の仄かな香りが鼻を抜けた。


「そうだよ。村のためにいつも頑張ってるって、父さん達はちゃんと分かってる」


窓から射し込む太陽光から、今の大体の時刻は読み取れる。

父はいつもならこの時間、仕事に出掛けているハズだ。なのに今日は家にいる。

私が倒れたから。


私を心から心配してくれる両親。

そんな両親の優しさに、ようやく報いることが出来る。

私の視界はしっとりぼやけた。


「でも、頑張りすぎたのかもね。神殿で祈れば勇者様が現れるといってもさ……」


「勇者様が夢亡ナイトメアを倒してくれるんだろ。勿論俺も信じている。けどもしかしたら今は時期が悪いのかも……」


「そうだね。ロンダ、お祈りはちょっとしばらくやめといた方がいいかもね……」


「勇者様に会ったよ。私」


「え」


「ロンダ、今何て」


「私、勇者様と倒した。夢亡ナイトメアを倒したよ」


母と父の瞳孔が開いた。


「待ってくれよロンダ。あんた、今の今まで寝てたのよ……夢を見てたんだよ」


「待て、神父様が確か仰っていたよな。勇者様はに現れるって。ロンダ。ロンダは夢亡ナイトメアと戦ったんだね?」


私は静かに頷いた。

母は信じられないという表情で私と父の顔を交互に見比べる。

父は顎髭を落ち着き無く触っていた。


「と、父ちゃん! 皆に知らせないと……!」


「……待て、待て」


しばしの沈黙。私は不安になり、父の目を見た。

視線に気づいた父は心を決めたようで、私の目を真っ直ぐに見返した。


「ロンダはここで待ってなさい。父さん達はちょっとベントを一周してくる」


「わ、私も行く……」


「いい! 父ちゃんと二人で行ってくるから! ロンダは朝ごはん食べてなさい!」


そう言うと、父と母は家を飛び出していった。


閉めきれてない扉から、隙間風が吹き込んでくる。

隙間風はキッチンを漂う朝ごはんの匂いを私に届けた。


これは、ラバンドのスープかな……?

最後の一羽だったのに。私が倒れたから……。


私は布団から起き上がると、のんびり着替え始めた。


ママとパパ、驚いてたな。

無理もないか。


夢亡ナイトメアを倒した」。

その私の言葉が本当なら。

ベントに住む何百という命が救われたということ。

それはつまり、トレミシア復興の兆しを意味する。


「ふふ……」


私はさっきの両親の慌てぶりを思い出して、口許が緩んだ。


パパ、きっと半信半疑なんだろうな。

只でさえ娘が病的な神殿通いだったのに、夢亡ナイトメアを倒したなんて言い出したもんだから。


でもこれは全部真実。

私は勇者を見たのだ。

私と共にダンジョンへ立ち向かった、あの男の姿を。


顔は既に思い出せない。会話の内容も、どうやって戦ったかも曖昧になってきた。


だがこれだけは分かる。


私達は共に戦いへ挑んだ。


腹を刃物で刺された痛みも、毒で全身を侵された苦しみも。

夢だったが、あの辛さだけは現実だった。


……そういえば。


着替える途中、私は自分の上半身をまさぐった。


「……ない」


全部脱ぎ、念入りに目視もしたが、私の胸部はいつも通りだった。


……本当に、厄災は消えたのだろうか。


私は心底不安を覚え、着替えるやいなや朝食も忘れて外へ飛び出した。

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