10F

俺達は10Fに足を踏み入れた。


フロアの中心へ向かって一歩、二歩……そこで俺の足はぴたと踏みとどまった。

隣を見ればそれはロンダも同じ。

俺達の足元……その一歩先には巨大な影が不気味に広がっていた。


だが、歩みを止めるわけにはいかない。

息を吸う。視線はゆっくりと影を辿る。

影の大元を確認しなくては。


はフロアの中心に生えていた。


聳え立つ黒い塊。


初めは「ピサの斜塔」を連想した。

何段もの階層が積みあがった、天井に届かんばかりの巨大建造物。

線のように細い柱が段と段の間にびっしり生えている。


だが瞬きをすると、今度はそれが「チョコレートフォンデュ」に見えた。

噴水のように天辺からチョコレートが湧き上がる……楽しいやつ。

柱に見えたのは絶え間無く流れ落ちる液体だ。上の段から下の段へ墨色の液体が流れ続けている。


俺は奴の影へと一歩、慎重に踏みこんだ。


「ロンダさん、あれがーー」


火斬弾ボルカニックストライク


ロンダは駆けるように踏み抜いていた。

燃え盛る斬撃が黒い巨塔に炸裂し、破壊箇所から黒々しい液体が飛び散った。


ロンダは更に前進し、剣をがむしゃらに振り放つ。


「ダブルアロー!」

「ダブルアローー!!」


死の連撃。

ぶしゃあ! という勢いと共に巨塔が弾ける。

破片が飛び散り、黒い液体が跳ね返るのも気にせず、ロンダは剣を振るった。


「うらぁぁぁあああっ!」


ロンダの剣に、気迫がこもる。


「……っ」


彼女が振るう剣と同じくらい、俺は自分の心臓の鼓動が速くなるのを感じた。


ーー何か妙だ。


幾度も斬撃を浴びせられながら、巨塔は何も反撃してこない。

何故? ダメージが入ってないのか?


いや、確実に表面は破壊できている。


反撃が無いなら無いで、楽に倒せるかーー


「ロンダさん! 上だ!!」


俺は喉を全開にして叫んだ。

ロンダは咄嗟に後ずさり、顔を上げる。


その瞬間、ドオオンと爆発が起きた。


「ロンダさん!!」


俺は右手を前に伸ばすも、反射的に引っ込めた。

熱い!

爆発の熱波が一呼吸遅れて到達する。


ロンダが俺の隣に飛び退いて来たのもほぼ同時だった。


「無事ですか!」


「リフレクトを使った」


ロンダは勢い余って少しよろけるも、怪我は無さそうだった。


そうか、剣技「リフレクト」。

9Fで手に入れたレアスキル。


どういうスキルか俺には分からなかったが、ロンダ自身は他のスキルと同様、習得と共に理解していたらしい。


「リフレクトは敵の攻撃を防御出来るんですね。今みたいな攻撃も」


今の攻撃……あの巨塔がロケット花火を発射した。

ロケットは塔の天辺から発射されたのを俺は見た。根本で攻撃に集中しているロンダには気付きようがない。

見た目はロケット花火でも、威力は正真正銘の爆弾。直撃すれば一巻の終わり。

俺の叫びが届いて本当によかった。


「ごめん。私が早まった」


「何がですか」


「奴を一目見て嫌な予感がした。早く倒さなければ不味い、ような……」


ロンダは俺の方を見なかった。


「けど、もう少し様子を見るべきかもしれない」


歯切れこそ悪いが、普段無口なロンダからの作戦立案。

常に思い切りよく戦う彼女が……迷っている?


「ロンダさん、早く倒さないと不味いと感じたんですよね」


「……うん」


「その勘は正しい」


俺は彼女よりも前に進み出た。

ちゃぷ、ちゃぷと音がなる。

黒い液体が波打ち、靴を汚す。


「この液体、フロアを覆い尽くしますよ」


黒い巨塔は墨色の液体を絶えず噴き出している。

床に溜まった液体は奴を中心に、円状に広がり続けていた。


「ロンダさん、少し顔にかかってますが。平気ですか」


「……少し痺れる」


やはり、毒。

ダンジョンの途中にも毒を出す怪物がいた。あの時は大した障害じゃなかったが……


「あのヘドロのチョコレートフォンデュは……」


「何て?」


「……巨塔ヘドロフォンデュはギミックボスです」


ギミックボス。RPGの概念だ。


「通常のボス」は敵と味方が交互に攻撃を行い、先にHPがなくなった方が負けという通常のルールで戦うのに対し……

「ギミックボス」は例えばその戦いに時間制限が設けられたり、そもそもボスは攻撃を行わなかったり、変化球のルールが設定されている。


ロンダと巨塔ヘドロフォンデュのやり取りをみて、このフロアのギミックを確信した。


「このフロアはいずれ毒で満たされる。そうなれば逃げ場はない。俺もロンダさんもゲームオーバー」


俺は冷静に、しかし早口で捲し立てた。


「この戦いには時間制限がある。だから一刻も早く倒す必要があります。ロンダさんの最初の方針でいきましょう」


「……分かった」


強ばっていたロンダの肩が少し落ちる。

自身の判断に間違いがなかったことを知り安堵したのだろう。


「気を付けなくてはいけないのが、奴に近づけばそれだけ毒を浴びる事」


「……応急薬がある」


右のポケットを触るロンダ。


「けど、一本だけです」


「ならやはり、時間との戦い」


言い終えるとロンダは視線を敵へ定め、毒の沼へと歩を進めた。


緊張の最中、迷いのなくなった彼女の後ろ姿に、俺は一瞬目を奪われた。


「勇者様は下がっていて」


「たっ、頼みます」


俺は小走りで後退した。


この戦い、俺が出来ることはここまでだ。

毒沼が広がり続ける以上、俺は出来るだけ壁際に寄り添うしかない。

毒を回避して、ロンダが巨塔ヘドロフォンデュを倒すのを信じて待つ。

俺にはもう、それしかないのだ。


ロンダの孤独な戦いが始まった。




「ダブルアロー!」


何十回目かの斬撃が命中し、破片が水飛沫を上げた。

巨塔ヘドロフォンデュは依然として高く聳え、黒い液体を途切れることなく流失している。


洞窟のダンジョンは、既に漆黒の沼地へと変わり果てていた。


「ロンダさん……」


俺は壁にもたれ掛かり、がに股で毒を凌いでいた。

沼地はとうに壁まで迫ってきており、毒の波がロンダと奴との戦闘の激しさを伝えてくる。


彼女の動きは……健在だ。

体は毒で麻痺しているだろうに、剣の振りは途切れることがない。

疲れて鈍るどころか、むしろ益々洗練されてるようだった。


「まだか……まだなのか……」


一方で、俺は一人膝をガクガクと震わせていた。


毒が体に回ったからではない。

焦り、不安、苛立ち。

今の俺にはあらゆる負の感情が覆い被さっている。


手始めに、迫り来る毒の波が俺の焦燥感を煽った。

毒々しい墨色の波が、ぱしゃっと俺の靴にかかる。

その瞬間俺は呼吸を忘れ、ただごくりと息を呑んだ。

一度乱れた呼吸は元に戻らず、俺はただじっとしているだけでぜえぜえと息を切らした。


焦燥感は恐れを生んだ。

このまま耐えていれば、ロンダがいつかボスを倒してくれるという希望。

本当にそうだろうか?

希望なんて本当はゼロで、ロンダが先に力尽きてしまうんじゃないか?


馬鹿か。俺はただ信じて待つしかないのに、何を疑っているんだ。


しかし、体が。


俺の言うことを聞かない。


膝は削岩機みたく振動し、息はパンクしたタイヤチューブみたいにスースーする。


恐れは全身を満たし……

そして苛立ちが爆発した。


「俺だ……全部俺が悪い!!」


俺は泣いた。


「ボスがこんなに火力を要求すると分かってたら、もっと彼女の筋力を強化すればよかった!」


自分の不甲斐なさが悔しくて泣いた。


「アローの範囲を強化したり、防御のスキルを取るより、たくさん火力を上げればよかったんだ! 買い物だって失敗した! 俺が、俺が馬鹿なばっかりに、二人ともここで終わるんだ!!」


俺の心はロンダへの謝罪でいっぱいだった。


「ごめん! ごめんロンダさん!!」


俺は顔を上げた。

ロンダは今……


ドオオオン!!


「あっつ!」


その時だった。

巨塔ヘドロフォンデュのロケット花火がロンダに炸裂した。


「ロンダさん?!」


煙が立ち上ぼり、一瞬ロンダが視界から消えた。


爆発して塵になった?


しかし煙が晴れるとロンダは平然とそこに立っていた。

そしてまた巨塔ヘドロフォンデュへの攻撃を開始した。


「リフレクトで防いだか……」


俺は安堵した。

そしてある違和感に気付いた。


「!?」


さっきまで、ロケット花火であんなに煙が立ったか?

ロンダが視界から隠れる程の煙が。


俺はロンダの、更に頭上を凝視した。


増えている。


巨塔ヘドロフォンデュの天辺から生えるロケット花火。初めは一本だった本数が、今はになっている。


これって……。


「だ、第二形態……?」


はは、と笑いが溢れた。


ロンダの攻撃は、届いていた。

その証拠が、巨塔ヘドロフォンデュのロケット花火の増殖。

更なる攻撃モードへの移行だ。


標的をまずは長時間毒に浸し弱らせる。そして第二形態に移行したらロケットを乱射してとどめをさす。

それがヘドロフォンデュの戦略なのだろうが……


残念だったな。

ロンダには剣技「リフレクト」がある。ロケットで倒すのは不可能だ!


ありがとう、過去の俺!

防御スキルを取ってくれてありがとう!


さっきまで泣いて喚いたのが馬鹿みたいだ。


俺のメンタルは今や完全に回復していた。


何故なら俺はしたからだ。


ロンダは気付いているのだろうか。

この好機を。千載一遇のチャンスを。


「ロンダさん! ロンダさん!!」


俺はがなり声を上げたが、ロンダは振り向かなかった。


彼女は一心不乱に剣を振っていた。

その一振は正確だった。


しかし彼女の剣にずっと宿っていたが無かった。


俺はその時はじめて気付いた。


ロンダはとうに限界だったのだ。

俺が限界になるより、もっとずっと前から。


体は毒で浸され、目の前には斬っても斬っても倒れない敵。

焦燥感も、恐れも、俺が感じたより何百倍ものストレスが彼女を襲ったハズだ。


先程、彼女の剣が洗練されているように見えた。

しかしそれは大きな間違いだった。


彼女は「考えること」を止めて無心で剣を振っていたのだ。

ロケットがくればリフレクトで防ぎ。

それ以外はずっとアローで攻撃。

心の無い機械のように、ひたすら同じ行動を繰り返す。


そうすることでしか、彼女は自分を保てなかったのでは?


「やっぱり、俺が全部悪いじゃねえか……!」


『ごめんロンダさん!』なんて言っておいて、俺は本当の彼女を見ていなかった。

あれはただ、現実逃避で謝るフリをしていただけだ。


俺はロンダから目をそらしてはいけなかった。

彼女を応援して、彼女の勝利を信じてなければいけなかった。


諦めちゃ、ダメだったんだ。



このダンジョンのルールは既に理解している。


ロンダは攻撃役アタッカー

俺は補助役サポーター


ロンダにしか敵は倒せない。

俺には回復や強化しか出来ない。


役割を変えることは不可能で、俺に出来ないことは山ほどある。


でも、それでも。


不可能じゃないことも、山ほどあるんじゃないのか。


「そうだ。『諦めない』ことは……不可能じゃない!」


俺はヘドロの沼へと飛び込んだ。




バシャシャシャシャシャ……


「……アロー」


ヘドロの瀑布が轟音を鼓膜に響かせる。


ロンダの剣技は、何百回目の傷跡を巨塔ヘドロフォンデュに刻んだ。

だが、ロンダには全くダメージを与えた実感が湧かない。


「……もう、いいよね。私……頑張ったよね……」


ずっと、手の感覚がない。

足の感覚も。

剣を振るのは、体に染み着いた動作を脳の信号で繰り返しリピートしてるからだ。


首から下が、もう別人みたい。


ドシャシャシャシャシャ……


今、唯一感覚があるのは耳と、あと鼻。

ヘドロの悪臭は既に慣れた。


目もちゃんと見えるが、しかしどうにも瞼が重い。


「すぅ……、ふぅ」


いつの間にか、剣を振るのも止めてしまっている。


「大丈夫…………諦めるのは、得意…………だから」


バシャシャシャシャシャ……


バシャッバシャッ

バシャッバシャッ


バシャッっ!!


「ひゃっ!!」


足首が、熱い!!

閉じかけていた瞼がカエルのように跳ねた。


「……」


「え?」


ロンダは振り向いた。

誰もいない。


「ロンダさん……」


声は足元から聞こえる。

下を見ると、ヘドロまみれの茶屋がロンダの足首を掴んでいた。


「ゆ、勇者様……」


「あっ……あ……」


茶屋はロンダの腿をずるずる伝って上体を起こした。

そしてロンダの右ポケットを叩いた。


「応急……薬」


「!!」


応急薬。ロンダはその存在をすっかり忘れていた。

これを飲めば、毒が少し和らぐ。


だが、手足の動かない今、そもそも飲むことが出来ない。


「……体、動かない?」


茶屋がバシャバシャと音を立てながら膝をついた。


「ふふ……、ふふふ……」


そしてゆっくり、ゆっくりと立ち上がると、ロンダのポケットから応急薬を取り出した。


「む、無理しないで……」


ロンダは失念していた。

当たり前のように現れたがこの男、勇者様は毒に耐えられるのだろうか?


洞窟の壁からここに至るまで50mくらい。彼は毒の沼を歩いてやって来たのか。


私のために。

自らが毒に侵されることを承知で。


「心配、ご無用……。こう見えても俺……補助役サポーターだから、ね……」


茶屋は応急薬の蓋をキュッと引き抜く。

そしてゆっくりとロンダの口へと流し入れた。


「回復は……俺の仕事、でしょう?」


「……んっ」


ロンダは口内の応急薬を少しだけ残し、飲み干した。

目を閉じると、身体中にじんわり血が巡っていくのを感じる。指先の感覚が少しずつ戻ってくる。


ロンダは目を開けると、震える茶屋の背中に手を回した。


「?」


「んっ」


そして口内に残った僅かな応急薬を、口移しで茶屋に与えた。


「?!?!?!?!」


その間、ロンダの左手は茶屋の手を握っていた。

温もりを分け与えるかの如く、互いの指先が絡み合う。


バシャシャシャシャシャ……


「……ふぅ」


「…………っっ!!」


ロンダが唇を放すと、茶屋はしきりに瞬きをした。


「……助けに来てくれて、ありがとう」


「いえ、そんな」


「私、もう少しで諦めるところだった」


「え、なんで! もう勝利寸前ですよ!」


「えっ?」


今度はロンダが瞬きをする番だった。


茶屋はその顔が見たかったとばかりに、ニヤリと笑った。


「いいですか、巨塔ヘドロフォンデュは今第二形態に移行していて、天辺には四本のロケットが生えています。そこで……」


茶屋は作戦をロンダに伝えた。

ロンダは目を少しだけ見開き、直ぐに笑った。


「……分かった」


「一か八かですけど、やってくれますか?」


「やるけど、その代わり……」


「その代わり?」


ロンダは茶屋の背中をバシンと叩いた。


「私に背中、預けてくれる?」


「!!」


その言葉は茶屋に大きな喜びを与えた。先程の突然のキスも凄い衝撃だったが、もしかしたら、その時を上回る程に。


「喜んで!」


茶屋はその場で前屈の体勢をとる。


ロンダはヘドロのぬかるみから足を引き抜き、茶屋の背中をそっとふんずけた。


「……『臥薪嘗胆』」


ロンダの体が、その時、光った。


その瞬間、ロンダは跳躍した。

洞窟の天井に到達するほどの高度。

そしてそのまま巨塔ヘドロフォンデュの天辺に着地した。


「これが……『臥薪嘗胆』」


茶屋はヘドロに足をとられないように踏ん張りながら、ロンダを見上げた。


今、ロンダは白く光り輝いている


「臥薪嘗胆」は7Fで選択したロンダのスキルだ。

あの時……茶屋は「臥薪嘗胆」と「好感度上昇」、どちらのスキルを選ぶか本気で悩んだ。

悩み、その果てで選んだのは「臥薪嘗胆」だった。


察するに、「臥薪嘗胆」は所謂パッシブスキルだ。

発動条件はロンダがこと。


痛みに耐え、苦しみ抜いた末に……「臥薪嘗胆」はロンダに勝利の光をもたらす。

今、ロンダには白く光り輝くオーラが見える。

オーラとは、おそらく身体能力を強化する加護。先程の見事な跳躍は脚力強化の恩恵で、そして恐らくだが彼女の筋力も飛躍的に強化されているはず。


「臥薪嘗胆」が発動している今、ロンダと茶屋には絶対の勝機が訪れている。


「ロンダさん……」


応急薬によって一時的に身体の痺れが和らいでいた茶屋だが、直ぐに全身が悲鳴をあげ始めた。

墨色の波に足が押され、立っていられない。


けれど、彼女から目を離したくない。

勝利は確信している。

だが心配なのは「臥薪嘗胆」の効果が得られる制限時間。


「多分チャンスは……一度きりだ……」


これで自分のやるべきことは本当に終わった。


バシャシャシャシャシャ……


茶屋は墨色の波濤に身を委ねた。




白く輝くロンダは今、巨塔ヘドロフォンデュの天辺に立っていた。


頭頂部、その中心はちょこんと出っ張っていて、そこから毒が噴き出すように湧いている。

噴水口の周囲には四本のロケットが生えていた。


「はぁっ……はぁっ……」


頭上には天井がなく、日光が差し込んでいる。

先程まで轟音響く瀑布にいたのに、ここはまるで王宮の庭のような静けさだった。


「……はぁーっ……」


ゆっくりと深呼吸。

これから茶屋の作戦を実行する。

チャンスは一度きり。失敗は絶対に出来ない。


茶屋の作戦、それは「ファイア」と「リフレクト」のコンボ攻撃である。


内容はいたってシンプル。

ロンダがファイアを放ち、ロケット花火四本を同時に起爆する。

四本のロケットの強大な爆発は巨塔ヘドロフォンデュを粉砕。爆発を至近距離で浴びるロンダは剣技「リフレクト」で己の身を守る。


巨塔ヘドロフォンデュは倒れ、ロンダ達は生き残る。完全なる勝利だ。


ここに至るまでは長い道のりだった。


「臥薪嘗胆」を発動させるために毒のダメージに耐えた。

巨塔ヘドロフォンデュの第二形態を引き出すために、ひたすら終わりの見えない攻撃に身を捧げた。


そして勇者様チャヤの存在。


彼がロンダに応急薬の飲ませて、且つこの勝機を見逃さなかったからこそ。

バラバラのピースは勝利の図を導くことが出来たのだ。


彼が居なければ、ロンダは無意味な攻撃を続けて、最期は無様に毒の沼に沈んでいたに違いない。


「……ファイア」


ロンダは力を込めて唱えた。


「ファイア、ファイア……ファイアッ!!!」


連続で火球を放つ。

火球はロケット花火に次々と命中し、巨塔ヘドロフォンデュの頭頂部は爆風にのまれた。


(リフレクト……!)


ロンダはリフレクトで爆発から身を守る……つもりだった。

そういう作戦だった。


しかし、ロケット花火にファイアが命中する寸前。

時間にして0コンマ1秒にも満たない、ほんの一瞬。


茶屋の顔がロンダの脳裏に浮かんだ。


もしここで巨塔ヘドロフォンデュを倒しきることが出来なかったら。


ロンダはリフレクトで身を守るが、爆風で吹き飛ばされ塔の天辺から落ちてしまう。

次に登る方法はまた「臥薪嘗胆」を発動させることだが、自らにまたダメージを蓄積させ、耐えるだけの体力は無い。


そう、体力が無い。

地面に落ちればそこは毒の沼。

応急薬も使いきった。

毒から逃れる手段が無ければ、ロンダもいずれ力尽きる。

そして茶屋も。


考えうる最悪のケース。それは爆発をもってしても巨塔ヘドロフォンデュを倒せないこと。


今、ロンダが「リフレクト」を使えば、負けが確実なものになってしまうかもしれない。


だったら。


だったら爆発の威力に更に加えれば。


奴を確実に葬る可能性を、1%でも増やすことが出来るのなら。



私は、そうしたい。


心の底からそう思った。


だからロンダは選択した。


「ファイア」+「リフレクト」のコンボではない。


「ファイア」+「ダブルアロー」のコンボ攻撃を。



「ダブル……アローーーーーッッッッ!!」


ドオオオオオオオオオオオオンッッッッッッッッ!!


巨塔ヘドロフォンデュは盛大に爆発した。

自らの武器であるロケット花火四本の爆発に加え、「臥薪嘗胆」によって極限まで強化したロンダ渾身の剣撃が炸裂したのだ。



火斬ボルカニック大噴撃バックドラフト……」



「リフレクト」を使用しなかったロンダは身を守ることが出来なかった。

爆発に巻き込まれ、なす術もなく宙を舞った。



そして、扉が出現した。

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