8F
8Fでもロンダの剣は冴え渡っていた。
一度剣を振り下ろせば敵の残骸が二つ増える。見ていて爽快感がある。
怪物も努力はしているようだが、悲しいことにロンダにダメージを与えた様子はない。
今まで気が付かなかったが……。
彼女の剣には気迫がある。ただ強いのではなく、何としてでも敵を殲滅させるという迫力が。
彼女のことを無口で無感情だと思っていたが、それは違う。
彼女はずっと怒りを湛えているのだ。剣に怒りが宿り、それが俺には気迫として映る。
彼女は「
3F、彼女は俺を命懸けで庇ってくれた。その時俺は彼女が並みの覚悟ではないことを思い知らされた。
「トレミシア」のために、彼女は命を懸けている。
ロンダが剣を納める音と、扉が出現する音が聞こえた。
この先の通路で、また彼女と話がしたい。
俺は扉に急いだ。
扉を通り抜けると、不思議なことが起きた。
通路の奥から、いい匂いがするのだ。
ここまでダンジョンからはカビ臭さしか感じなかったが、この仄かに漂ういい匂い……出汁の匂いのような。
俺と、それからロンダも心なしか足早になって通路を進む。
そして見つけた。匂いの正体。
鍋だ。
通路途中にポツンと、鍋があった。
机のような形の岩に鍋が乗っている。
湯気がのぼり、如何にも温かそうだ。
配膳道具としてお玉と、お椀とスプーンもご丁寧に二人分用意してある。
食事休憩所だ。
目の前に食べ物が現れたことでお腹が鳴った。
鍋の前に行く。
椅子の形の岩に座り、一息ついた。
ロンダも目の前に座る。
ロンダがお玉を使って汁を掬うと、煮込まれた野菜がお玉から溢れた。
一杯、二杯とお椀によそっていくのを見て、俺は思わず唾を飲み込む。
お椀を汁で満たすと、ロンダはそのお椀を俺に差し出した。
「はい、お疲れ様」
「あ、ありがとう」
優しい。
彼女の態度は出会った頃と比べて、格段に柔らかくなっている。
仲良くなるって、こういうことなのだろう。
俺は汁に浮かぶ野菜を眺めながら、漠然と思った。
「ありがとう」
ロンダが急にお礼を述べる。
「えっ」
見ると彼女はお椀を前に、目を閉じながら手を組んでいた。
祈りを捧げている、と分かった。
俺も真似して手を組む。
「ありがとう」
感謝を口にすると、穏やかな気持ちになった。
目を開けると、ロンダは笑みをたたえてこちらを見ている。
まだお椀に手をつけていない。待っていてくれたのか。
「食べよ、冷めない内に」
「うん」
俺はお椀に口をつけ、喉に流し込む。
「あっつ」
「気をつけて」
「でもうまっ」
「美味しいね」
食べたことの無い味だったが、不味くはない。むしろ疲れた体に物凄く染み込む。
食べてから思ったが、これ罠じゃなくてよかった。
疑いもせず一気に飲み込むのは、ちょっと迂闊だったな。
「これ何が入ってるんだろう」
「シャピーとキャモットと……あとラバンドの肉団子も入ってる」
「へぇ」
よく分かんね。
でも美味しい。
「……シャピーなんて、食べたのいつ以来だろう」
ロンダが呟いた。
「珍しいの?」
「珍しくなんかない。どこでもいつでも採れたのに……あの時までは」
「あの時?」
「トレミシアにナイトメアが侵入した、あの時」
スプーンを動かす手が止まる。
「……トレミシアは、ロンダさんの故郷?」
「うん」
「故郷を守るために戦ってるの?」
「戦って……私だって、戦いたかった。でも私が戦えるようになる頃には、皆諦めてた」
ロンダはお椀の中をじっと見つめている。
「だから、私祈ったの。昼は鍛練して、夜は祈って。皆からなんて呼ばれてたのかなんて知ってる。でもママとパパが支えてくれたから、祈り続けることが出来た」
「……それで」
「祈りは通じた」
ロンダはおもむろに立ち上がると、鍋の横を通りすぎて、俺の横に座った。
「……」
そしてロンダは黙った。
「……」
俺も固まった。
体が強ばり、息が詰まる。
右隣に、ロンダが居る。
さっきまでも戦いの最中や、マッサージの時など、物理的な距離が近付いたときはあった。
必要に迫られた接近だった。
だがこれはなんだろう。
なんでロンダは隣に座った?
必要の無い接近。
物理的な距離ではなく、精神的な距離が近付いたような。そんな風に感じる。
俺がこれまでの人生で体験したことの無い事だった。
震える手でスプーンを動かし、俺はシャピモットの肉団子を口にした。
「美味しい?」
ロンダが話し掛けてくる。
「……美味しい」
「良かった」
目と目が合う。
あっ、可愛い。
さっきまで全く意識していなかった彼女の容姿が今、急速に脳に流れ込む。
出会った時、イケメンだと思った。
長い睫毛。すっととおった鼻筋。
スタイルも胸が大きくて……これは俺が大きくしたのか。
互いに目はそらさなかった。
「目、閉じて」
「ん」
ロンダが目を閉じる。
無防備な彼女の顔を見ながら、俺は一つの決心をした。
「口開けて」
俺はスプーンを彼女の口に突っ込む。
彼女はそれをモグモグと咀嚼する。
「最後の肉団子、美味しい?」
「美味しい」
俺達は笑った。
空になった鍋を後にし、俺達は歩き始めた。
今、ロンダの俺への好感度は凄く高い。
それはきっと、俺のロンダへの好感度も高いからだ。
お互いが相手のために頑張ろうと思えば、自然と二人の仲は深まる。
これまでの人生、俺は誰とも仲良く出来なかった。
まわりの奴らの性格が悪いから、そもそも仲良くする価値なんて無いから……俺は自分を納得させてきた。
だがそれは言い訳だ。
今、俺はロンダと戦い抜く決心が出来た。
出会って一日も経っていない。
生まれも年齢もよく知らない。
けれど俺達は今、互いを必要としている。
理由なんてそれだけで十分だ。
メッセージウィンドウが表示される。
『コモンスキルを獲得しました
・獲得G 10%増加
・毒属性付与
・「アロー」範囲強化
いずれかを選択してください』
俺は少し悩んで『「アロー」範囲強化』を選択した。
鍋を食べて、体と心が暖まった。
さぁ、次は9Fだ。
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