6F

6Fに到達した俺は、困惑した。


フロアには数本の松明と、天井から射しこむ光。

それしかない。


敵がどこにも居ないのだ。


敵の存在しない階……?

戦わずに先へ進めるのなら楽な話だが、先に進む扉も無い。


「どうしましょう」


頭を掻きながら俺は助けを求めた。


話しかけられた女がこちらに振り返る。

その時、彼女の胸元がちょっとだけ揺れた。思わず視線がそちらに向く。


最初に出会った時、彼女に揺れるような胸は絶対に無かった。

やはり俺があの時選んだスキルはバスト強化で間違いない……そしてどう考えても戦闘には関係が無い。


無意識とはいえ選んでしまった俺が悪いのは認めよう。

だが何故戦闘に何の影響もないスキルが選択肢にあったんだろう。

これが戦闘用スキルだったならばさっきのボス戦もっと楽に戦えたかもしれないのに……。


「上見て」


「すみませんっ!」


俺は彼女に胸を見ていたことを注意されたと思い、とっさに視線を上げ彼女を見た。

だが彼女は更にその遥か頭上を見ていた。


天井に何かあるのか……?


「なっ……何ですか、あれ!」


そして気付いた。天井で黒いモノが蠢いている。

このフロアの敵だ!


天井に潜み、おそらく近付いたら落下してくるドッキリタイプの奴。


俺は目を細め敵の正体を捉えた。

手足はついておらず、ナメクジのように黒くてブヨブヨした胴体で天井をノロノロと這い回っている。顔と思われる部分には放射状に伸びた突起物がついている。


「気持ち悪……!」


あんなのが突然上から降ってきたら気絶してしまう。


「アロー」


女が突然剣を振りだす。

飛翔する斬撃が天井のナメクジの肉体に炸裂し、その身を引き裂いた。


そしてハーフカットになったナメクジの肉体がぼとぼとと床に降り注いだ。


「いやーーーっ!」


俺は思わず叫んだ。

生きてるナメクジも気持ち悪いけど、死んでるナメクジも気持ち悪い!


「まだいる」


女は至って平静で、ナメクジの死体を踏み潰しながら歩いている。


「何で平気なんですか!」


「?」


「これ、気持ち悪くないんですか?」


俺は落下の衝撃で更にべしゃべしゃになったナメクジの死体を指差した。


「敵ならさっきから何体も倒してる。今更」


「そうですけど……」


彼女にとってはナメクジの怪物も他の怪物も全て同じようなものらしい。

なんと言うか、俺と違って彼女はこういう怪物退治に相当手慣れている。


女が立ち止まり、天井を見上げた。


居た、残りのナメクジが。


「……ダブルアロー!」


彼女が放った連なる二発の斬撃で、ナメクジは反撃すら許されずバラバラになって地表に墜落した。


「すげぇ」


『剣技「ダブルアロー」』は先程のボス戦を勝利したことによって得られたスキルだ。


そして初めてのスキルでもある。


ボス戦の報酬として提示されたスキルはどれも強力そうなモノばかりでかなり悩んだ。

今回は安全をとって効果が判明しているアローの強化スキルを手堅く選択した次第である。


一発でも強力なアローの威力が単純に倍。レアスキルというのは伊達じゃない。


「……」

剣を鞘に納める音が鳴ると共に、扉が出現した。


それにしても。


彼女が当たり前のようにダブルアローを使用しているのが不思議だ。

俺は「ダブルアローのスキルを習得したよ!」なんて一切教えていない。

なのに、彼女はファイアもアローも習得して直ぐに使ってくれた。

ということはやはり……俺が何のスキルを選んだのか、彼女はちゃんと分かってるってことだよな。


つまりそれって……。


俺が「バスト強化」とかいうなんの役にも立たないスキルを選んだことが本人にも伝わってる……ということだよね。


「行こう」


「あ、はいっ」


いつの間にか彼女は扉の前で待機していた。

俺は慌ててあとを追った。



通路を歩く最中、俺の頭の中は「くだらないスキルを選んだことを謝る? 知らないふりをする?」で一杯だった。

彼女の胸が大きくなっていることを、誰よりも彼女自身が理解しているだろう。

もし向こうから「何で私の胸を大きくしたの?」なんて言われたら俺は体内の血液が沸騰して死ぬ。


しかし実際のところ、彼女は何も言ってこない。


思い返すとメッセージウィンドウは見えていないようだし、俺の質問も大体がスルーだ。

ひょっとして彼女はゲームの世界のキャラクター……所謂NPC(ノンプレイヤーキャラクター)なのだろうか。


もしそうなら……気が楽になる。

NPCに失礼も何も、ないんだから。


「どれか買う?」


「え?」


話しかけられて気付いたが、目の前には屋台があった。


「イラッシャイマセ」


ニコニコした小さい人間が店番をしている。

さっきから蜂だのなんだの見ていたから反射的に「きもっ」と思ったが、よくよく見れば可愛い妖精(?)だ。


「でも俺金持ってませんよ」


「ココ、ココ」


妖精が屋台のカウンターを指差すのでそこに手を置く。

するとメッセージウィンドウが表示された。


『購入するものを選択してください


・応急薬 30G

・魔力薬 100G

・走力薬 200G

・解毒薬 80G

・土の器 500G

・青磁の器 1000G


所持金 : 630G


ご利用ありがとうございました』


なるほど、ショップだ。

所持金が630Gとある。


お金、所持してたの?

敵は金をドロップなんかしなかったが。いや、ナメクジが落としたお金なんて拾いたくないけど。

とにかくデータ上では貯まっていたらしい。


確かにゲームの世界ってお金は目に見えないことが多いし、そういうもんか。

RPG世界の決済方法って電子マネーだったんだな。


「勇者様、何か欲しいものある?」


「そうですね……」


いくつか気になるものもある。

だがその前に一つ言っておくことがある。


「その、俺……勇者じゃないですって」


「勇者様は勇者様だよ」


俺のどこが勇者で、彼女はどうやったら俺のことを勇者と呼ばなくなるんだろう。

俺の名前はそもそも……。


そこまで考えて気付いた。

そもそも自己紹介してないじゃん。


「茶屋です」


「チャヤ?」


「俺の名前です。勇者じゃなくて、茶屋」


彼女は目を丸くした。


「……チャヤ」


そして少しだけ微笑んだ。


「……ロンダ」


「!」


「私は、ロンダ。トレミシアのロンダ」


ここまで冒険して、俺達はようやくお互いの名前を知った。

名前も知らない相手によくもまぁ背中を預けたりしたもんだ。

お互い様だけど。


「ロンダさん。魔力って尽きたままですか?」


「うん」


「じゃあ魔力薬を買いましょう」


俺はメッセージウィンドウの「魔力薬」に触れる。

すると所持金が530Gに減った。


そして魔力薬が……出てこない。


「あの、妖精さん。商品が出てこないんだけど?」


「マイドアリー!」


「ねぇ、商品は?」


「マイドアリー!」


「ねぇ」


「マイドアリー!」


「おい」


「ありがとう」


振り向くと、ロンダが液体の詰まった瓶を持っていた。

見るからに魔力薬だ。

俺じゃなくて彼女に直接出現するということか。


スキルが彼女しか使えないのと同様、アイテムも彼女にしか使えないってことだな。


ロンダが瓶に口をつける。

喉をならして、見てて気持ちいい飲みっぷりだ。


瓶は空になり、ロンダはふぅと息を吐いた。


「もう一本買います?」


「これで十分」


またファイアが使えるなら心強い。

予備に魔力薬は何本かあってもいいな。


だが500Gで売っている「土の器」も気になる。やけに高額なアイテムだ。


効果の説明文とか見れないだろうか。

こう……例えば長押しとかで。


俺はメッセージウィンドウをゆっくり触り、そして指を離さないようにした。これで「土の器」の説明が見られれば……。


所持金が30Gになった。


「マイドアリー!」


「妖精さん、クーリングオフ」


「マイドアリー!」


「妖精さんんんっっ!!!」


この世界では消費者の権利が存在しないらしい。

アイテムの説明見られない。

スキルの説明分からない。

そもそもルールも教えてもらってねぇ。YEAH。


俺は理不尽に心が折れそうになりながらも、残った30Gで応急薬を買った。


「マイドアリー!」


うるせぇ。


「ありがとう」


ロンダの手には人差し指ほどの小さな瓶と、茶色い器が握られていた。

応急薬と、土の器だ。


「大切に使うから」


……まぁ、喜んでもらってるならいいか。


お金は無くなったが、今回彼女の名前を知ることが出来た。

何より、彼女がほんの少しだけ笑顔を見せてくれるようになった事。

俺はそれが嬉しかった。


……もっと彼女と仲良くなれたらいいな。


「所持金も使いきったので、行きましょうか。ロンダさん」


「行こう。勇者様」


「……だから勇者じゃないって」


「でも」


彼女は俺をからかうような笑みを浮かべた。


「勇者様は勇者様だから」


「そうですか」


この階ではスキル選択のメッセージウィンドウが出てこなかった。畳も置いていない。買い物だけが出来るフロアのようだ。


俺達はまた一つ、先に進んだ。

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