4F

4Fでの戦闘は、俺が何をするまでもなかった。


扉を開けるなり女が猛突進して、蟷螂怪人は哀れ華麗に両断された。


周囲には何か小さなモノが飛び回っていたが、ファイアが何発か放たれる内にいつの間にか消滅していた。


新しい怪物か。蜂とか蛾に見えたが。

まぁ瞬殺だったし何でもいいか。


女は爪先で地面をトンと鳴らし、剣を納めた。


「行こう」


次へ進む扉は既に出現している。


だがそれよりも俺が気になるのは……。


「その」


「何?」


「傷はもう平気ですか……?」


「大丈夫」


「本当に?」


「本当に」


腹を撫でて『大丈夫』のジェスチャーをする女を見て、何より先ほどの鮮やかな戦闘を見て。

確かに体は問題なさそうだ。


「だから行こう」


「はい」


俺達は扉を開け、奥へと進む。


しかしマッサージをしたら刺し傷が消えるなんて、知らなかった。


いや、現実とこの世界が違うことは承知の上だ。

つまるところ俺には治療役ヒーラーの役割があるんだ。


戦うことの出来ない俺が何のためにいるのか分からなかったが、段々と理解してきた。

ここがゲームの世界――と俺は仮定している――ならば、俺達が二人組なのには明確に役割がある。

即ち、攻撃役アタッカー補助役サポーター

剣士である彼女が前面に立って敵と戦う攻撃役アタッカー

俺が回復やスキル強化を行う補助役サポーター


スキルが強化出来るのは彼女一人、故に戦うことは彼女にしか出来ず。

メッセージウィンドウが見えるのは俺一人、故にスキル強化は俺にしか出来ない。


この先まだまだ敵が強くなっていくのであれば、間違いなくどちらかが欠けると攻略できない。

このダンジョンは二人一組で戦うように半ば定められている。


「さっきはありがとうございました」


通路を歩きながら俺は話しかけた。

彼女は足を止め、俺に向き直る。


「何のこと」


「俺を命がけで助けてくれたじゃないですか」


俺は卑屈に笑った。


「でも、勘違いはしてません。あれは俺のためじゃなくてダンジョンをクリアするためなんですよね」


「……」


俺は彼女が飛び出してきた時「まさか」と思った。

俺のことを無視するほど嫌いなのに、その俺を身を呈して助けるなんて。


だがその理由は簡単なことだ。


「俺が死んだら貴女は回復できない。でも貴女の傷は俺が回復できる。だから貴女は俺の盾になってくれた」


「やめて」


「えっ」


彼女は髪をかき、曇りのない目で俺を真っ直ぐ見た。


「決めつけないで」


俺はじんわりと汗をかいた。松明が側で煌々と燃えている。


「勇者様に怪我をさせるわけにはいかないから。私は当たり前の事をしたまで」


「な、なるほど……」


俺は一旦唾を飲み込み、恐る恐る聞き返した。


「えっと……」


「うん」


「勇者様って俺のことですか……?」


「うん」


「えっ」


その時急にメッセージウィンドウが現れた。


「ちょっと、後にしてくれよ!」


『コモンスキルを獲得しました


 ・剣技「アロー」習得

 ・筋力強化

 ・シールド獲得


 いずれかを選択してください』


大事な話の途中だが、無視するわけにもいかない。

俺は選択肢に目を通した。


さっきまでの選択肢とは違う。

選べるのが三つなのは同じだが、この『剣技「アロー」習得』と『シールド獲得』は初めてだ。


俺は少し悩んで、『剣技「アロー」習得』に触れた。


「剣技」というものが何なのか気になるし、それに攻撃スキルは多いに越したことはない。

こういうビルド系ゲームの定石からいって序盤は豊富な手数で攻める方が変に一極集中させるよりも事故が減って安全だし、何より前に選んだスキルとのコンボを作り出す可能性がある……。


ん?



そういえば、俺はこの前のスキル選択。


何を選んだんだ?


彼女が大怪我をして動転した俺は、スキル選択を適当に流した。


何を選んだのか、そもそも選択肢が何だったのか。全く思い出せない。


……いや、全くというのは嘘だ。


逆に。

一つだけ覚えている選択肢がある。




なんだ。『バスト強化』って。




見た瞬間そう思った。

今にして思えば『バースト強化』とかの見間違いだったかもしれない。


いや、違う。絶対に確実に天に誓って『バスト強化』だった。

体力強化とか筋力強化のようなノリでバスト強化があったのだ。


バストって上半身のことだよな。

だから上半身の強化なんだよな。胸筋とか。


いやだったら『上半身強化』ってスキル名になるんじゃないか? わざわざバストって書いてるんだからつまりそれって言うまでもなく……。


しかしじゃあバストを強化したらどうなるっていうんだ?

どう戦闘で役に立つんだ?

一体全体なんだってんだ?


一つだけ言えることは。


俺がどの選択肢を選んだかは定かではないということだ。

バスト強化を選んだかもしれないし、それ以外を選んだかもしれない。

これまで手に入れたスキルを振り返る方法が分からないので確かめようもない。


あと、もう一つだけ言えることは。


俺は顔をあげて、彼女の首より下の辺りを漠然と見回した。


「何?」


押し黙った俺を見て、女が怪訝な声をあげる。


女の胸がさっきより、なんというか。


大きくなってる。


天に誓って、大きくなっている。

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