3F

遂に3Fまで来た。


目の前には虫の怪物が二体。

さっきと全く変わらない構成だ。


洞窟内だが、天井にぽっかり空いた穴から光が差し込んでいる。

俺は視界が良好なことに安心した。


安心して、怪物へと前進した。


「えっ……」


女が息を漏らすのが聞こえた。

だが俺は無視して前進する。


習得したスキルは『筋力強化』。

その効果を確かめるには直接敵を殴ってみるのが一番手っ取り早い。


敵はさっきから何回も見た虫の怪物。

女の剣であっさり倒されているのも見ている。

奴らの動きは素早くない。俺でも勝てそうだ。


「それ以上、近寄ったら駄目!」


女の声が大きくなる。


俺は一瞬振り返り、宣言した。


「こいつらは俺が倒す」


怪物を全て倒せば扉が出現するのなら、俺が倒しても問題ないだろう。


「戻ってきて!」


女がいよいよ叫び出した。

だがさっきまで散々無視してくれた、そのお返しだ。


それに俺の中のゾワゾワは未だ収まっていない。


さっきから扉を開けろだの、ついてこいだの、命令ばかり。

俺が舐められているからに他ならない。


何故舐められるのか。

それは俺が敵と戦ってないから。

敵と戦うのがあの女だけだから。


「お前の代わりに戦ってやっている」という意識があの女から見え隠れしている。

俺が話しかけてもシカトされるのはその証拠だ。


女だけが剣を持ってて、魔法が使えるからって。

俺が戦えない訳じゃない。


筋力が強化されていれば、虫の怪物ごとき俺のパンチで倒せるんだ。

これはゲームの世界なんだから。


ゲームの世界でまで、他人から馬鹿にされるなんて御免だ!


気が付くと怪物は目前にいた。


「やってやるよ!」

俺は拳を握りしめ、吠えた。


いくぞ!

どこから攻める!?


頭を右ストレートでぶち抜くか?


怪物は俺を見据え、頭を低くしている。


頭は的が小さい。はずした時のカウンターが怖いな。


ならば腹か?

腹を思いっきり蹴飛ばして、ダウンさせればあとはフクロだ。


怪物は前足の鎌を引いて、僅かに後ずさった。


俺の足が届く前に怪物の鎌が俺を引き裂きそうだ。


あれ?

そうなると。


どうすればいいんだ。


殴ったら、殴り返される。

そんなの当たり前だ。


一撃で仕留められなかったら。

俺はどうなる?

ゲームの世界だから死んでも復活できる?


怪物の前足は鋭利な鎌になっている。

もしあれが腕に当たったらどんなに痛いだろう。腕ならまだいい。腿なら、もしや腹に突き刺さりでもしたら……。


気が付くと俺の足はすくんでいた。


怪物がシューと息を吐きながら、チョコチョコと前進してくる。

さっきまであったハズの俺と怪物の間合いは、もうどこにもない。


「あ……ああっ」


俺は逃げなかった。

頭が真っ白になっていたから。


「う……うおおおっ!!」


そして怪物へと殴りかかった。

バシッ、と音がなった。


怪物は頭を仰け反らせ、怯んだ。

俺の右腕が当たった証拠だ。


「やった!」


窮鼠ネコを噛むってやつだ!

俺は歓喜に震えると共に次の攻撃に移ろうとした。

だが気付いた。右腕が尋常じゃなく痛い。


誰かを殴ったのなんて生まれて初めてだ。これが殴る痛みか。俺も一つ成長したな。


ではなく。


やはり俺には『筋力強化』のスキルは与えられてない。体感して分かった。


怪物はこたえてないようで、仰け反った頭がぐりんと起き上がった。

その目は漆黒に、だが鋭く輝いている。

俺に向けて狙いをつけたのだ。


もう駄目だ。


怪物が目と鼻の先に迫る。


ズブリ。と鎌が腹に刺さった。


「ぎゃあっ!」


俺は咄嗟に目をつぶった。


不思議と痛みはない。

痛すぎて、感覚が麻痺したのか。


いや、というより全く痛くない。

どうなっている?

俺は恐る恐る目を開けた。


鎌は確かに刺さっている。


だが俺ではなく、俺を庇うように立ちはだかった女の腹に刺さっていた。


「ぐ……ううっ」


女が痛みに悶える。


「な、なんで……!」


俺は心の底から驚いた。

女が俺を助けた?


女は怪物の鎌が腹に刺さったままで、剣を上段に構えた。


「くたばれっ」


剣が振り下ろされると怪物の頭は宙を舞い、跳ねるように地面を転がった。


「はぁ……はぁ……」


からん! と剣が手から滑り落ちた。


女は頭部を失った怪物の腕をひき千切ると、よたよたと尻餅をついた。


女の顔から血の気が引いている。

彼女はこれ以上戦えそうにない。


「かっ、怪物! もう一匹いたハズ……!」


「あそこ……」


女の震える指先を見ると、二匹目の怪物が真っ二つになって地面に転がっていた。


先に倒してくれてたんだ。


敵が全滅したことにより、扉が出現した。


「ご、ごめん。俺を庇ったせいで怪我を……」


「……扉、開けて……」


俺は急いで彼女を肩に担ぎ、扉を目指した。

途中で剣も拾った。


扉を越えると、一応は安全地帯だ。


「どうしよう、どうしよう……」


俺の肩を掴む力から、彼女がどれだけ弱っているかは容易に感じ取れた。


「だ、大丈夫……」


どう見ても大丈夫ではない!


「回復…回復しないと」


俺は願望を呟いた。

だがいくらここがゲームの世界だからといって、回復には治療役ヒーラーが必要だろう。

回復が都合良くできるハズも無い……。


「回復……あっち」


「出来るの?!」


彼女の弱々しい声に呼応して、俺は力を入れた。


「早く……」


「分かった!」


その時、メッセージウィンドウが現れた。


『コモンスキルを獲得しました


 ・魔力強化

 ・バスト強化

 ・素早さ強化


 いずれかを選択してください』


「どれでもいいよ!」


俺はどけるようにウィンドウに触れた。

今はスキルを吟味している場合じゃない。


通路を進むと、目の前には畳が一畳敷いてあった。


「ここか!」


俺は何故洞窟に畳が置いてあるのか、そんなことを考える暇もなく彼女を畳に寝かした。


「それで、どうすれば」


「……これ、抜いて……」


「はい」


俺は彼女の腹に刺さったままだった鎌を引き抜く。


「ぎゅっ……うぅっ……」


彼女は歯をくいしばって痛みに耐えた。

抜いた箇所からは血が漏れだす。


「ひっ……次はどうしたら」


「マ……」


女が呻いた。


「マ?! 何?!」


「マッサージ……」


「マッサージ?!」


「マッサージして……」


「分かった!」


俺は一心不乱にマッサージを始めた。


マッサージの経験なんてろくにないが、とにかく押したり、擦ったりを繰り返した。


「あの!」


マッサージを続けながら、俺は疑問を口にした。


「これ刺し傷なんですけど! マッサージって! してもいいの?!」


「……続けて」


「はい!」


10分くらい続けただろうか。

気が付くと、血が止まっている。


一言断ってから女の服を捲ると、腹の傷は綺麗に治っていた。

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