第37話 想いを形に

 バスを降り駅構内を歩きだすと、人混みのせいなのか、酷く暑く感じた。

これから、2人はお互い別方向の地下鉄に乗り込む。それで、今日のデートは終了だ。

 

 「夏人なつと、まだ少し時間あるか?」

そう言ったひいらぎが腕時計を見ると、その針は16時を回ろうとしている。

夏人もスマホを取り出し、時間を確認した。

「うん、少しなら」

冷たいものでも飲んでいかね?と柊は、大手チェーンのカフェを指差した。

「うん、いいよ」

その返事を聞くや否や、柊はカフェに向かって歩き出した。

夏人は慌てて、柊の後を付いて行った。



 店内は想像通り、かなり混雑していた。席も空いていない。

キョロキョロと店内を見回していた夏人が、カップルが立ち上がった席を見つけ「俺アイスコーヒーお願い!」と柊に注文を託し、その席に向かった。


 人混みを抜けた柊が、お待たせ、と夏人の前に立った。

そこは2人掛けのソファ席だ。

 ここってカップル専用席なの?と聞いてきた柊に、夏人は「そうかもね」と言って、ケラケラと笑った。


 夏人は柊が持って来たアイスコーヒーを飲みながら、水族館の話を楽しそうにしている。

だが、その横顔を見ている柊は、どこか落ち着かない様子だ。

「イルカってほんと可愛いし、頭いいよね」

「6歳児くらいの知能があるんだって!凄いよね」

自分のテンションとは反対に、心ここにあらず、の柊に夏人は気が付いた。

見ると、アイスティーにも、全く口を付けていない。


「柊くん、どうしたの?喉乾いていたんじゃないの?」

「え?あ、うん……」

歯切れの悪い返事をする柊に、夏人は不思議そうな顔をした。



 「あのさ、これ……」

柊がショルダーバッグから、淡い水色の袋を取り出した。

「………?」

柊はその袋を、ポカンとしている夏人の目の前に「ほら!」と差し出した。

よく見るとその袋には、水族館の名前と、マスコットキャラクターが描かれている。


「え?これ何?」

たぶん、水族館のミュージアムショップで買った物だろうと推測されるが、一緒に行った自分にお土産なのか?

「………?」

夏人は首を傾げる。



 「すげぇ遅れたけど、これ夏人への誕プレ。よかったら貰って」

柊は照れくさそうに、しかし不安そうな目で夏人を見ている。

「え?ほんと?貰っていいの?」

そう言って受け取った夏人は、その淡い水色の袋を胸元に引き寄せ、ギュッと抱きしめた。


「嬉しい!ありがとう!!!」

夏人の満面の笑みを見た柊は、ホッと胸を撫で下ろした。

どこかで、プレゼントなんて重いかな、という不安があったからだ。

開けていい?と柊に聞く夏人の目は、子どものようにキラキラしている。

「もちろん!」



 「うわぁ…!あ、これって……」

袋には、さらに青い小さな箱が入っていた。

その箱を開けると、2頭のイルカがクロスしているネックレスがあった。

「俺が可愛いって言ってたやつだ!」

「そう。ユニセックスのアクセだから、俺らが付けても変じゃないかと思って…」

「え?俺ら?」

ジャーン!と言いながら、柊は同じネックレスを夏人に見せた。

柊は、既にネックレスを付けていて、Tシャツの中に入れていたのだ。


 「お揃いって気持ち悪い?」

少し不安そうに聞いた柊に、夏人は大きく首を横に振る。

「まさか!すっごい嬉しいよ!俺も付けてみていい?」

夏人は嬉しそうに、早速ネックレスを付けてみた。


 黒のTシャツにシルバーのイルカが、キラキラと輝いている。

「似合うかな?俺アクセサリーとかあんまり付けたことなくて…」

はにかむ夏人に見惚れていた柊は、言葉が出てこない。


「柊くん?」

「あ、ごめん!うん!めっちゃ似合ってるよ!」

「ほんと?嬉しい!」

「お前さ、カッコいいんだから、もっとアクセサリーとかも付けてみたら?ピアスとかさ」

そう言った柊に、夏人はイルカを指でクルクルと触りながら言う。

「今は何も要らないよ。柊くんとお揃いのこれで、十分だもん」



 その可愛さは、反則だよ……。

顔を赤くして俯いた柊の顔を覗き込んだ夏人は「柊くん、ほんとにほんとにありがとう!大切にするね!」と笑顔で礼を言った。

 あー!くそッッ!!可愛い!

柊は顔を赤くしたまま、夏人の両頬を軽くつねった。

「おう!大切にしてくれよ。俺も大事にするからさ」

「うん」

柊に頬をつねられたまま、夏人は大きく頷いた。


 柊はふと、斜め向かいのテーブルに座る、カップルの視線に気付いた。

柊と夏人の関係に、どことなく違和感を感じているのだろうか。

怪訝そうな視線を送られている。


 だが、今の柊にそんな視線は、気にするものでも何でもなかった。

それどころか「俺の恋人、すげぇ可愛いだろ」と大声で自慢したいくらいだったのだ。

 


 1時間程カフェで過ごした後、お互い方向の違う地下鉄に乗り、2人は自宅に向かった。

前方から2両目の車両に乗り込んだ柊は、座るスペースがないのを確認すると、奥には進まず、そのままドア付近に立った。

 イヤホンを両耳に捻じ込み、お気に入りの音楽を再生する。

いつもなら、このままSNSを見る為、スマホから目を離さない。

だが、今は違った。スマホの画面に興味はない。

 首から下げた夏人とお揃いのネックレスを触りながら、銀色のイルカを愛おしそうに柊は見つめていた。


  


 夏人への素直な想いを、何か形にしたかった。

 

 柊の恋は、普通の男女の恋愛とは違う。危うく、もろいい恋愛だ。

偏見や差別の目は、必然的に向けられるだろう。

不安がないと言っては嘘になる。

 それでも柊は、そんなくだらない事で、夏人への気持ちは揺らぐことはない、と自信を持っていた。

 だが、夏人はどうだろうか。

芯の部分はしっかりしているが、あまり自己主張をせず、他人に気を遣う性格。

何より繊細な心の持ち主だ。

色眼鏡で見られても、夏人は自分より、柊のことを気にしてしまうだろう。

  

 俺に申し訳ない、とか言いそうだもんな、アイツ……。


これから先夏人が、柊との付き合いに遠慮したり、後ろ向きになることがあるかもしれない。

そんな時『大丈夫、側にいるから』と柊は伝えたい。

『お前に一目惚れしたあの日と、何も変わらないから』と柊は伝えたい。


 だが柊は、伝えたい想いを上手く言葉で表現できない。

ならせめて、目に見えるモノを通して夏人への気持ちを表したかった。



 「これで、それが伝わったかな……」

柊は、自信なさげにイルカに話しかけた。












 





 

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