第23話 初恋

 自分の部屋に戻ったひいらぎは、ベッドに倒れ込んだ。

帰ってきた柊に、「ニャー」とキングとカズが擦り寄ってくる。

2匹の頭を撫でながら、酷く大きな溜め息をついて、天井を見上げた。

 『その感情はね、恋っていうんだよ』

そう菜々子ななこに言われた柊は、目を閉じて夏人の顔を頭に浮かべてみた。

 やっぱり会いたいと思った。

 可愛いとも思った。

これが『恋』っていう感情なのか・・・?

でも、柊にそれを認める勇気は、まだない。

 


 「いや!恋って、男が女に、女が男にするもんでしょ?」

思わず椅子から立ち上がった柊は慌てた。

「まぁ、そうだね、一般的には」

菜々子は淡々と話す。

祐介ゆうすけは、自分のセクシャリティは女性のはずだと、思ってんだろうけど」

「いや、普通そうだろう!」

「じゃあさ」

菜々子は組んでいた足の左右を入れ替えて聞いた。

「祐介は今まで、女の子に椎名しいなくんに抱いている様な気持ちになったことある?」

柊は暫く考えた後

「・・・・・・ない・・・かも」

とボソッと答えた。

「そもそも、普通ってなに?」

そう菜々子に聞かれた柊に、答える言葉は見つからない。


 柊も16歳の男だ。異性に全く興味がないわけではない。

ただ、巧や樹のように、彼女が欲しいとか、女子にモテたいとか。

いわゆる思春期の男子のみたいなものは、ほとんど感じたことがなかった。

 実際今までも、女子から告白をされたことはあった。

しかし異性として『好き』という感情が分からない柊は、全てやんわりと断っている。


 「あ!でも俺!」

突然声を上げた柊に驚いた菜々子は、目を丸くした。

「今まで、男にもそんな気持ちになったことないよ。全員友達だよ!」

慌てて否定している柊を見て

 ま、すぐには認められないか・・・。

と菜々子はフッと笑った。

「祐介は同性愛者、って言ってるんじゃないよ」

「好きになったのが、たまたま椎名夏人って『男』だってことだけ。それのどこが変なの?」

「・・・・・・・」


 近頃ネットや、マスメディアで『LGBTQ』という言葉を耳にするようになった。

性的マイノリティ(性的少数派)の人を表す総称の一つだ。

 だが、少なくとも柊の周りには居ないし、どこか別次元の話のように感じていた。

無論、柊はその性的マイノリティの人達を、差別するとか、気持ちが悪いと思ったことは一度もない。

 人間は、1人1人全てが違う。

見た目も、性格も、思考も、生き方も、環境も・・・。

だから、恋愛対象も人と違って、何が悪い。

 そう思っていた。


 しかし、人間とは不思議なもので、いざ自分がかもしれないと思うと、拒絶反応が起きることが多い。

自分は『普通』ではないかもしれない。

自分は『社会不適合者』かもしれない。

自分は『生きづらく』なるかもしれない。

 

この『社会』の中で、そつなく、普通に生きていく為に、本当の自分を隠しながら生活している人間は、大勢いるのだろう。

 実際、性的マイノリティをオープンにしている人はかなり少ない。

やはり色眼鏡で見られたくないし、『社会』という、ある意味狭い籠の中で、折り合いをつけて、うまく生きていきたいのだ。


 柊はその『社会』で、うまく生きている1人なのは、間違いないであろう。

『明るく、むらっ気が少なく、穏やかで、素直で、他人との距離感をとれる。そして誰からも好かれる、器用で、夢も希望もある男』

この社会に柊は順応し、問題なく生きている。

 多分これからも、こうして『普通』に生きていく、と疑っていなかったはずだ。


 だから菜々子からの言葉は、ショック以外の何ものでもなかったのだ。

「い、いや。恋ってさ、すげー楽しいものじゃないの?」

「俺、最近夏人に対して、しんどい、ってか、苦しいんだけど」

柊は、やはり認めたくない。

「でも椎名くんと一緒にいると、他の友達とは違う楽しさがあるんでしょ?」

「まぁ・・・。うん・・・」

それは認めている。


「それと、椎名くんが女の子にモテたり、他の友達とベタベタしてるのは面白くないんでしょ?」

「・・・・・」

柊は小さく頷いた。

「要は、独り占めしたいんだよね」

「いや!それは違う!」

柊は少し声を荒げた。

「夏人が、学校が楽しくなってきてるのは、俺も楽しい」

「だから、アイツに友達が増えたのは純粋に嬉しい」


 それは決して嘘ではない。

「そうだろうね。だって祐介は椎名くんの笑顔が見たいんだもん」

菜々子はニコッと笑った。

「だから、椎名くんの笑顔を見れない今が苦しいんでしょ?」

「うん・・・。そうだな。苦しい・・・」


「単純に祐介は椎名くんと一緒に居たいし、いろんなことを共有したいんだよね」

菜々子の言葉に、柊はハッとした。

 そうだ。柊は夏人と共有したいのだ。

楽しいことも、嬉しいことも。

そして、悲しいことも、苦しいことも。

 この気持ちが『好き』と言う感情なら、やはりこの胸のざわめきは『恋』なのか。


 でも、その相手は同じ『男』だ。

それを認めてしまったら、これから自分はどう振る舞えばいいのだろう。

自分はどこに向かってしまうのだろう。

 柊は怖くなった。


「祐介が戸惑うのは良くわかるよ」

菜々子が明るく言う。

「初恋の相手が同性なんて、認めたくないもんね」

「恋愛対象は異性がって思っているからね、祐介は」

そうだ。それがだ。

でも菜々子の言う通り、ってなんだろう・・・。


 「・・・。俺、どうすればいい?」

菜々子に向けられた柊の目は、まるで怯えている子供のようだった。

「さぁ、わかんない!」

「は??」

 ・・・!これだけ焚き付けておいて、後は丸投げかよ!

柊のムッとした顔を見た菜々子が言う。

「祐介は椎名くんにどうなって欲しいのか。その為に、祐介ができることは何か」

自分でよーーく考えてみて、と菜々子は、両手で柊の髪をぐしゃぐしゃにしながら、笑った。



 よく考えろって・・・。結局どうすればいいんだよ・・・。

自分のベッドの上で天井を見つめながら、菜々子の言葉と、夏人の顔を交互に思い出していたが、そう簡単に答えが出るはずもない。

「もう!なんだよ!!」

急に起き上がって声を出した柊に驚いたキングとカズは、一目散に机の下に潜り込んだ。「とにかく、今日は風呂入って、寝る!!」

独り言を言いながら、風呂に入る準備をしながら柊はふと思った。

 そういえば・・・。

 菜々子のヤツ、恋愛上級者マスターみたいに偉そうに言ってたけど、アイツ彼氏いたことなかったよな?もしかして、誰か好きな男でもいるのか?

 「ま、俺には関係ないけどね」

柊が部屋のドアを開けた瞬間、「ニャー」と鳴きながら、キングとカズはリビングに向かって走って行った。


 

 さっきまで柊が座っていた椅子に、菜々子は静かに腰を下ろした。

微かに柊の温もりが伝わってくる。

机には、柊が口を付けていたマグカップが置いたままだ。

そのマグカップに触れると、もうすっかり冷たくなっていた。


「今の祐介と同じ想いを、あたしは何年感じてると思ってんのよ・・・」

「鈍感すぎるでしょ。バカ、祐介!!」

その目には、光るものがあった。

菜々子はそれが溢れ落ちないように、黙って天井を見上げた。












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