第18話 転機

 校門をくぐった所で、たくみいつきに声を掛けられた。

ひいらぎ!おひさー!」

「おはよー!」

振り返った柊は「おーー!」と2人に笑顔を見せた。


 今はまだ春休み中だ。しかし今日は離任式の為、登校日となっている。

「クラス替えの発表って、今日だよね」

「くぅー!俺らもいよいよ先輩かぁ!」

柊に追いついた巧と樹が、楽しそうに話している。

 

 ここ青華せいか高校では、毎年クラス替えの発表を、この離任式に行っている。できるだけ、生徒たちに登校させる狙いなのだろう。

 春休みの水泳部は、自主練という形になっているので、こうして巧や樹と顔を合わせるのも、約一週間ぶりだ。


 「可愛い女子がいっぱいのクラスに入れますよーに!」

天を仰いだ巧に「お前はそればっかだな!」と樹がゲラゲラと笑いながら「なっ!」と隣に居た柊に目を向ける。

 すると突然、柊は前を歩いている1人の男子生徒に向かって走り出した。

夏人なつとーーー!!」

その男子生徒は、椎名しいな夏人だ。

「おはよう!」と柊は夏人の肩に手を回した。

「あ、柊くん。おはよう!」


 今朝の空は薄曇りで、殆ど陽は射していない。

その為か、肌寒ささえ感じる。予報では、夕方から雨が降るらしい。

 しかしそれとは逆に、夏人の笑顔を見ている柊の心は、晴れ渡っていた。


 「なんかさぁ」

2人の背中を見ていた巧が、頭の後ろで手を組んだ。

「あの2人、最近ベタベタし過ぎじゃね?」

「確かに」樹も同感のようだ。

「特に柊がなぁ。夏人、夏人って・・・」

「そう!いつの間にか、椎名っちのこと『夏人』って呼んでるしな」

 巧が、ハッとひらめいたように言った。

「あまりに女子にモテないから、とうとう男に走ったのか?」

「えー?まっさかぁ!」

と樹が笑った後、少し間を置いて、今度は真顔で言う。

「・・・。いや、でも、椎名って、可愛い系のイケメンだし。あり得ない話じゃないかも」


 「何、お前ら言ってんの?」

背後から突然話しかけられた2人は、驚いて振り返る。

「よ!おはよ」

「なんだ!斗真とうまかよ!」2人は同時に声を上げた。

「柊がこっそりモテてるのは、お前たちも知ってるだろ」

どうやら斗真は2人の話を後ろで聞いていたようだ。

「それは悔しいけど知ってるよ。でもアレだぜ?」

巧が指差した柊と夏人は、まるで恋人同士のようにくっついて歩いている。


 「まぁ、確かにな」

斗真はクスッと笑った。

「仲良くなりたいヤツが、やっと心開いてくれたんだから、柊も嬉しいんだろ?そっとしといてやろうぜ」

「さすが斗真くんは大人だねぇ」と揶揄からかう樹の尻に

「うっせ!」と斗真は軽く蹴りを入れた。


 「でもあの2人、あーしてると目立つよなぁ・・・」

巧が再び、柊と夏人を指差した。

 陽キャで爽やか系イケメンと、正統派で可愛い系イケメン。

そんな2人が並んで歩いているのを、周りは気になる様だ。

中には、アイドルを見ているかの様に、キャッキャッとはしゃいでいる女子生徒もいる。

「イケメン、マジ滅亡して!!」

「はい、はい。遅刻するぞ!」

斗真は子供のように地団駄を踏む、巧と樹の背中をグッと押し、前へ歩かせる。

 気がつくと、柊と夏人の姿は、既に校舎の中へ消えていた。


 廊下が生徒たちの声で騒がしい。離任式が終わって、クラス替えの紙が貼り出されたからだ。

 2年生からは、文系、理系と大まかに分けられ、クラスが編成される。

柊は理系が集まる後半のクラスを探した。7組だ。

その後、一番気になる名前を探す。

 さ行、さ行・・・。し・・・し。うーん、椎名はないか・・・。

「俺、8組だ」

隣にいた夏人が言った。

「また違うクラスかぁ」

「でも、2年生からは選択授業が多いから、同じ教室になることが多いよ!同じ理系なんだもん」

がっかりしている柊に、夏人は明るい声で言った。


 「あ、吉澤よしざわくんと同じだ」

どうやら、斗真は夏人と同じ8組らしい。

「俺らは、なんと同じクラス!5組ーー!」

巧と樹がニコニコしながら、近づいて来た。

すると、斗真もやって来て「椎名よろしくな」と夏人に笑いかけた。

 「えーー?俺だけ、ハブられたのー?」

と拗ねた柊は、改めて7組の面子を見た。

 でも、大輝だいきたちばなも一緒だし・・・。選択授業あるから、どうせ移動多いし・・・。

 ま、いっか。

斗真と同じクラスになった夏人は、どこかホッとしている様だった。

 同じ水泳部の仲間が一緒で、安心したのだろう。

その安堵した表情を見た柊も、夏人と同じ様に安堵した。



 「新入生も入部させたいしな。まずは部室の掃除だ!」

新しいクラスを確認した後、主将、斗真の提案で水泳部員は掃除の為、部室に集合していた。

「えーーー?」

「めんどくせーー!」

巧と樹がブツブツ言ってるのを尻目に、柊と夏人は既にロッカーを整理し始めていた。

「うわっ!2人とも、真面目かっ!」

樹が揶揄う。

「俺らスイミングに行くから、さっさと終わらせたいんだよ」

柊は、片付ける手を休めずに言った。


 「?」

3人揃って声を合わせて、柊と夏人を見た。

「うん。これから、夏人を俺のスイミングクラブに連れて行くから」

柊の言葉に、コクンと夏人が頷く。

「マジ?椎名っち、いよいよ泳ぐの?俺見たい!」

「あ!俺も、俺も!」

巧と樹が興奮気味に声を上げた。

「ううん。今日は、見学。柊くんの泳ぎを見に行くだけなんだ」

夏人は申し訳なさそうな顔で言った。


 「はい、はい!じゃ、尚更さっさと掃除やっちまおうぜ!」

そう言った斗真は、少し嬉しそうだった。

「へーい」と巧と樹も渋々掃除に取り掛かる。

「あ、椎名」

斗真が夏人を手招きする。

「?」

近づいた夏人の耳元でこう囁いた。

「柊の自由型フリー、すげーキレイだよ。しなやかで、柔らかくて、でも力強い。まだまだ荒っぽいけどね」

中学から柊の泳ぎを見ている斗真が言うのだから、間違いないのだろう。

「うん!楽しみだな」

と言った夏人にまた斗真はそっと囁く。

「椎名、もっとアイツに惚れるぞ」


 「さてと、こんなもんかな」

床掃除を終え、立ち上がった柊は夏人を探し、声をかけた。

「おーい、夏人!ぼちぼち行くぞー」

「う、うん。今行く!」夏人は慌てて鞄を肩に掛けた。

「じゃ、吉澤くん、行ってくるね」

「おう」斗真は小さく手を振った。


 「斗真に何か言われたの?」

部室を出て、校門に向かいながら、柊は夏人に聞いた。

「え?なんで?」

「なんか顔赤いから」

柊に指摘された夏人は、更に自分の顔が赤くなるのを感じた。

 吉澤くん、どういう意味で言ったのかな・・・。


 夏人は空を見上げた。

どんよりと厚い雲が覆っていて、今にも雨が降り出しそうな暗い空だった。




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