第16話 戸惑い

 地下鉄南北線、北の起点駅の改札口を抜けると、約束のコンビニが目に入った。

平日の昼間ということもあり、構内の人はまばらだ。


 「やっぱアイツは画になるなぁ」

ひいらぎは、その約束しているコンビニの前で、スマホをいじっている夏人なつとを見つけた。

周りを歩いている女の子たちが、チラチラと夏人を見ている。

 本人は自覚ないんだけどね・・・。

苦笑いをした柊が、声を掛けようとした時「あ!柊くん!」と笑顔で夏人が駆け寄って来た。

 

 ボーダーTシャツに紺色のカーディガンを羽織り、グロップドパンツにコンバースのスニーカーを合わせている。

「お前さぁ」

柊は、夏人をじっと見て言った。

「何でそんなにおしゃれなの?ただでさえ顔もいいのに、ずるくない?」

「そ、そんなことないよ!」

夏人は照れながら両手を振った。

「俺、ほんとセンスなくて・・・。服は、ほとんどが姉ちゃんの見立てなんだ」

夏人は「ははは」と照れ笑いをして、柊を見た。

 柊は白のカットソーにデニムジャケットを羽織り、黒の細身のチノパンに、白のスニーカー、という出立ちだ。

「柊くんこそ、かっこいいよ!」

「お、おう・・・。ありがと」

柊と夏人は、お互いを褒め合ったことに、何となく照れ臭くなった。


 柊は素直な男だ。

一昨日の夜、母冴子さえこから『椎名くんの話をちゃんと聞きな』とさとされた柊は、言われた通り、スイミングスクールの話は一旦保留にして、夏人と話そうと早速行動していたのだ。

 だが柊が『遊ぼう』とLINEしても、既読すらなかなか付かない。

最近夏人に振られてばかりだった柊は『またダメかな・・・』と諦めかけていた。

 そこへ夜遅く『明日ならいいよ!』と返信が来た。

柊は思わず、子供のように喜んだ。

 そして『たまにはそっちに行くよ』と、こうして夏人の家の、最寄り駅にやって来たのだ。


 「こっちに来たの久しぶりだなぁ」

駅の階段を上り、外に出ると、ほんの少し風が冷たい。

 2人は駅周辺で、一番大きな商業施設に向かって歩いている。

「こっちの方が寒いでしょ?柊くんの家より、北だもんね」

夏人は、柊の様子を察して言った。

「俺の家はもっと北だから、更に寒いよ」

「こっからどんくらい?」

「自転車だと30分くらいかな」

「おー。なかなか遠いな。あ、そういえば、お前どこ中だっけ?」

と聞いた柊は、ハッとした。

 あれ?俺、夏人の出身中すら聞いてなかったんだ・・・。


夏人が答えるまで、何故か少し間があった。

「・・・。山吹やまぶき中」

「おー・・・。って・・・」

柊は少し考えて「え?山吹中ってどこ?」と真顔で聞く。

「田舎だから分からないよね」と夏人は笑った。


 「さてと、柊くん何するの?」

目的の商業施設に到着した夏人は柊に聞いた。

「まず!メシ!腹減った!!」

あそこに行きたい、と柊が指差したのは、ハンバーガーショップだった。

「俺、あのハンバーガー屋知らないんだけど・・・」

「うん、こっちにしかないからね」


 店は開店したばかりの為か、客は柊と夏人の2人だけだった。

まだ11時を回ったところだったから、当然と言えば当然だ。

 カウンターでメニューを見ながら、迷っている柊に「これは?」と夏人が指を差した。

そこには『スモーキーダブルBBQバーガーセット』と書いてある。

「ボリュームあるし、その割に安いよ!辛いの好きならチリソースもあるし」

「うん、じゃ、これのチリソースにする。あ、コーラとポテトはLで」

「俺は、このアボカドレタスバーガーセット。ホットコーヒーとポテトはMでお願いします」

 柊は「アボカドレタス?女子か!!」と夏人に突っ込んだ後、思い出した様に店員に言った。

「あ、チキンナゲットも2つ追加して下さい!」

「え?俺も食うの?」

柊を見た夏人が困惑顔で聞いた。

「キミはもっと食べなさい!」とまるで上司のような口調で言った柊は、夏人の頭に手を乗せた。

  

 店内が賑わってきたのは、2人がハンバーガーを平らげる頃だった。

「確かこの上に結構デカいゲーセンあったよな?」

柊が最後のチキンナゲットを胃袋に収めて、夏人に聞いた。

「うん、あるよ。行く?」

「行く!」

柊は既にトレイを持って歩き出していた。夏人も慌てて立ち上がる。

「あー!美味かった!また来ような!」

柊が夏人に振り返って笑顔を見せると、夏人はうん、と頷いた。


 それにしても・・・。

柊はこのゲームセンターで、何をやっても夏人に勝てない。

 バスケのシュートゲームも、エアホッケーも、ガンシューティングも、太鼓の達人も。

見事に完敗だ。

「夏人くん、キミには出来ないものはないのかね?」

柊はおどけて聞いてみたが、実は悔しい。

負けず嫌いの性格が、こんなゲームにまで表れる。

「たまたまだよ」と余裕の夏人に、内心メラメラと闘争心が燃えているのだ。

 クソッ!もう一勝負!

と言いたいところだが、今日の目的は、ゲームセンターで夏人に勝利することではない。

『夏人の話を聞くこと』だ。


 「なぁ、喉乾いたし、下のフードコートでなんか飲まね?」

夏人を促し、2人はエレベーターの方向に歩き出した。

 柊の後ろを着いて来ていたはずの夏人の足音が、ふと聞こえなくなった。

「ん?夏人どうした?」

柊が振り返り、夏人を見ると、クレーンゲームの前で立ち止まっている。

 その視線の先には、今流行っているアニメのフィギュアが並んでいた。

「あー、俺もこのアニメ好き」

柊もクレーンゲームに近づく。

「原作も全巻持ってるし、去年の映画も観たよ」

「うん、俺も!面白いよね!」

夏人の声が少し大きくなった。


 「でも、このフィギュアのメンツ・・・」

柊がマジマジと景品を見て、指を差した。

「渋くね?人気のキャラより、敵キャラが多いな」

「うん、でも俺コイツ好きなんだ」

夏人が手前にあるフィギュアに見入っていた。

「えー?」と柊が声を上げた。

「コイツ仲間裏切ったクズじゃん!」

「でも。過去に色々あった設定でしょ?ホントは悪いヤツじゃないと思うよ」

「ふーん・・・」

と言った柊はピンとひらめいた。

 これは・・・夏人に一矢報いるチャンスかも。


 柊が財布の中を見ると、所持金はわずか930円だった。

クレーンゲームは一回300円。

 ギリ3回できる!!よし!

「夏人、やろうぜ!」

「え?でも難しそうだし。俺もうお金ないよ」

「そっか。じゃ、俺が獲ってやるよ!」


 『ゴトン!!!』

奇跡的にそのフィギュアが、景品取り出し口に落ちて来た。

柊が3回目にして、見事、獲得したのだ。

 「うわーーー!すごい!柊くん!」

はしゃいでいる夏人に「ほら!」とドヤ顔でフィギュアを手渡す。

「え?なんで?柊くんが獲ったのに」

「お前、このキャラが推しなんだろ?やるよ!」

「え?いいの?ほんとに?嬉しい!!」


夏人が満面の笑みで、そのフィギュアをギュっと抱きしめた。

 うわー・・・。コイツ可愛いなぁ・・・。

所持金が30円になったことも、ゲームで完敗したことも・・・。

夏人の笑顔を見たら、全部どうでもよくなった。

「下行こうか!」

柊は上機嫌でエレベーターが来るのを待っていた。


エレベーターの中でも、夏人はまだ、ニコニコと喜んでいる。

 やっぱ夏人、可愛いな・・・。

と思った瞬間。柊の心臓が飛び跳ねて、ドクンドクンと音を立てた。

 え?俺、今、夏人を可愛いって思ってるの?

改めて、隣で嬉しそうな顔をしている夏人を見た。

 いやいや、確かに顔はキレイだけど、コイツ男だし。

 可愛いなんて、同じ男に思わないでしょ、普通。

 やばい・・・。俺、なんか変だよ・・・。

柊は、ドクンドクンと脈打っている心臓を、拳で軽く叩いた。

 頼む!静まれ!俺の心臓!!


 「柊くん?どうしたの?」

いつの間にかエレベーターは1階に到着して、扉が開いている。慌てて柊はエレベーターを降りた。

「喉乾いたよね。柊くん暑いんでしょ?」

夏人に聞かれた柊は、特に暑くは感じていないので、キョトンとしていた。

「?」

「だって顔真っ赤だよ!」





 


 










 


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