第11話 仔猫と笑顔と

 「では、改めまして、ひいらぎの補習がない冬休みを祝して!乾杯!!」

コップを当てると、プラスチックのコツン、コツンという軽い音が鳴った。

 

 隣にいる上級生であろう、女子の3人組にクスクスと笑われて、柊は慌てた。

「恥ずかしいからやめろよ、たくみ!てか飯食う前にも乾杯したじゃん!」

照れてはいるが、まんざらでもないようだ。

「いいじゃん!お祝いだよ、お祝い!」

いつきも嬉しそうに、巧に乗っかってくる。

 「うん・・・まぁ・・・」

柊は隣に座っている夏人なつとに目をやった。

「いや、でも・・・うん。今回はホント椎名しいなのおかげだよ」

そう言って、柊は夏人の頭を、ポンポンと軽く撫でるように叩いた。

 その瞬間、夏人は顔を赤らめて、うつむいてしまった。


 今日は金曜日ではないが、いつもの面子めんつで学食にいる。

中間テストが無事終わり、奇跡的に柊が補習をクリアしたことをお祝いしようと、巧が言い出し、集まったのだ。

 

「ところでさ」

俯いている夏人の顔を覗き込みながら、樹が聞いてきた。

「椎名は今回、何位だったの?」

「・・・。3位・・・」

顔を上げた夏人が小声でいうと、4人は夏人とは正反対に

「マジ?すげーー!!」と大声を出した。

夏人は周りの視線が気になって、また顔を赤らめて俯いた。


「でも椎名は、テストの一週間前からずっと、柊に勉強教えてたんだよな」

とっくに空になっているカレー皿を、テーブルの端に寄せながら斗真とうまが聞いた。


 そう。夏人はあれから一週間、毎日柊のマンションに行っていたのだ。

なんだかんだ言いながらも、夏人は柊と勉強するのが苦ではなかった。

 むしろ、柊と2人の静かな時間が、いつの間にか居心地がいいものになっていた。


「柊に教えながらじゃ、自分のペースで勉強できなかっただろ?それなのに、3位って。やっぱ、椎名はすげーな」

と斗真が感心しながら話すと、夏人は顔を上げた。

「・・・。でも、人に教えると、アウトプットができるから、記憶が定着しやすかった。いい勉強法かも」

 それを聞いた巧が「頭いいヤツって、ただ頭いいわけじゃないんだぁ。努力してるんだな」と珍しく真面目なことを言った。

 夏人が努力しているのを、隣で見ていた柊は、大きく頷いている。


 「ま、とりあえず!後は楽しい冬休みを待つばかりだ!!」「だな!!」

まだ少し水が残っているプラスチックのコップを、『乾杯』とばかりに差し出した樹と巧に合わせて、渋々3人もコップをぶつける。

 3度目の乾杯だ。コツン、コツンとまた軽い音が鳴った。



 ピコン、夏人のスマホが鳴った。

『新しい家族ができました!』柊からのLINEだった。

 柊とはテスト勉強中、連絡先を交換していたのだ。


 学校はあっという間に冬休み入っていた。

クリスマスの今夜もいつもと変わりない。強いて言えば、家族でケーキを食べたくらいだ。

 リビングのソファーで横になって雑誌を眺めていた夏人は、柊からのLINEを見て、思わず飛び起きた。

『猫!!!どうしたの?』

 仔猫が2匹、段ボールの中で丸くなっている写真が貼り付いていたのだ。

柊のマンションに行っていた時はいなかったはずだ。


 『冴子さえこからのクリスマスプレゼント!笑』と秒で返信がきた。

『お母さんが買ってきたの?』

『いや。病院の裏口に段ボールで捨てられていたのを、拾ってきたんだよ』

『病院?』

『あ、言ってなかったっけ?お袋、看護師なんだ』

 そうなんだ。大変な仕事だよな、と夏人は思った。

『椎名、猫好き?』

柊のLINEは続いている。


 『うん!大好きだよ!俺も猫飼いたいんだけど、母親があまり好きじゃなくて・・・』

『そっか。俺はどっちかって言うと、犬派なんだけど・・・』

ピコン、とまた写真が送られてきた。

2匹の仔猫が起きたらしく、眠たそうな目でこちらを見ている。

 夏人は足をバタつかせながら『可愛い!!!』と送信した。

そんな夏人を、父も母も、不思議そうに見ている。

『猫もめちゃくちゃ可愛いもんだな』

スマホの向こう側にいる柊も、仔猫たちにデレデレしているに違いない、と夏人は想像した。

『よかったらさ、見に来ない?お前すげぇ猫好きみたいだし』

『え?いいの?』

『OK』というスタンプが送られてきた。

 

 明日はスイミングの泳ぎ納めで、その後、動物病院に連れて行くから、明後日ではどうか?と柊が提案してきた。

 明後日は大掃除を家族でする予定だったが、明日で終わらせてやろう、と夏人は考えた。

『うん!行くよ』と二つ返事でOKした。

『了解!また明日連絡するよ。おやすみ!』

『おやすみなさい』

柊が送ってきた仔猫の写真を見ながら、夏人の口元は自然と緩む。

「夏人ー!お風呂空いたよー!」

姉みのりの声を聞き、夏人は風呂に入る準備をした。



 インターホンが鳴り、柊がスピーカーをオンにすると「椎名です」と遠慮気味な夏人の声が聞こえた。

「おー!入れよ!」とオートロックの解除ボタンを押した。

 柊はどこか落ち着かない。いや高揚している、と言った方が正しいのか。

仔猫たちを見せるのが楽しみなのか。それとも夏人に会うのが嬉しいのか・・・。

 

 程なくして、玄関のインターホンが鳴った。

慌ててドアを開けると、寒そうにしている夏人が立っていた。吐く息が白い。

 黒のダウンジャケットに、明るいグレーのニットセーター。

ボトムスは黒のスキニーパンツ。そして黒のキャンバスシューズ、という出で立ちだ。

モノトーンのコーデに、ブルーとグリーンのチェック柄のマフラーが、アクセントになっている。 

 初めてみる私服姿の夏人は、男から見ても見栄えがする。スタイルもいい上に顔もキレイだ。モデルにでもなれそうだな、と柊はつい見とれていた。

「・・・!あ、ごめん!寒かったよな。上がって」

お邪魔します、と言って、ダウンジャケットを脱ぎながら、夏人は柊の後ろを付いて来ている。


 リビングに入った途端「わーーー!可愛い!!」と、まだ仔猫の2匹には広すぎるゲージに、夏人は駆け寄った。

「えーーっと・・・」

モジモジしている夏人に柊はときた。

 「ごめん。まだ家に慣れてないから、暫くは触らない方がいいんだって」

「そっか。うん・・・。そうだよね」

拾って来たそのままの段ボールに、ブランケットが敷いてあり、その上に丸くなっている2匹は、ピッタリとくっついて眠っている。

 少しがっかりしている夏人に「大丈夫!すぐ慣れてくれるから。そしたら抱っこもできるぞ!」と笑顔を見せた。


 ソファーに誘っても、ここがいい、とゲージの前から離れない夏人と、柊が入れた

甘いココアを飲みながら、2人は他愛もない話をした。

 その間も夏人は「あ、欠伸あくびした」「顔洗ってる!」と仔猫の動作に、いちいち反応する。

 椎名も、好きなものには、こんなにコロコロ表情変わるんだなぁ・・・。

柊は仔猫を見て楽しそうな夏人から、目が離せなかった。


 「そういえば」不意に夏人は柊を見た。ボーっとしいてた柊は、わずかに驚いた。

「名前決めたの?」

「うん。俺が付けた」

夏人は興味深々な顔をしている。

「こっちの黒いのが、兄の」と黒猫を指差した。

「で、こっちが弟の」今度はキジトラの仔猫を指差して、ドヤ顔をする。

「・・・?・・・え?」夏人の方は困惑顔だ。

「キングとカズ??・・・え?キングカズ?」

「そう。俺サッカー好きって言わなかったっけ?」

「聞いたよ」

「好きな選手いっぱいいるんだけどさ。結局、キングカズが一番なんだよね!めちゃくちゃリスペクトして・・・」


 柊が話し終わろうとした直前。

「あははははは!」と夏人が堪えきれず笑い出した。

その満面の笑顔を初めて見た柊は

 コイツ、こんな顔できるのか・・・。

と驚いた。それと同時に、突然心臓の音がうるさくなり、脈が早くなってきたのだ。

しまいには、顔や耳まで熱くなってきて、焦った柊は

「そ、そんなにネーミングセンスねぇのかよ、俺・・・」

ねて見せた。


 ようやく落ち着いた夏人は、首を横に振った。

「違うよ!柊くんらしいと思って。かっこいいよ!俺もキングカズ、大好きだし」

「でもさ」

夏人はまた笑いを堪えている様子だ。

「2匹同時に呼ぶ時、『キングカズ〜』ってなるんでしょ?なんか想像したらおかしくて・・・。」

とまた、笑い転げた。


 柊は、この心臓の音が夏人に聞こえてしまうのではないかと、ヒヤヒヤしている。

そして気のせいか、心臓を誰かに掴まれている感覚になり、息苦しさを覚えた。

「あ!キング、カズ。おはよう!」

と言った夏人を見ると、いつの間にか2匹は目を覚ましていて、こちらをじっと見ている。

「起こしちゃってごめんね。2人とも優しい飼い主さんに出会えてよかったね!絶対幸せになれるからね!」

と夏人は優しく、2匹に話しかけていた。

 その様子を見ていた柊の心臓は、相変わらずうるさかった。

 

 「あれ?そもそもこの子たち兄弟なの?」

と聞いてきた夏人に「雄には間違いないけど・・・」柊は、またウトウトしてきた2匹を見ながら答えた。

「仲良しだから兄弟でいいんじゃね?」

「そうだね。キング、カズだしね!」


柊と夏人は、顔を見合わせて笑った。









 





 


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