第7話 プランB

 『お友達大作戦』は順調かも。


ひいらぎは汗だくのTシャツを脱ぎながら、ニヤニヤしていた。

ランニングを終えて、同じように部室で着替えていた、斗真とうまたくみいつきの3人は、顔を見合わせた。

 「なに?その顔。もしかしてうまくいってる感じなの?」

上半身裸の樹が聞いた。

「そうなんだよ!今日なんかさ、初めて俺に質問してきたんだぜ。それにさ」

柊は、嬉しそうだ。

「少しだけど、笑ったんだよね!」

 好きな女子に振り向いて欲しくて、頑張っている中学生にしか見えない。

3人は同じことを思っていたようで、同時にプッと笑った。


 「でさ」柊はコホンと小さく咳払いをした。

「プランBを今度の金曜日、決行しようと思う」

「プランB?」

3人が口を揃えてキョトンとした。

 

 「金曜日は、俺ら食堂の日だろ?それに椎名を誘ってみようと思う」

「水泳部の俺らに会わせるの?早くない?また勧誘されるって警戒されないかな」

斗真の言うことに、他の2人は「そうだよ」と頷いた。

 「鉄は熱いうちに打て、だ!」

「柊、そんな言葉知ってたんだ」と巧が茶化す。

「それに、俺の大事な仲間を、椎名に早く知ってもらいたいんだよ」

3人はまた顔を見合わせた。今度は笑顔で。

 「それは全然いいけど」

「食堂って椎名にはハードル高くない?」

 斗真がこう言うのには理由があった。


 青華高校あおこうには、公立高校には珍しく、食堂がある。

もちろん生徒や教師なら、誰でも利用できる。

 が、青華高校あおこうの伝統というのか、しきたりというのか・・・。

食堂は、3年生のみが入れるというのが、昔からの暗黙のルールになっていた。

 だがここ数年は、そのルールが緩くなってきて、少しずつ、に足を踏み入れる下級生が増えてきている。

 それでも1年生は圧倒的に少なく、サッカー部やバスケ部の一部の猛者ヤンチャたちが利用するのみだ。そして、柊たち水泳部4人も、その数少ない猛者ヤンチャたちなのだ。


 「椎名くん、ビビっちゃうよ」

「あの狭い食堂で3年に囲まれたら」

 巧と樹が心配するのも無理はない。初めて食堂に入った時のあの圧に、さすがの柊も躊躇ちゅうちょしたからだ。

 

 「そもそも何で食堂なんだよ」斗真が聞いた。

「相手を落とすには、胃袋を掴む、といいんだろ?」

柊は真顔だ。あながち間違ってはいないが・・・。

「それは恋愛相手の場合でしょ?それにその大前提はお前が料理をすることで、相手を離さなくするって意味じゃん!」

 そんなの知ってるよ・・・と樹の話に、柊は少しねた。

「それでいくと、椎名くんは、食堂のおばちゃんに恋しちゃうね!」

巧がゲラゲラと笑う。


 「まあ、でも」と斗真が言った。

「そのプランBやる価値はあるかもよ。第一、俺ら椎名の顔知らないから」

「確かに。勧誘云々うんぬんは抜きにして、会ってみたいよな!」

「俺も、柊が片想いしている椎名に会いたい!」

 3人の動機はどうであれ、意見は一致したようだった。

 「じゃ、決戦は金曜日で!」

どこかで聞いたフレーズで締めて、4人は解散した。



 今、夏人は緊張している。


 「金曜日は食堂に行くから、弁当休んでね。それと、騙すようでイヤだから言っておくけど、他の水泳部の3人も一緒だから、よろしく!」

 と一方的に柊に言われたのが、一昨日の昼休み。

いつものように4組で昼食を食べていた時だった。

「え?食堂って3年生しかダメなんじゃ。それに、水泳部って・・・」

柊は既に立ち上がっていて、4組を出て行こうとしている。

「大丈夫!勧誘はしないし、みんなマジでいい奴だから」

柊は振り返って笑った。

 「それに、食堂は3年のモノって校則はないし。先輩たちにもボコられるわけじゃないからさ!」

 

 金曜日はちゃんと迎えに来るからな!と手を振って教室を出て行った。

夏人は、何も言い返せないまま、フッと口元を緩めた。

 柊くん、その笑顔はずるいよ・・・。


 そして、今、柊と一緒に食券販売機に並んでいる。

緊張してキョロキョロしている夏人に「椎名は何食べたい?」とそっと柊が聞いてきた。

 「んー。どうしようかな・・・」予想よりメニューが多く、夏人は迷っている。

「柊くんのオススメは?」

「全部美味いし、安いから悩むけど」

そう言いながら何かのボタンを押した。

「悩むと結局はコレになる!」と見せた食券には『味噌バターコーンラーメン半チャーハンセット』と書いてある。

 「じゃ、俺も同じのにする」と夏人は同じボタンを押した。


 「おばちゃん!バターもう一個サービスして!」

「また金曜日の一年男子だね。わかったから、前に進みな!」

 食堂のおばちゃんにも、柊流、が通用するのか・・・。

夏人はもう感心するしかなかった。


 「柊!椎名!こっちこっち!」

『味噌バターコーンラーメン半チャーハンセット』をトレイに乗せた2人は、1人の男子に呼ばれ、その長テーブルの端に向かった。

 その途中「よ、柊!」と優に180センチは超えているであろう、3年生らしき人物に声をかけられ、夏人は一瞬ひるんだ。

 「ちわっす!」

 挨拶した柊に「水泳部の新入り?」とその人物が問い掛けてきたが、「いや、俺の新しい友達っす」と柊は、ものともせず即答していた。


 「今の水泳部の3年生?」

「いや、水泳部の先輩の友達の、野球部の先輩だよ」

  どんな人間でも惹きつけるこのは、性格というより、もはや才能だな、と夏人は1人納得していた。


 ようやく水泳部の3人が待っている、長テーブルの端に辿り着いた。

周りは3年生ばかりのようだった。そしてひどく混んでいる。

「遅いぞ。俺のカツカレーが冷めるだろ!」

と言った男子の声は、さっき「椎名」と呼んだ声だ。


 「さてと・・・」

丸椅子にポンポンと手を置いて、夏人に座るように誘導した柊は

「ラーメン伸びるから、サクッと自己紹介をして飯にしよう!」と笑った。

「だな、俺も腹減ったし」

3人の中でも、一番ヤンチャそうな男子が、腹をさすりながら同意する。


 夏人の胸はわずかだが、高鳴っていた。

そうだ。柊は自分のことを『新しい友達』と言ってくれた。

 そして今、卒業するまで、絶対に足を踏み入れることはなかったであろう食堂で、『味噌バターコーンラーメン半チャーハンセット』を食べようとしているのだ。


 およそ2週間前の夏人には、想像すらしていなかったことが、次々と起こっている。

夏人は小さな予感らしきものを感じざるを得なかった。

 隣で笑っている、この柊祐介という男が、自分の高校生活を変えるかもしれないと・・・。


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