第8話 プランCと奇妙な感覚
いつものように、4組に行き、
3日前の金曜日、半ば強引に夏人を食堂に誘い、水泳部の3人に会わせるプランBを決行した。
「4組の
と夏人の肩をポンポンと叩きながら、柊は笑顔で夏人を紹介した。
「椎名夏人です。よろしくお願いします・・・」
慌てて挨拶した夏人の声は、食堂の騒がしさにかき消されそうなほど、小さかった。
3人はそれぞれ簡単な自己紹介をした後、硬派な
そんなコミュニケーションに慣れていない夏人は、ぎこちなく3人の挨拶を受け入れていた。
・・・と、ここまでは順調だった。
しかし、各々が昼ご飯を食べ終わる頃、巧が余計なことを口走ってしまうのだ。
「そういえば、椎名って、水泳やってたんでしょ?」
柊は焦った。水泳の話はしない、と夏人と約束したからだ。しかも、3人にもそう約束させていたのに・・・。
『バカ巧!水泳の話はご法度って約束だろ!』
と柊の心の声を感じとったのか『ヤバっ!』という顔をした巧だったが、時既に遅し、だ。
夏人は
重苦しい沈黙が数秒流れた後、夏人はポツリと言った。
「・・・水泳やったことないよ・・・」
その顔に表情はなかった。
「ほんとに、ほんとにごめん!!」
食堂から3組の教室に戻ってきた巧は、ひたすら柊に謝っていた。
「もうしょうがないよ、気にすんな!」
「でも、柊が折角、ここまで椎名と仲良くなったのに・・・」
巧は俯いたままだ。
「大丈夫だよ!」
「ちょうど、明日土曜日で、2日間、椎名とは会わないし。案外月曜日にはケロッとしてるかもしれないじゃん」柊は明るく振る舞う。
「それにもしこれでダメになるなら、それまでだったってことだから」
うん、ほんとごめん、と再び謝る巧に
「なんかさ。みんなが言う様に、俺、ほんとに椎名に片想いしてるみたいだな!」
「いや、好きな女子いないからわかんないけど、片想いってこんな感じなのか?」
と柊は、
巧はようやく笑顔になった。
そして、あっという間に月曜日の昼休みになった。
弁当を抱きかかえる様にして、柊は机に突っ伏している。
月曜日にはケロッとしているかも、と巧には言ったけど、このままいつも通り椎名に会いに行っていいのか。
それとも少し会わないでいた方がいいのか。
もー!何が正解なんだよ!
柊はグシャグシャと頭を掻いた。
その時。
「ねえ、柊くん」と1人の女子生徒が柊の肩を揺する「呼ばれてるよ」
その女子の目線を追って、廊下の方を見ると・・・。
「椎名!!」
ぴょこんと、教室のドアから顔を覗かせている夏人に、柊は慌てて近づいた。
「今日来ないから、どうしたのかなと思って。俺が来ちゃった」夏人の表情と声の柔らかさが、柊の心を
「大丈夫?具合でも悪い?」
柊の顔を心配そうに見つめる夏人に、柊は心底ホッとした。
「いや、俺は元気だよ!体調悪いのは巧のほう」
と言いながら、柊は巧の席の方向を指差した。
巧は、食堂での失態の後、しょんぼりと帰宅し、そのまま薄着で寝てしまった為か、どうやら風邪を引いたらしい。また心配そうな顔をした夏人に
「今は熱も下がってピンピンしてるみたいだよ。明日は来るって!」
と、柊はスマホを見せる。
そこには相変わらず意味不明なスタンプと共に『熱下がって、お暇してまーす♡明日は学校行くよん♡』と、巧らしいメッセージがあった。
「よかった」とニコリとした夏人は、食堂の件はあまり気にしてないように見えた。
『ぐぅぅーー』柊の腹の虫が鳴った。安堵のせいか、急に腹が減っているのに気付いた。
その音を聞いた夏人がクスクスと笑う。
「お弁当持ってきたから、ここで一緒に食べようよ」
思ってもみない、夏人の言葉に「お、おぅ」と返事をした柊は、さっきまであんなにオロオロしていた自分が急に滑稽に思えてきて、おかしくなった。
2人とも弁当を食べ終わろうとした頃「柊ーー!」と1人の男子生徒が駆け寄ってきた。
同じクラスのサッカー部の
「人数が足りない!柊も混ざって」
「え?サッカー?今から?」
時計を見ると、予鈴まで15分もない。
「さすがにキビしいわ。悪い、また今度にするよ」
と柊は『ごめん』と言って断った。
「柊くんはサッカーもするの?」
2人のやりとりとを聞いていた夏人が問い掛ける。
「うん。まぁ、あんま上手くはないけど、やるのも、観るのも好きだよ」
そういえば以前、椎名って運動神経がいいんだよ、と言っていた軟野の南野の話を柊は思い出していた。
「もしサッカー嫌いじゃなければ、今度一緒にやらないか?」
柊はダメ元で誘ってみる。
「でも、俺、サッカーは体育の授業でしかやったことないよ」
と夏人は戸惑っている様子だ。
「全然大丈夫!昼休みにちょこっとやる、お遊びだから」
「グラウンドはだいたい上級生が使っているから、1年はフットサル場だよ。しかもルールなんてあってないようなものだし」
「巧が学校来たら、一緒にやろうぜ!」
柊は満面の笑みで、再び夏人を誘う。
「あまり上手くないけど、それでもよければ・・・」
夏人の戸惑っているような、はにかんでいるような顔を見て、柊は机の下で、小さくガッツポーズをしていた。
『よし!プランCはこれでいこう!』
『上手くないって・・・嘘つくなよ』
柊はじめ、このフットサル場にいる全員が同じことを思っていた。
夏人とサッカーをやる、という約束からすぐに、それは実現した。
水泳部4人に、夏人が加わった即席チームと戦うのは、サッカー部3人とバスケ部2人の仲良し混合チーム。
試合開始早々、斗真からのパスでボールを持った右サイドの柊は、中央を走り込んできた夏人と目が合った。そのままノーマークだった夏人に柊はクロスボール上げた。
『あ、ヤバ!ちょっと高い!』
と思った瞬間、夏人は軽く胸でトラップし、そのまま左足でボレーシュートを決めてしまったのだ。キーパーはおろか、ほぼ全員が狐につままれた様な顔をしていた。
「すげーーー!椎名!なに今の!カッコいいんだけど!」
風邪から全快した巧が夏人に駆け寄って、大はしゃぎした。
椎名ってサッカーも上手いのかよ・・・
ポカンとしていた柊も、慌てて、近寄る。
「今のマジすげーよ!椎名だっけ?サッカー部入ってよ!お前となら、全国行けるかもしれない!」と言った橘の顔は本気だった。
だが残念ながら、毎年、県予選で早々と消えるのがサッカー部の定石だ。
夏人は「今のは偶然だよ」と少し照れ笑いしながら、橘の誘いをやんわりと断っていた。
予鈴が鳴った。
30分ほどの試合は、柊たちの快勝だった。3−1。
そのうち2点は夏人が決めている。
サッカー部とバスケ部の混合チームは、よほど悔しかったとみえ「絶対リベンジするからな!その時は椎名はこっちのチームに入ってくれ!」と鼻息が荒い。
「いや、それじゃリベンジにならないでしょ!」
と樹が笑うと、釣られて全員がゲラゲラと笑った。
「そうだよ。それに椎名っちは、俺らの仲間だから、そっちにはやらないよー!」
巧が、夏人の肩を抱き寄せる。
夏人は「椎名っちって・・・」と少し困惑した顔をしていたが、悪い気はしていないようだ。
「・・・・・・」
そんな2人を見ていた柊は、胸の奥の奥がざわつくような、およそ穏やかではない奇妙な感覚を感じていた。
「あ。ヤバい!本鈴だ!」
5時間目が始まるチャイムの音がグラウンド中に響き渡り、全員が校舎に向かって走り出した。
「みんな速いなぁ」と夏人は楽しそうに笑みを浮かべて、柊の隣を走っている。
柊は、そんな夏人の横顔を見て、さっき感じた奇妙な感覚に蓋をすることにした。
この時の柊は、その奇妙な感覚の正体を知る由もなかった。
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