第6話 天然の人たらし
自分の目の前で黙々と弁当を食べている
隣の3組の
だが、それから毎日、柊はこの4組の夏人の机で、昼食を食べている。
入部を拒絶した次の日、焼きそばパンを片手に4組に入って来た柊に「昼飯、一緒に食おうよ!」と言われた夏人は、ひどく驚いた。
それと同時に「は?」と苛立った。
「いや、だから!」夏人はわざと、声を荒げた。
「水泳部には入らないって言ったよね?」
大人しいヤツと、見くびっているであろう自分に強く拒絶されたら、諦めてくれるかな、と期待していた夏人だったが、その期待はあっさりと裏切られた。
「うん、分かってるよ!」
「水泳の話はしないし、勧誘もしない。ただ、椎名と昼飯一緒に食いたいなあ、と思っただけなんだけど・・・。やっぱ無理かな?」
と言った柊の顔は、無邪気な子供のようだった。
いや、いや、ほんとに、マジで迷惑だから!
と大声を出したかったが、周りの視線が気になって、声にはならなかった。
何より、この柊の全く悪意を感じない、まだ幼さの残る笑顔を見ていたら、なんとなく断りづらくなってしまい、気づいたら夏人は
「別にいいけど・・・」
と柊を受入れてしまっていた。
「マジ?やったー!」と、再び子供のように
それから10日が経ったのだが、毎日こうして柊と弁当を食べる昼休みに、慣れて来ている自分に、夏人は違和感を感じていた。
夏人は、ほとんどの時間を1人で過ごしている。
友達がまったくいないわけではない。
まして、イジメに遭っているわけでもない。
たまには誰かと話もするし、誘われれば、昼休みに体育館でバレーなんかもする。
べったりの仲良しがいるわけではないが、そつなく、問題なく、人間関係を築いている。つもりだ。
ただ、人と話そうとしても緊張してうまく言えなかったり。相手の気持ちを汲み取れなかったりする。
いわゆる軽い『コミュ障』とでも言うのだろうか。
そのためか、他人といると気疲れしてしまい、結果、1人で居ることが多くなってしまうのだが、夏人自身、それで不自由することは特になかった。
そんな、たぶん真逆のタイプであろう自分に、柊が執着する意味が分からない。
見た目はどちらかというと、派手。夏人の苦手とする『陽キャ』で、チャラく見える。
唐突に水泳部に勧誘してきたり、今も半ば無理矢理、一緒に弁当を食べさせているような人間だ。
こんな調子なので、きっと強引に喋り倒され、また水泳部の勧誘になるだろう、と夏人はげんなりしていた。
しかし、予想は大外れだった。
本当に水泳の話は一切してこない。それどころか、ほとんど喋らない。
世間話をポツポツとするくらいだ。
弁当を食べ終わると、お互いスマホをいじったり。夏人が文庫本を開くと、柊はイヤホンで音楽を聴いたり。
そして、ほとんど会話のないまま、昼休みが残り20分ほどになると「またな!」と柊は笑顔で4組を出ていく。その繰り返しだった。
夏人の違和感とは、この柊との時間を心地良いと思い始めていることに他ならない。
他人といると、ひどく気疲れしてしまうのに、柊にはそれがない。
なぜなのか。夏人は柊と話してみたくなった。
柊が4組に通い出してから10日目。今日初めて、夏人から喋り掛けてみたのだ。
「柊くんは、早弁してるから昼はパンだけなんだ、って言ってたけど、最近は昼にお弁当食べることにしたの?」
我ながら、つまんない質問をしたな、と夏人は少し後悔した。
黙々と弁当を食べていた柊の手が止まり、夏人と目を合わせて、にこやかな顔で言う。
「椎名が弁当で俺がパンだけだと、どうしても俺がさっさと食い終わるだろ?椎名が1人で飯食うの気まずくなるかな、と思ってさ。目の前の俺に見られてるみたいで、イヤじゃない?」
「でも昼前には腹減るから、2時間目の休みにパンは食べてるよ」
「あ、もしかして、余計なお世話だった?」
あー。そうか。こういうところなのか、と夏人は思った。
自分がこの時間をイヤじゃないと思い始めているのは、柊の人としての魅力に引っ張られているからだ、と。
柊は自分とは真逆の『陽キャ』で『コミュ力が高い』人間だけど、それを押し売りすることもなく、ひけらかすこともなく、他人との距離を上手にとれて、それでいて、気遣いも出来る人なんだ。
そんなことを考えながら、夏人はなんとなく柊の弁当の中身を見た。
「あれ?今日のお弁当、彩りが良くて美味しそうだね。いつも茶色が多いのに・・・」
と言いかけて『しまった!』と夏人は慌てて言葉を飲み込んだ。
失礼なことを言った。もー、なんで俺はいつもこうなんだよ・・・。
凹んでいる夏人に、柊は「お!よくぞ気づいてくれた」と笑った。
「だいたい弁当は
とドヤ顔で言う。
「俺んち共働きでどっちも忙しいから、1人で飯食うこともざらでさ。そのうち自分で食べたいもの作るようになって。今じゃ冴子の飯より美味いかも」
「それに、冴子より栄養バランスとか、考えてるしね」
話からすると、冴子という女性は・・・。
「あ。冴子ってお袋。小さい頃から、名前で呼べってうるさくて」
やっぱりお母さんか。
「面白いお母さんだね」と夏人がクスっと笑うと
「めんどくさい妹みたいなお袋だよ。でも、外ではバリバリ働いて、雑だけど家のこともやってて、すげーと思うよ」
と柊もニコっと笑った。
あー。やっぱりこういう人なんだ、柊くんは。
素直に人を認めることが出来るし、それをちゃんと言葉に出来る人なんだ。
「椎名のは・・・」柊が弁当を覗き込む。
「いつも美味そうだな!お袋さんが作ってくれてるんだろ?」
「うん。でもたまには姉ちゃんも」
「へー。椎名、姉貴がいるんだ」
「うん。一つ年上の」
「いいなあ。俺、一人っ子だから、姉ちゃんとか憧れるー。椎名の姉貴って美人そうだな!」
なんてことのない会話を、まだ友達とは言えない人間としている自分が、夏人には驚きだったし、新鮮だった。
しかも、気疲れすることなく、穏やかな気持ちで、だ。
「あ、そろそろ戻るわ」
いつも通り昼休みが終わる20分前に、柊は立ち上がった。
「また明日来るからな!」
夏人を指差して、にんまりと笑った。
教室を出る途中「柊!また明日も来るのか?」と1人の男子に声をかけられていた。
4組に通うようになって、柊には既に、話をする数人の友達ができている。
しかも「柊くん、もう帰っちゃうんだ・・・」と、こっそり彼を意識している女子までいる。
もちろん柊は気付いてはいない。
「おー!またな!」と右手を上げて、4組から出ていく柊の背中と。
「明日も来るって!」とキャッキャッ喜んでいる女子と。
夏人は交互に眺めていた。
悪く言えば、自覚のない天然の人たらしだな・・・。
夏人は頭の中で、柊の悪口めいた言葉を作り出していることに、苦笑いをする。
それでいながら、少しだけ、明日の昼休みを楽しみにしている自分がおかしくなった。
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