第5話 お友達大作戦

 「で、なんて言われたんだっけ?」

また笑いたいのであろうたくみに、ひいらぎはやけくそ気味に、さっきと同じことを言った。

 「『え?水泳?なんで?俺野球やってるから無理だし。そもそも誰?』と言われました」

 巧といつきは、もうダメだ、腹痛い!死ぬ!

と、ゲラゲラと笑い転げ回っている。

 いつもはクールな斗真とうまも、笑いをこらえていた。


 プールに入れないこの季節、水泳部はジョギングや、体育館のステージで、筋トレやストレッチをしている。いわゆる基礎体力作りをしているのだが、ほとんどそれは、というていだ。

 水泳部は2年生がいない為、3年生の先輩が引退した今、1年の柊たち4人だけで活動している。

 その為、この地味な身体作りは、どうしてもサボり気味になってしまう。

 ステージ上で、ダラダラとトレーニングをしている4人を、懸命に練習している他の運動部の生徒の中には、うとましく思っている人間もいるだろう。

もしくは逆に、羨ましく思っている人間もいるかもしれない。

 

 そして今日はいつにも増して、笑い声がうるさい。

「おい!水泳部!ちゃんとトレーニングしねーと、顧問にチクるぞ!」

 バレー部の誰かが叫ぶ。2年生だろうか。

「すみません!」一番しっかりしているからと、引退した3年の先輩に部長を押し付けられた斗真が、頭を下げた。


 秋休みが終わり学校が始まると、柊は早速行動した。

夏人なつとを水泳部に誘う!とスイミングスクールで決意したことを、今日の昼休み、決行したのだ。

 いつものように柊は、売店で買った焼きそばパンを平らげた。

そして隣の4組に行き、教室の入り口近くにいた1人の男子生徒にこう頼んだ。「悪いけど、椎名しいな呼んでもらえる?」

「椎名ー、呼ばれてるぞー!」

たった今昼ご飯を食べ終えたのか、一番後ろのちょうど真ん中の席で、弁当箱を片付けている夏人がこちらを見た。

 そして不審そうな顔をして、柊の方に向かって来る。

柊は呼び出してくれた男子生徒に「ありがとな」と礼を言った。


 「椎名!水泳部に入ってくれないか?一緒に泳ごう!」

柊は夏人の顔を見るや否や、笑顔でこう言った。

割と大きな声だったらしく、廊下にいた他の生徒たちが、柊と夏人に目を向けている。

 だが柊には、そんな視線はどうでもいいことだった。

それよりも、明るい場所で椎名夏人の顔を見るのが初めてだったからか。

柊は少し興奮していた。

 

 プールで見たあの時より、キレイな顔をしてる。髪色ももっとオレンジだ。身長は、やっぱり俺よりちょっと小さいから、173、174センチくらいかな。そうか。コイツがあんな泳ぎする椎名夏人か。

 柊はそんなことを考えながら、夏人の答えを、ワクワクしながら待っていた。

だが数秒後、柊は、冷ややかな目で自分を見ていた夏人に、あっさりと撃沈される。

 「え?水泳?なんで?俺野球やってるから無理だし。そもそも誰?」


 「お前そんなんでOKもらえると思ったの?」

巧はまだ笑い足りないらしいが、バレー部に注意され、斗真が頭を下げたのを見て少し反省したのか、一応我慢しているようだった。柊は少しねている。

「そうだよ、柊」

樹も話に入る。

「まあ、椎名ってヤツじゃなくても、自己紹介なしにいきなり勧誘されたら、抵抗するんじゃない?ふつー」

「いや、自己紹介省いたのは、俺のこと覚えていると思ってたから・・・」

 

 あっさり断られた柊は、あの日プールで出会った夏人が、自分のことを覚えていなかったことに、内心かなりこたえていた。

「で、その日のことを説明したら、椎名は思い出したってことね」

巧に言われ、小さく「うん」と頷いた。

「思い出した上で、入部拒否されたんだね」巧はまた、笑いたい衝動を我慢しているようだ。


 「でも、断るのは当然じゃない?」

「そもそも泳ぎたいなら、軟野じゃなく、最初から水泳部こっちに入部してるっしょ」

樹が真っ当なことを言った。

 そうだよな・・・

柊はすっかり大人しくなっていた。


 「柊はなんでそこまで、椎名ってヤツにこだわるんだ?」

ここまでずっと黙っていた斗真が口を開いた。

「なんでって・・・。前に話したろ?」

「キレイな泳ぎを見たいから、だっけ?」

 そうだよ、と柊は頷いた。

「それだけ?」さらに斗真が突っ込んできた。


 そうだよな・・・。なんで俺はこんなに椎名にこだわっているんだろう。

柊自身も、よく分からなくなってきた。

「んーー。俺、語彙ごい力あんまなくて、うまく言えないんだけど・・・」

柊は懸命に言葉を探しているようだったが、結局、この一言しか思い浮かばなかった。

「とにかく椎名が気になる」


  2人の会話を、ストレッチしながら聞いていた巧と樹は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。

「斗真くん」

「こうなったら柊が止まらないのは、斗真がよく知ってるっしょ?」

巧と樹は楽しそうだ。

 「柊の片想いを成就させてやろうぜ!」

「そうだな」斗真も珍しく乗り気になっている。


 「な、なんだよ、片想いって!」

「そのこじらせ感は、片思いと同じようなもんだってこと」斗真が言うと

「さすが、恋愛マスターの斗真くん」と巧が茶々を入れる。

 

 「柊は、名前も素性も知らない女子に、いきなり告られたら、その場でOKするのか?」

そう聞かれて、告られた経験がないから分からん、と真顔で答えた柊を見て、コイツは中坊のままだな、と斗真は思っていた。

「例えば、だ。例えば!どう思う?」

「傷つけるのはイヤだから、秒で断らないと思うけど。でも知らない子とは付き合えないからなあ。うーん。とりあえず友達になろう、とか?」

 

 「あ!!!」

巧、樹の2人が同時に声を上げた。

「まずは友達からか!」

「なるほど!さすが、彼女持ちの男前は違うねー」

 

「柊、水泳部勧誘の話は一旦置いといて、とりあえず、椎名にお前のことを知ってもらう。お前も椎名のことを知る。それが先じゃね?」

「そっか!その為には、まず椎名と友達になる、か!」

「それなら、お前は得意分野でしょ?」

 パッと顔が明るくなった柊を見た斗真は、どこかホッとしていた。

水泳以外で、しかも他人が絡んでいることで、ここまで考え込む柊をあまり知らないからだ。

 

 同じ中学。同じ水泳部。

長い時間一緒に過ごしてきた斗真が知っている柊は、天真爛漫で人懐っこい、典型的な『陽キャ』だ。

 人目を引く容姿をしているが、それをひけらかすわけでもないから、嫌味がない。

柊の周りには、性別も、年齢も関係なく、自然と人が集まってくる。

高校生になってもそれは変わらない。

 だから友人関係や人間関係で、思い悩む柊に、斗真は少し戸惑っていたのだ。


「よし!椎名と友達になろう、柊」

「題して、お友達大作戦だ!!」

「あ、それいいね!」

3人が、自分のために盛り上がっている。半分は茶化しているのだと思うが、それでも、柊は嬉しかった。


 それにしても。

 「お友達大作戦って・・・。小学生かよ」

柊はケラケラと笑った。


 




 


 

 

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