第4話 それぞれの秋休み
今日から一週間、
課題も少ない、楽しい秋休みに、生徒たちは皆浮かれていた。
ただしこの教室にいる、十数名を除いて・・・だ。
水泳三昧の秋休みになるはずだった柊は、この十数名の生徒と共に、今教室で机に向かっている。
先日の期末試験で、平均点に届かなかった『現代国語』の補習を受けるためだ。
柊は苛立っていた。
水泳の練習時間が減ること。こうして補習を受けること。
どちらも苦痛だ。
だが、最も柊を苛立たせているのは、水泳部の連中から、写真や動画が送りつけられてきていることだった。他の3人とも補習は一教科もない。
そして極めつけは、
何かのアトラクションで、仲良くキャーキャーとはしゃいでいる声も聞こえる。
水泳部で彼女がいるのは、唯一、斗真だけだ。
「クソっ!リア充めっっ!」
その時、ブーブーとスマホが揺れた。3人から同じメッセージが送られてきたのを見て、柊の苛立ちは、頂点に達した。
『柊くん♡補習頑張ってね♡』
眉間にシワを寄せてスマホを睨みつけていると
「おー!柊!おっかない顔してるねー」と、隣の席に座った男子生徒に声を掛けられた。
「あ、
柊の眉間からシワが消え、笑みが溢れる。
「なんだ、大輝も補習かー」柊はどことなく嬉しそうだった。
同じ中学で、バスケ部の主将をしていた
大輝は斗真とも仲が良かった。
「で?何にムカついてたの?」
と柊のスマホを大輝が覗き込んできた。
「これ」と見せたスマホには、さっきの斗真の動画が流れている。
「へー、
「高校離れても、まだ付き合ってるんだ、斗真のヤツ」
斗真の彼女、朱莉もまた、柊たちと同じ中学だ。
「中2からの付き合いだから、結構長いなー」と大輝は感心しながらも
「確かにこれから補習の俺たちには、キツイ動画だな」
と笑った。
「だいたいさー」
教科書とノートをバサバサとカバンから出しながら、大輝はぼやいていた。
「現国ってわかんないよなー。作者の言いたいことなんて、書いた本人しかわからないじゃん」ごもっとも。柊も頷いた。
「俺もわからん。文系ダメだわ。明日も古典の補習だし・・・」
「お前古典も?」
柊はプっと大輝に笑われた。
「わかりやすい理系タイプだな!」
ガラっと教室のドアが開き、現国の教師が入ってきた。
補習が始まった。
柊は言うほど、理系が得意というわけではない。なんなら、勉強自体が苦手なのだ。
そもそも
ただ立地が良かったからだ。自宅からも、スイミングスクールからも、自転車で10分とかからない。その分、水泳の練習に時間を割けられるから、という理由だった。
もちろん、柊にも、
だが、柊には強い味方がいた。幼馴染みで同い年の
彼女はとにかく頭がいい。そして世話好きだ。幼い頃から、文句を言いながらも柊の世話を焼いている。
その菜々子に、受験勉強を徹底的に叩き込まれ、見事、柊は合格したのだ。
浮かれていた柊に、名門私立高校に余裕で合格した菜々子が言った。
「あんた、ギリギリで受かったんだから、入ったら、勉強で苦労するよ」
菜々子の言う通りだった。現に柊は苦労している。
特に文系は、前回の中間テストでも、今回も赤点ギリギリだ。
覚悟はしていたとはいえ、ちょっとキツいな。
でもやばい時は、また菜々子に助けてもらおう!
と、さっきまで眉間にシワを寄せていた柊は、いつものお気楽な柊に戻っていた。
「じゃ、明日も補習頑張ってね♡」
と嫌味を言ってきた大輝と別れて、とりあえず『現国』の補習は終わった。
「さて!行くかーー!」
正に水を得た魚のような表情で、自転車置き場にダッシュする柊。
グラウンドでは、練習に汗を流している、運動部の威勢の良い声が聞こえる。
その大勢の声の中で、柊はある名前をはっきりと聞いた。
「椎名!今の球130キロ出たんじゃない?」
「すげーな!!」
どうやら軟式野球部の連中らしい。
「そんなわけないでしょ。全国レベルだよ、130なんて」
椎名の呆れた声も聞こえてきた。
椎名って
ふーん、ちゃんと練習してるじゃん。
そういえばアイツ、期末テスト5位だっけ?補習なんて無縁なんだろうな・・・
そんなことを考えながら、柊は全力で自転車のペダルを踏んで、坂道を駆け登った。
坂の途中にある『
プールサイドの端でウォーミングアップをしていると、コーチが声を掛けてきた。
「補習お疲れさん!」
このニヤけた顔の
日下部のコーチとしての素質か。柊の素直さと努力か。2人の相性が良かったのか。
いずれにせよ、鳴かず飛ばずの成績だった柊が、日下部がコーチに付いてわずか半年後、中学生最後の年に、念願の全国大会に出場している。
「そういえばさ」
柊は思い出したように聞いた。
「着衣水泳って難しいよね、すぐ沈むし・・・」何を唐突に聞くのか、と不思議そうな顔をしている日下部に、柊はあの椎名夏人のことを、ざっくりと大雑把に話した。
「なるほどねー」日下部は腕組みをしながら聞いている。
「お前が見入るくらいなんだから、よっぽどキレイな泳ぎなんだろうな」
柊はアップを続けながら「うん」と小さく頷いた。
「俺、アイツのちゃんとした泳ぎを見てみたい」
「でも今は野球やってるんだろ?」
「そうだけど・・・。わざわざ忍び込んでプールで浮いてるなんて、絶対水泳好きでしょ?やっぱ見てみたい!」
「じゃあ、お前、何遠慮してんの?その椎名って子に」
日下部はニヤリと笑った。
「一緒に泳ごう!って水泳部に誘えばいいんじゃない?」
「もしかして、椎名くんにもなんか、事情があるかもしれないけど」
日下部は続けた。
「それも含めて、話してみればいいじゃん」
全くもって日下部の言う通りだ。
普段の柊なら、後先考えずに、とっくに行動している。
だが、椎名夏人には、それができない。
なんとなく、距離を置かれているような。いや、拒絶されているような感覚があって、近づけない。
彼のテリトリーには、何人たりとも入ってはいけない気がしていた。
アップを終え、ゆっくりと
やっぱり椎名の泳ぎを見てみたい。
もしかするとアイツも泳ぎたい、と思ってるかもしれない。
とにかく話してみたい。と。
「コーチ!!」
柊が泳ぎを止めて、日下部の方を見た。
「俺、秋休み終わったら、椎名を誘ってみるよ!」
おー!頑張れ、と笑った日下部は「明日の補習も頑張れよ」と言い放った。
それを聞いて、がっくりと肩を落とした柊を笑いながら、日下部は考えていた。
椎名夏人?椎名・・・。いや、まさかな・・・。
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