悪因悪果、善因善果 エピローグ
「失礼します。お待たせしました、ご注文の品になります」
「あぁ、ありがとう」
運ばれてきた膳を受け取り、パソコン前のデスクに置く。漫画喫茶という施設は普段あまり利用しないのだが、たまに来ると便利なものだ。食事もできるし娯楽品にも困らず、シャワーも浴びれる。特に最後が重要だ。
別に漫画を読みにこの店に来たわけではなく、単に今日の寝床が見つからなかったから仕方なく入っただけなのだが、気まぐれにパソコンでネットサーフィンをしていると面白そうなチャットルームを見つけてしまった。
そして思い出した。あの夏に出会った少女のことを。
———どうして、あの子のことなんて思い出したんだろうな。
途方もない時間をかけ、行く先々で数えきれないほどの人間と出会い、“善行”を重ねているにも関わらず。そもそも“人間”のことなんて好きでもなんでもないのに。
「まぁ、いいか」
どうせ、一晩寝て明日を迎える頃には忘れている。俺にとってたかが一人の人間のことなんてその程度の存在なのだから。
***
「———何も変わってないな」
数日かけて、俺はあの海沿いの町に来ていた。海を見渡せる小高い丘の上にある、彼女の墓。
随分と久しぶりだが、本当に何も変わっていない。時代に置いて行かれたような閑静な町の空気も、行き交う人々の頭数の少なさも。海から聞こえる潮騒さえ一ヘルツたりとも変わっていないように感じる。
何を思ってまたこんなところに来てしまったのだろうと自分でも思うが、自分でも分からなかった。ただ、一晩寝てもあの子のことが頭から離れてくれなかったから。時が経ってから、あの子の墓参りをするのも“善行”だろうと自分を無理やり納得させてここまで来た。
「ほら、君が好きだったリンゴだ」
以前滞在していた頃に世話になっていた青果屋で買ったリンゴの袋を墓前に置く。手は、合わせなかった。人間の流儀に従う義理はない。だがそれだけ置いて帰るのも何か違うような気がして、俺は墓前にしゃがみ込んだまま静かに彼女の墓石を見つめていた。
「あら、貴方は………」
「?あぁ」
かけられた声に振り向くと、そこには見覚えのある女性がいた。
確か、この子の母親だったはずだ。
「ご無沙汰しています。この子に会いに来てくださったんですか?」
「いや、たまたま近くを通りがかっただけだよ」
咄嗟にそんな嘘が口をついて出てしまう。普段なら本当に嘘だったとしても相手に合わせて感謝されようとするものを。
「その節は、娘がお世話になりました。葬儀のゴタゴタでちゃんとご挨拶できないままいなくなられてしまったので、ずっと申し訳ないと思っていて」
「気にしなくていい。別にあの子のために何かしたわけでもない」
「いいえ。あの子から生前聞いていました。貴方がいてくれたから、最後の夏は楽しかったって」
彼女の母は懐かしむような辛い出来事を思い出して悲しむような神妙な面持ちを見せつつも、こちらに恭しく頭を下げた。
「最後にあの子に素敵な夏を過ごさせていただいて、ありがとうございました」
「………どうも」
―――あぁ、そうか。
———どうしてあの子のことが忘れられなかったのか。
———“ただ一緒にいる”、それだけで感謝されたことがなかったからか。
———そういう“善行”もあるのか。
その時、どこか懐かしさを感じる波の音が海から伝わってきた。
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