死ぬなら、雨の中
飛行機に乗っているときは安心できた。
ここで死んでも、私は事故に巻き込まれ、盛大な死を遂げられるのだから。
私みたいな大したことない人間が、哀れみの最期を迎えられるのは、最高に心地が良いと感じた。
だが、そんな事も言っていられない。
なぜなら、飛行機事故は最も起きにくい。
盛大な死を遂げたいのに、飛行機事故の確率はほぼ0%に近い。
本当は死にたくない。ただ、死ぬなら飛行機の中がいい、という願望に過ぎない。
美しいCAさんからりんごジュースを受け取り、胃に流し込んだ。
はー、生きているのだ、私は。
にこやかに接客をしてくれたCAさんに会釈をしつつ、私は隣りにいる母に目をやった。
ひどく疲れているのか、離陸早々に寝てしまった母。
最近、寝付けない日が多かったらしく、私は母が寝ている姿を久々に見た。
スマホがいじれないので、機内のラジオを聴く。
聞いたことのない音楽が、流れていた。
それを聴きつつ、私も寝ることにした。
目的地に着くと、母は吸い寄せられるかのように歩き始めた。
着いた場所は、ちょっと覚えていない。
私の勉強不足だ。
ただ、母はここに詳しいらしいので私ははぐれないように後を追う。
「着いたよ」
母が指を指したのは、きれいな川だった。
様々な感情が駆け巡る。
そして、傍らにいた母は泣き崩れた。
父が、借金苦の末に生命保険を自分にかけ、自殺したのだ。
自殺では、生命保険が降りないため、事故死を装った。
酒に酔い、川へ飛び込んだと聞いた。
酒なんて飲まない父だったのに。
最期に、好きでもないものを飲んで死んでいったことが、悔やまれる。
そして、私と母のもとには巨額の保険金が渡された。
母は、父の死の知らせ以来、ずっと泣いていた。
ご飯もろくに食べておらず、もともと細い体は更に細くなった。
「“雨芽”って名前はね、お父さんがつけたんだよ」
父が飛び込んだ川から空港へ向かう帰り道、母が口を開けた。
「私の、名前を?」
私の名前は雨芽。
あめ、という。
「あなたが生まれた日は、慈雨のような雨が降っていてね。雨だけじゃ寂しいから、そこから芽が出ますようにって、雨芽になったんだよ」
初めて聞いた。
そんな話、聞いたことなかった。
私は、母にとって慈雨になれるだろうか…?
壮絶な最期を遂げた父と、それを必死で受け入れようとしている母。
私は、本当に大したことのない人間だ。
普通で平凡で。
でも、父が“母の慈雨になる”という壮大なミッションを与えてこの世から去った。
最期の父親孝行だと、私は思う。
愛するもののために選んだ死を決して無駄にはしない。
飛行機で死にたいと思ったが、母の慈雨になって、私は命を全うしたい。
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